第七十六話 Are you moving?(引っ越す?)
いつもの場所。
法学部学部長室兼学長代理室。
龍馬は手腕を買われて新学期までは代理を務めることになっていた。
扉を享が三回ノックすると中から龍馬の声が響く。
「どうぞ」
中に入ると龍馬が学長代理席から立たずに苦笑いする。
「もぉーまた君達?朝からどうしたの?」
「おはようございます」
灯だけがバカっ丁寧なお辞儀と挨拶をすると、そのまま一人用のソファに、学長代理机に背を向けて小さくうずくまる様に膝まで座面に乗せて座ってしまった。
「あれ?あかりん、どうしたの?」
答えない灯に、龍馬は享に目をやった。
目配せする享に龍馬は頷く。
そして享はある事ない事を言う。
「どうもこうもケンカです!しばらく、ここで頭を冷やさせて下さいよ」
「あれまあ、仕方ないなぁ。口喧嘩は厳禁で頼むよぉ。今、すごーく忙しいところだからさ」
「分かってます!こっちも冷戦状態なんで、ご心配なく!」
享は自分の口元に人先指を立てると、龍馬をそこから立たないよう制しながら、何か探し始めた。
「?」
まずは電気製品のプラグが差してある全てのコンセントカバーを静かに外すと中を見て回る。
何かに気づいた享は小さな道具入れの様なモノを胸ポケットから出す。
これまた小さなドライバーで何か基盤の様な物を外した。
盗聴器だ。
まずはそれを数個、龍馬の机に置いた。
お次は天井の照明器具の根元。
黒電話の中も見る。
ソファやテーブルの下、学長代理の机も見てまわった。
驚きの五個の盗聴器が見つかった。
ソファに静かにうずくまっている灯をそのままにして、享は龍馬を呼び寄せ共に廊下に出て給湯室に向かう。
給湯室には照明器具、給湯器と小型ながら冷蔵庫があり、それら用のコンセントもある。
そこも享がいじると照明器具から一つだけ盗聴器を見つけた。
それはそこに置いたまま享が龍馬を再び誘って、廊下に出ると階段を下り、踊り場で小声出て話し始めた。
「実は、今朝こんな事があって……」
今朝の経緯を話す。
「え?何だって……」
「とうとう近いところに行き着いちゃいそうなのか、それとも僕のせいなのか、黒幕に脅しをかけられたみたい」
「自宅は大丈夫なのか?」
「自慢じゃないけど、自宅には必ず出かける前には、窓にもドアにも髪の毛を仕込んでる」
スパイ映画でたまに見かける光景。
戸締りした後の窓、ドアに自分の髪を見えなさそうなところに貼り付けておく。
もし開閉されたなら髪が落ちているはず。
という簡易的な侵入の特定方法だ。
「というか、この一連の話は休み前に学長代理室にいたオッさんにしかしてないんだよ」
「あぁ、そうだったのかぁ。あの楽しそうな計画な。むしろ裏目に出たって感じか?」
「帰りに鍵はかけてんだよね?」
「もちろん、当たり前だけど……実際問題、警備室にも校舎内のありとあらゆる鍵は保管されてるからね」
「あぁ、そうだよな」
「悪いな、享。それにしても知らなかったこととはいえ、灯ちゃんには可哀想なことしちゃったな」
「うん、胸くそ悪い。やるなら僕に直接しろってんだ」
「それだけど実際、その通りなんじゃない?」
「え?」
「灯ちゃんが傷つけば、必ず享も傷つく。心理戦って事だよ。そしてあわよくば共倒れさせようとしてるのかも」
「共倒れって?」
「享が灯ちゃんに気を遣って、享の方から別れるとかってとこかな」
「な!な!ないない!なんで、そうなる?」
「もしかしたら、やっぱり女の敵は女かも」
「いやいや、これだけの騒動を作り出すには……ある程度のコネも金もないと……後で揉み消しが大変なはずだから。川端さんんとこの大物かもしれないって……でも僕が思う大物が大学との関わりがある様には思えないんだけど……」
「まあ、大物がどんな奴にしろ癒着はいろんな形で起こり得るよ。今回は川端には頼んで、学長代理室も他に盗聴器なり何だりが、もう本当にないかどうかの見直しを頼む。とりあえず君らの部屋も頼むか?その後、どうする?君達の部屋、どちらにしても見張られてるっぽいでしょ?どこかに引っ越す?」
「あそこまで、しっかりしたセキリュティ物件はなかなかないしな……悩むところなんだ……川端さんには頼む必要はうちはない」
「でも灯ちゃん重視だぞ」
「分かってる」
学長代理室に戻る二人。
ふと見ると、灯は泣きながら寝てしまったらしい。
二人はこれを既視感だと思いたかったが、現実だった。
龍馬には仕事に戻って貰い、念の為、川端には自宅に戻ってから"学長代理室の件"は連絡を入れともらうことにし、一旦、大学の仕事に戻ってもらう。
享はとりあえず一限は空きコマだったので二限が始まる前まではこの部屋に留まり、善後策を考えることにした。
三人掛けソファに腰掛け、両手を顔の前で組んだまま一言も喋らず、対面から灯を見つめながら考える享。
『くそっ!大物はあの人だって分かっていながら、検察も手出しが出来ないなんて、どう言うことなんだ。大学って枠を超えての癒着ってことだったのかもしれないけど……大槻親娘からは何の証拠も出なかったったってことなのか?』
『いったい、いつから盗聴器は仕掛けられてたんだ?……あ、そうか……学祭の前からだったんだな。川端さんと僕らの話は筒抜けだった訳か……。結局、大槻親娘はトカゲの尻尾切り、既に証拠は大物が回収済みだったって事だな』
『と、なると……今後の展開は何なんだ?大槻学長は裏口入学の斡旋くらいでしか立件出来ない。もしそうなら、むしろ何が目的で灯のことを襲ったり、噂話を流したりするんだ?灯を悩ませたいだけなのか?……オッさんが言う通り別れさせたい?いやまさか、ここに盗聴器があることを、むしろ気づかせたかったのか?』
『どちらにしても僕ら二人の行動を見張るためのものでもあると言うことは事実だ……さて、あとは部屋をどうするか?今、あの場所を知ってるのは灯と汐恩さんだけ。灯の引越しも汐恩さんに頼んで済ませたし….家具は一旦、洸平んちで受け取って貰ってから汐恩さんに取りに行って貰った組み立て家具だし……』
『同じ代官山に住んでるのに洸平にすら、マンションの場所を教えてないのに、あの時のバイクが黒幕の手先なら、いつバレたのか?……』
『あー!灯との生活が楽し過ぎて、たるんでたぞ享!!もしかしたらの時の脅威を忘れるなんて……』
『ん?そうか、あの日……学祭の時に灯をとにかく早く大学から遠ざけたくて、いつもなら帰り道を色々変えてたのに、時短でバイクを走らせた!あの日だ……つけられてたのか……くそっ!』
果てしなく反省中のとおるだった。




