第七十三話 It's actually not true.(本当は違うのに)
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明日もお仕事の方には申し訳ありません……
が、また今晩も午後八時に最新話を投稿致します。
どうぞお楽しみに♪
灯は自分で自分が分からなかった。
享は辛そうな顔をして灯のボタンをはめ直す。
灯は何故か動けないし、言葉が出ない。
「Tall!」
しばらくして、やっと声を出せた灯は衝動的に享に抱きついた。
「灯、無理しなくていいんだ」
「ち、ちが、違う」
「本当にごめん。灯は約束も思い出してないのにクリスマスで浮かれてた……灯の心はまだ全快してない」
「……え?」
享に言われてみると、忘れかけていたが、あの自由を奪われて何処かに連れて行かれそうになった時の自分がまだ怖がっているのかもしれないとも思う。
それでも享を受け入れたかった自分がいたのも確かなのに……。
「とにかく、ごめん。また怖がらせた」
「Tall……自分が分からない……ごめんなさい」
享は灯を抱きしめながら、そのまま横になる。
「Tall?」
「今夜から、また一緒に寝ていい?」
「え?」
「抱きしめていたいんだ」
灯は黙ったまま頷いた。
灯は、思う。
私がTallとの距離を縮めようとする度に、"約束"を忘れたことにしている私が邪魔をする。
どんなに一緒にいる一日が愛おしくても、誰にも同じ時の流れが過ぎて行き、地球は回転を止めずにまた朝が来て一日が始まる。
そして迎えた1981年 元旦。
昨年、祖母を亡くした享は、お正月は日本の流儀に則って喪に服すという。
明治神宮を参拝し、クリスマスパーティーを神社で開催させた、どの口が言うのか?と灯は思った。
でも、もしかしたら二人きりで過ごす為の口実かもしれない。
だが、享曰く。
「灯は、ご実家のお手伝いがあるんじゃない?」
「え?」
「お祓いだっけ?巫女さんが舞うんでしょ?」
「あぁ、今年はバイトさん雇ったみたい」
「そうなの?」
「うん」
崇もなんだかんだで気を遣っている。
多分、千紗子の入れ知恵だろう。
享も享で気を遣ったのかもしれない。
が、
「じゃ、どっか行く?」
「どっか?」
「海でも見に行こっか?」
「海!」
二人は近い海と考えて鎌倉に行くことにした。
午前九時に軽く朝ごはんを済ませてから出発。
東急東横線は比較的空いていたが、横須賀線は箱席なので通路が狭く、鎌倉八幡宮への参拝客でぎゅうぎゅうとまでは行かないが、立っている乗客の中では享と離れたら背の低い灯は掴まるところがないくらいの混み具合だった。
開かない方の扉の近くに立てた二人は、享が灯を庇う様に腕に力を入れて他の乗客との壁になってくれる。
鎌倉。
ようやく電車から吐き出される様に人々が思い思いに降りて行く。
ほぼ空の状態で、次の駅へと電車は出発するも、ホームでも渋滞が発生しており、なかなか改札に辿り着けなかった。
改札を出た後、若宮大路の歩行者天国をだいたいの人達が進む方向と逆に向かう二人。
海は八幡宮とは逆方向だ。
「お天気はいいのに風冷たいね」
灯が享のポケットの中の手を握り直しながら言う。
享はダウンジャケットを着て、灯から貰ったマフラーを巻いていたが、それを外すと自分のお下がりのダッフルコートを着ている灯に巻き付けた。
「Tall!自分に巻いてよ」
「こっちは羽毛布団着てるようなもんだからさ」
「でも、巻いて欲しいよ」
「僕は灯に風邪を引かせたくないんだよ」
「……」
そうは言いつつも、まだ享の温もりのあるマフラーは灯の気持ちも暖めてくれた。
「お、見えて来た」
「え?どこどこ?」
「ほら、真ん前に広がってるよ」
その時、享が灯を高い高いをするように抱き上げた。
「おぉ、海だ!」
「見えた?」
「うん」
「じゃ、行くよ」
「え!?」
享はそのまま持ち上げ直すと灯を肩車して歩き始める。
皆、八幡宮参拝に行く人ばかりなのか、こちら側は人が少ないが、それでも行き交う人々は原宿の時と同じような反応を見せる。
「Tall」
「ん?」
「恥ずかしくないの?」
「あれ?あの時は、はしゃいでたのに……今日は恥ずかしいの?」
「え?」
「本当は?」
「楽しい」
「だと、思った」
享には何でも分かってしまう。
でも、"約束"を思い出してることは気づいていない。灯は不思議な気持ちになっていた。
「ほら、着いた。どう、ちょっと高いところからの海は」
「砂粒が痛い」
「確かに」
強風が浜から吹き荒れて、砂を舞上げダイレクトに肌の露出部分に遠慮なく当たる。
「とりあえず、波打ち際まで行けば痛くはないかも?行ってみる?」
「うん!」
灯をその場で降ろすと、手を繋ぎ、砂浜に出る階段を降りて走り出す。
二人が波打ち際まで行くと本当に砂粒は当たらなくなった。
ただ容赦なく北からの風が吹き荒む。
「海は失敗だったなぁ」
「え?人がいない海なんて素敵じゃん!」
「え?あれ、本当だ。誰もいないね」
「二人きりで由比ヶ浜から材木座まで貸切だよ!」
楽しみ方は色々だが、灯のこう言う前向きさに、どれだけいつも助けられて来たのかと思う享。
嬉しくて、つい灯をまた高く抱き上げた。
「今度は何?」
「ハワイが見えたら教えて」
「ハワイは見えませんが、江ノ島は見えます!」
「江ノ島……よしよし」
享は灯を下ろす途中で軽くキスした。
寒いからなのか、一緒にいたいからなのか、これでもかとくっついて歩く。
耳には潮騒と風の音だけが聞こえて本当にこの世界には二人だけの様だった。
その後二人は江ノ島まで歩いてみることにした。




