第七十五話 Don't tell me I'm being watched...…(まさか、見張られてる……)
冬休みが終わり、一月七日、大学は授業を再開した。
お正月明けから、享は灯に編み物を教えて欲しいと言って、灯用に少し細めで首に一巻きして結ぶタイプのマフラーを白に水色と紺色の二本線を入れて完成させた。
今日の灯はダッフルに、そのマフラーを巻いての初登校だ。
そして享が今日の服装を決めた。
胸元のネックレスが見える様にと、長袖のTシャツの上にボタンダウンのフランネル生地の開襟の白シャツ、その上から紺色のフワフワのセーターをジーパンの上に着せられた。
「じゃ、あかりん、三限終わったら迎えに行くから、いつものとこでね」
「おっと!」
灯はおでこにキスしようとした享から身をかわして手で制しながら
「後でね!」
「はいはい」
笑いながら享は、手を振ると階段を上がって行った。
灯は講義室に入ると、目が合う友人達に挨拶をしながら、いつもの定席に向かった。
「あけおめ!灯!」
美春にまずは声をかけられた。
「で、クリスマスはどうだった?」
「え?実家でクリスマス会」
「え?実家?横溝先輩も一緒?」
「うん」
「実家って、神社じゃないの?」
「え?」
「ん?」
美智子と喜子がやって来たところで耳ざとく
「神社でご近所さんも一緒にクリスマス会ってすごいよね」
と話に加わった。
「何で?知ってるの?」
「え?」
「何で実家が神社だって知ってるの?しかも何で、ご近所さんも一緒って……」
「え?あれ?誰からだったかな?教えてもらって」
「いつ?誰から聞いたの?」
同じ中学から、この大学に進んだ友人はいない。
高校の友達は灯は実家の家業の話をしたことはなかった。大学でも、それは同じ。
「あ、ごめん。誰からだったかな……わかんない。本人から聞いたわけでもないのに、ごめん!でも、もしかしたら結構な人がもう知ってる気がする……」
そこへ福ちゃんがやって来て灯に話しかけた。
「灯ちゃん!横溝先輩からティファニーのネックレス、クリスマスプレゼントに貰ったんだってね!見せて見せて!」
「え?」
灯は、まだマフラーさえ外していない。
と言うか何故、福ちゃんはそれを知っているのか?
と思ったら、急に灯は息苦しさを感じて、息づかいが荒くなり気分が悪くなって来て席に着く。
「灯ちゃん?大丈夫?顔色悪いよ」
「ん……」
どんどん息づかいが荒くなる。
そこへ李人が駆け寄って来て灯に声をかけてる。
「宮守さん?息をゆっくり吸って吐いて、落ち着いついて。誰が紙袋持ってないかな?」※
灯の友人達に声をかける。
美春が
「朝、パン買った!これ?これでいい?」
パンを慌て出すと、茶色い紙袋を李人に手渡す。
李人はそれを受け取ると
「サンキュー!これで大丈夫」
と言いながら、口の部分をギュッと閉じて灯に差し出して手に持たせた。
「宮守さん、落ち着いて、ここから息を吸うよ。僕が言う通りに1、2で吸って、3、4、5でゆっくり吐くよ。吸って1、2ゆっくり吐いて3、4、5、繰り返すよ……」
長く感じた息苦しさは、ほんの数分のことなのだろう。ようやく灯は自分の呼吸が戻って来た。
「灯!」
享が講義室に飛び込んで来た。
もちろん連絡したのは大和だ。
享は灯の様子を見て駆け寄ることはしなかった。
落ち着いている彼女を、また不安にさせたくなかったからだ。
「Tall」
灯は静かに近づいた享に抱きついた。
「渡辺くんのお陰で落ち着いたんだね。有難う」
「あ、いえ。妹がたまになるんです」
「そうなんだ。それにしても冷静に凄いね。本当に有難う。ところでお嬢さん方、この状況、何で起きたのかな?」
享は四人の女子大生に笑顔で声を掛けて、経緯を聞いた。
「そう。不思議な話だよね。灯の実家の話はとにかく、ネックレスの話は今日初めて大学に付けて来て灯も僕も誰にも話してないから……見せびらかしてとは灯には言っておいたけどね」
享は笑顔で話すと福ちゃんに言う。
「福山さんのせいじゃないからね。ね、灯もそう思ってるよね?皆んなのせいじゃない」
灯はおずおずと顔を享の身体から離すと頷いた。
「思いがけずに自分が知らないところで噂が一人歩きして驚いただけ」
享が更に灯を見下ろしながら笑顔で言うのを見て、灯はうんうんと大きく頷いた。
「でも、ちょっと休んだ方が良さそうだから出ようか」
享の呼びかけに応える様に荷物を持つ灯に、享は荷物を取って肩にかける。
「心配かけて、ごめんね」
と灯が女子四人と話している間に享は李人に他の人からは見えない角度で話す。
「これはもしかしたら脅しだと思う?」
「そうかもしれませんね……」
「僕達、核心に近づきすぎたかもしれない。李人、悪いけど伝令頼める?」
「はい」
「全員退避」
「でも、それじゃあ……」
「ここは大人に何とかして貰う……皆んなに迷惑かけたくない」
「でも」
「いや、危険過ぎる。本人は気づいてないけど灯はこの前バイクで轢かれかけた」
「え?」
「僕のせいだ……灯が被害に遭わない様にと思って、仕掛けたことが裏目に出てる」
「そうでしたか」
灯が享に向かって歩いて来た。
享は何がともなかったかの様に少し大きめの声で李人に話しかけた。
「それにしても渡辺くんって凄いよね!あの学長の金庫見つけたの渡辺くんなんだってね!」
『あたりをつけたのは横溝先輩なのに……でも、先輩が話し始めたのには理由があるはず……答え方はこうかな?』
「いえ、そんな、たまたまです」
「謙虚だね!」
「大槻さんの圧力に屈しない横溝先輩の方が凄いです……」
『李人、さすが回転が速いな。よしよし』
享が続ける。
「え?あの圧は尋常じゃないよ。しつこい事この上なかったし、普通は無理だって!渡辺くんだって無理矢理付き合わされちゃったんでしょ?」
「はあ、まあ」
『先輩は僕の大槻さんとの噂話の揉み消しをしてくれてるんだ』
ようやく享の話を察した李人。
享は、その時そばに来た灯の肩を抱き寄せながら
「僕がさ、あの人の事を無視できたのは、灯しか目に入らなかっただけだから!」
と、笑った。
灯はいつもなら、ここで享に突っ込むところだが、その元気もない様だった。
「じゃ、またね。行こうか、灯」
灯の友人四人は、しょげた感じになっていたが、周囲はよく理由が分かってなかったらしく、また享と灯の仲の良さげな様子に、ほわわんとした空気が講義室には流れていた。




