第六十九話 Let me get a do-over.(やり直させて)
銀座の街を歩き、有楽町駅に着く頃には、お互い落ち着いて涙も乾いていた。
「灯、僕は多分勘違いしてた」
「何を?」
「二人なら、どんなことをしても楽しいはず」
「うん」
「やり直そう、この生活」
「ん?」
「仕切り直しって事」
享の言ってる意味は、よく分からなかったが、灯はとりあえず頷いた。
そして、次の日から、灯は部屋の鍵を閉めないで欲しいと享に言われる。
「灯がうなされてる時は、側にいたいから」
「うん、分かった」
どうやら享は灯の心のリハビリを考え始めたらしい。
ただ、そのことは灯には嬉しかった。
また、以前の様に享は、Tea timeに誘ってくれたり、自室に閉じこもることなく一緒に読書をしたり、膝に乗せてくれて髪を撫でてくれたりする生活が戻って来たからだ。
雪の便りが北国から届く様になった頃、恋人同士の最大イベントと言うクリスマスの時期がやって来た。
灯は二人で過ごすクリスマスを想像しながらプレゼントは何にしようかと考えて、内緒で身長に合わせて長めのマフラーを編んでいた。
もちろん基本は紺色。
享に会える日を想って、買ってしまった毛糸玉。
編み止まりから三十センチの程の部分に片側だけ、水色と白の2色の線を重ね合わせたマリンストライプを入れたシンプルなものだ。
「灯?」
ドアの外から享が声をかける。
「明日一限からだよ。もう寝なさい」
「あ、うん!」
マフラーをタンスに閉まって、慌ててドアを開けると享におやすみのキスをおでこに貰う。
「おやすみ」
「おやすみ」
享は何が吹っ切れたのか、灯自身に接する態度は、外出先でも家の中でもさほど変わらなくなっていた。
ただ、リビングに寝るのは変わらない。
灯もそこは敢えて、部屋で一緒にとは誘えなかった。
クリスマスイブ。
もう大学は冬休みに入っている。
大槻元学長とその娘花梨が検察や警察に取り調べを受ける様になってからというもの、灯の周りは至って平和に戻った。
ぬくぬくと暖房の入った部屋で寛ぐ二人。
「クリスマスには雪は降らないみたいだな」
「こんなに寒いのに?」
この年の十二月はこの上ないくらいの厳寒だった。
ところが雪はまだ降らない。
天気が崩れて雪になるかも?は二十六日頃らしい。
「ちょっと残念」
灯は呟く。
享に渡すマフラーは昨日の晩に仕上がった。
敢えてフサ無しのシンプルなデザインだ。
「灯、今日、出かけるよ」
「え?聞いてないけど」
「あったかい格好で用意始めて」
「あ、うん」
マンションの外に出ると、享が灯の手を取ると自分のTHE NORTH FACEの紺色のシエラパーカ※のポケットに手を入れて歩き始めた。
「まさか?この道は?」
「正解」
「私、何も用意してないんだけど!」
「サンタさんが来るのは夜中でしょ?」
「え?じゃ、今日は何するの?」
「神社始まって以来の大珍事と言われた〜」
享が楽しそうに笑った。
目黒の神社に到着。
「え?あれって!」
「|Of course! It's a fir tree!《もちろん!モミの木だよ!》」
「まさか、Tallが用意してくれたの?」
「うん。この前タッくんに会った時、幼稚園ではクリスマスにツリーをみんなで飾るけど、うちではしたことないんだ……って、ちょっと寂しそうだったから」
「琢磨の為に?」
「崇さんには類を見ないって難色を示されたけど……ここに神社がありますよ、地域の皆さんの為に神様が護って下さってますよって、いわゆる年末年始の参拝者効果もあるんじゃないかな?って思ってさ。この前知り合いになった、ご近所さんにも声かけて、飾りつけ手伝って頂くことになってるよ」
社務所の奥の住居スペースの玄関から、小さな影が飛び出して来た。
「トールおはよう!」
享に抱きついた琢磨を一度高く持ち上げた後、抱っこした。
「おはよう、タッくん!温かい格好にしたね。帽子も手袋もお似合いだ」
琢磨は今気づいた様に
「あ、お姉ちゃんもおはよう」
「あ、はい、オマケで有難う。おはよう」
「灯、妬かないで」
「え?」
灯の耳元で享が囁いた。
「僕は灯が一番だから」
頬にキスした。
それを見た琢磨が享に言った。
「トール!僕にもチューして!」
灯と享が目を合わせて笑う。
そして灯が琢磨に言った。
「ダメ!Tallのチューはお姉ちゃんだけの!」
「え!ズルい!僕だってトールのこと大大大好きなのに!」
「お姉ちゃんだってTallのこと大大大大大大大好きだし、Tallもお姉ちゃん事、大大大大大大大大好きなんだもん」
「そか」
「え?」
急に何かを悟った様な琢磨はこう言った。
「好きな人同士がするんだね!チューって!」
そう言われた灯は大人気ない発言をしたと後悔しかけた時、享がいきなり灯の顔を上に向かせると軽く口づけした。
「タッくん。これが本当に好きな人、一人だけにするチュッ」
琢磨は目をまん丸くしている。
そこに享は琢磨の寒くて赤くなった頬っぺたにキスをした。
「これは、友達のチュッ」
「わあ、友達!じゃ、お姉ちゃんとは家族のチューしよ」
享に抱かれている琢磨に抱き寄せられて灯は笑いながら、お互い頬っぺたにチュッチュッし合った。
遠くの方から声がする。
「おいおい!神聖な神社で何をしておる!」
汐恩が幸子と一緒にやって来た。
「サッちゃん!」
灯が幸子に駆け寄る。
「灯ちゃん、相変わらず仲がいいのね!風邪も移しっこしちゃったんだって?」
「あ、それは……」
顔を真っ赤にする灯を思わず抱きしめる幸子は、耳元で囁く。
「こんな日が来るなんて本当に嬉しいの。横溝くんには感謝しかないわ。灯ちゃん、これからも宜しくね」
「サッちゃん……こちらこそ、あんなお兄ちゃんのこと忘れずにいてくれて有難う。これからも宜しくお願いします」
しばらく抱きしめ合って、幸子は灯の背中を優しくポンポンする。
享が、その時、何も言わずに琢磨を汐恩に預けると
灯の肩を引いて、その手を前に回して後ろから抱きしめる。
「サッちゃん、悪いけど、あかりんのこと、抱きしめていいのは僕だけだから」
「あらあら、横溝くんったら」
五人は大笑いした。
享が用意した本物のモミの木ツリーの高さは五メートルほどか?
上の方の飾り付けは、脚立が必要だった。
飾り付け様の小物も段ボール箱にいっぱい用意されている。
大きめの様々な形のオーナメント・雪に見立てたフワフワのコットン・キラキラしたモール・松ぼっくりなどがあしらわれたガーランド・電飾、極め付けはツリーの上に飾る大きな星のツリートッパーだ。
崇も千紗子も出て来て、まずは家族と享だけで飾り付けを始めた。
「享くん、この度は琢磨のこと考えてくれて、こんな立派なツリーを用意してくれて本当に有難う」
と、崇に言われ、享は少し照れながら
「お、いえ。ご無理を聞いて頂いて、こちらこそ有難うございます」
そこで千紗子が笑いながら話に加わった。
「固っくるしい挨拶はヌキヌキ!早く始めないと飾り付け今日中に終わらないわよ」
「そうですね!始めましょうか」
享の音頭で飾り付けは開始された。
三十人くらいが座れる様に、折りたたみ式のテーブルが数用意され、既に椅子も置いてある。
享はちょっとした料理のケータリングも依頼してあって、いかにも、クリスマスっぽいお料理の数々と飲み物が赤と緑のチェック柄のテーブルクロスの上に用意されていた。
この神社の周辺のご近所の氏子さん達とは"あの放火事件"依頼、むしろ結束が高まったのか、享が手ぶらでどうぞとチラシを入れたのにも関わらず、何かしらを手にして集まり始めた。
中には琢磨くらいの子供連れの夫婦もいた。
大人も子供も楽しそうにツリーに装飾をしていく。
享が途中で、外に置いてある数台のダルマストーブの上の鍋におでんを用意して貰ったのを思い出して
「皆さーん!お料理お待ち頂き有難うございます!こちらでも少し用意をしましたが、せっかくですので温かいうち頂いてから、また飾り付けにしませんか?」
「あぁ、そうだな」
「冷えて来たし嬉しいわ」
など、その案に皆、紙皿や割り箸を手に取り、ちょっとした休憩を楽しんだ。
一番端のパイプ椅子にすわりながら、ボンヤリとお子様用シャンパンを飲んでいる灯に享が声を掛けた。
「はい、これ」
「おでん!」
「温かいものもあった方がいいと思って用意したんだ」
享が灯の為に、その家族にまで心遣いをしてくれている気持ちに身体は冷えながらも、灯の胸はかなり熱くなっていた。
※THE NORTH FACEのシエラパーカはダウンジャケットの商品名




