第七十二話 Merry Christmas.(メリー クリスマス)
「もうサンタさんが来る時間だね。そろそろ歯磨きして寝ないと」
「Tallにはサンタさん来るの?」
「え?」
享が笑う。
「とにかく歯磨き」
「でも、まだ眠くない」
「でも歯磨き忘れて寝ちゃうと虫歯になるから」
「分かった!一緒に磨こう!」
「洗面所狭いから」
「いいから来て」
椅子に置いてあるマフラーを見られたくない灯は必至だった。
リビングに戻ってくる時、
「ほら、やっぱり同じ時に泡を出したくなって大変だったじゃん」
「ごめんなさい」
「え?素直だね」
「もう少し話せる?」
「うん、いいけど」
ソファに享の手を引き座らせる灯。
「目瞑って」
「目を瞑る?」
「うん」
『ちょいちょい……まさか、頭にリボンつけてXmas presentはワタシとか……ないよな?』苦笑いする享。
「とにかく、目を閉じて」
「分かった」
そして……
灯は享の背中側から首に抱きつく様に、手編みのマフラーを絡みつけると、耳元で囁く。
「メリークリスマス」
「え?あ!」
「練習もしたんだけど……最初の方はちょっとだけ、目が荒くてごめんなさい」
「灯が編んでくれたんだ?」
「うん」
「嬉しいよ!有難う!すごくあったかい!好きな色合いの紺色に灯の水色にママの白……」
「Tallは大人っぽいから、ウールの布のマフラーがいいかな?とは思ったんだけど……それは本当に大人になってからにして貰おうと思って」
「こっち来て」
ソファの後ろから享は灯の手を引くと自分の横に座らせた。
マフラーをしたまま享はスウェットのズボンポケットの中から特徴的なターコイズブルー※1 の箱を取り出し灯に差し出した。
「これ、今晩、本当は枕元に置こうと思ってだけど……開けてみて」
「ティファニー?っ、あの!?」
「え?有名?」
「ティファニーで朝食を!のでしょ?」
「あぁ、そうだったね。生まれる前の映画なのに好きだったね。オードリー=ヘップバーンのこと」
「あんな綺麗な人いないよ!……というか、これは?」
「だから、開けてみてって」
「あ、はい」
白いリボンを解き、箱を開けると中から、小さな巾着袋が出て来た。
灯は、それを手のひらの上で、そおっと中身を出すと中から、出て来たのはイエローゴールドのチェーンに一粒ダイヤのネックレス。
ダイヤモンド バイ ザ ヤード※2だ。
しかもダイヤ大きめ。
「これって……?」
「してみよっか」
「え、あ、うん」
「メリークリスマス、灯か」
享が灯の手のひらから、チェーンをつまみ上げると
引き輪を外し、灯の顔の前から両側から引いて後ろの引き輪を止めた。
「やっぱり」
「え?」
「標準サイズだと、多分灯には長いと思って、15インチにチェーンをカットしてもらったんだ。首も細すぎる……」
享が後ろから、首筋からネックレスを沿ってダイヤまで指でなぞる。
灯は、その指の動きに胸が急に高鳴る。
そして抱き寄せられて鼓動が速まる。
それでも絞り出す様にお礼を灯は言う。
「有難う。こんな素敵なネックレス」
「灯、これは首輪だよ」
「カラー?」
「本当は、それにひき紐もつけたいくらいだよ」
「リード?!それは知ってる!ワンちゃんの紐のことでしょ?何、それってことは、これ首輪なの?」
「いや、ネックレスだよ」
「どう言う意味なの?わかんないんだけど」
「そろそろ僕達、本当の恋人同士と思っていいよね?」
灯は少し躊躇するも答える。
「……二人の"しるし"はあるじゃない」
「あれは嘘の"しるし"だったから……これは、誰が見ても僕が灯に贈ったって分かるものでしょ。まあ、僕はティアラはつけるけど」
「私もクラウンつけるよ」
「いや、重たいでしょ?」
「え?」
「クロスも一緒につけるのは重そうで可哀想だと思ってた」
「……気づいてたの?」
「家に帰ると、すぐ外してたからさ」
「ごめんなさい」
「いや、そんな細い首に、あんなのつけさせた僕が悪い。とにかく、これなら軽いけど重たいネックレスだから」
「軽いけど重たい?」
灯が振り向いて聞く。
「軽いけど、僕の気持ちがいっぱい入ってるって事」
そう言いながら享は灯に口づけをした。
「考えてみたら……ワンコだと歩かせないとならないから……ニャンコの方がいいね」
「え?」
灯の目が潤んで見える。
「ニャンコなら家に閉じ込めて、出かける時は、ずっと抱っこして歩ける」
「そんなに大人しくないかもよ……」
「そうだった」
二人は見つめ合う。
心なしか、どこからかクリスマスソングの定番、White Christmasが聞こえる気がする。
灯を膝に乗せると抱きしめ直す享。
灯も享の首に腕を回した。
口づけを交わし続ける二人。
クリスタルのツリーが明るさを落とした間接照明にさえ、反射して煌めきを放つ。
灯の唇を捉えたまま、享は灯を抱き上げるとベッドルームに運び、優しく彼女をベッドに下ろす。
「灯……」
灯は上気した顔つきで、ぼんやりと享を見つめている。
享は灯の髪を撫でながら、その頬に口づけした。
灯は思わず目を閉じる。
享は、灯の唇の感触を確かめる様に口づけを続けながら、灯の腕を左手を取り手のひらを開かせると、そこにも口づけをする。
指の一本、一本に優しい口づけを重ねながら、薬指だけは甘噛みをした。
灯は思わず目を開けた。
目の前には享の海の色の瞳が潤んでいる。
リビングから漏れ入る間接照明の灯だけでは、お互いが近くないと、どんな表情をしているか読み取れない。
享は灯を見つめながら、彼女の左手は捉えたまま寝衣のボタンを一つずつ外し始めた。
『あ……』
灯は約束が思い出せないからなんて理由は必要なくなっていたはずなのに……。
享があることに気づき手を止めた。
「ごめん」
「ん?え?」
灯は自分でも気づかないうちに泣いていた。
※1 特徴的なターコイズブルー
ティファニーのターコイズブルーの由来
19世紀のヴィクトリア朝のヨーロッパでは、コマドリの卵の色(鮮やかな薄い青緑)が「幸福や大切なものを表す色」とされており、ブライダルの贈り物などに好まれていた。ブランド創業者のチャールズ・ルイス・ティファニーがこれをブランドカラーに採用したのが始まり。
※2 ダイヤモンド バイ ザ ヤード
伝説的なデザイナーであるエルサ・ペレッティ(Elsa Peretti)が手掛けた、ティファニーを代表する一粒ダイヤネックレス「ダイヤモンド バイ ザ ヤード(Diamonds by the Yard)」は、1974年に発表・発売され、覆輪留め(ベゼルセッティング)と呼ばれる、ダイヤの周囲を金属のフチで包み込むシンプルなデザインと繊細なチェーンの組み合わせ。それまでの「特別な日につける重厚な宝石」というイメージを覆し、「日常的に身につけられるダイヤモンド」として大ヒットしたもの。




