第六十五話 The Canvas That Laughs in the Dark.(笑う肖像画)
「ここですね」
李人が立ったのは現学長の肖像画の前だった。
「え?パパの肖像画?が笑う?」
「そうなんですよ……警備員の方が聞いたって」
「本当に?笑い声がしたってこと?」
「そうらしいです」
「まさか……」
「え?なんですか?」
「ここがそうなのかな?」
「ここって?」
「パパの隠し金庫」
「何で花梨さん知ってるんですか?」
「冗談だと思ってたんだけど……花梨にだけは話しておくが、皆んなが分からないところに俺は隠し金庫を持っているんだ。いつかお前には教えるって」
「私物化じゃないですか!大学の校内に隠し金庫なんて……」
「……でも、家に置いて置けないものがあるんだから仕方ないんじゃない」
「え?何故、家に置いておけないんですか?」
「そ、それは……見たら笑っちゃうもんだもんって言ったら、お金でしよ。いずれ花梨のお小遣いになるんだからなって言ってたし」
「お金って……普通にお給料とかじゃなくて、何か投資資産とかを奥様に内緒にされてるんですか?」
「パパはね、すごく偉い人のお仕事手伝ってるんだって言ってた。それで、ご褒美がもらえるみたい」
「え?他にお仕事されてるんですか?」
「お手伝い?的な?とにかく、頼まれ仕事が多いみたいなんだけど……とにかくお金になるみたい」
「しっ……花梨さん、誰か来ます……隠れましょう」
足音が聞こえる方と反対側の廊下の先の角を曲がって二人は身を隠した。
鼻歌を歌いながら誰かがやって来て、歴代学長の肖像画の一番手前の現学長の肖像画の前で立ち止まる。
笑いながら、肖像画の下に手を差し入れて隠しボタンを押したらしい。
キィと音をさせて扉が開く様に肖像画が動いた。
その先に壁に埋め込まれた金庫があった。
廊下の先の二人からは、肖像画に隠れて金庫は見えないが、男性が、金庫を開けた音がした。
「ふ、はははっ」
笑い声が響く。
花梨が気づく。
「あれ?明日ゴルフだから今日は前入りで静岡に行ったはずなのに……」
「お父様ですか?」
「うん……何しに来たんだろ」
「カバンにお荷物移されてるみたいですね」
「え?そうなの……」
その時!バタバタと背広姿の男性が十数人、畳まれた段ボール箱を手に駆け込んで来た。
「大槻さん、これはどう言うことですかね?大学の壁に金庫って、おかしくないですか?」
「誰だ!!?」
「検察特捜部の川端と申します。裁判所から押収捜索許可状が出ています。ご自宅にも今頃、強制捜査が入っています」
「これは私の私有財産だ!今日は取りに来ただけだ」
「大学は私物ではないですよね?その校内に金庫はまずないでしょう?今、カバンに移したのはお金だけですか?それ以外にも何か入っているんじゃないですか?とにかく、その札束は一介の雇われ学長が手に出来る金額ではないでしょう?後日、取り調べに応じて頂く必要があります」
「何だと!これは私の私有財産だと言っているだろう!取りに来ただけだ!」
「そうですか?じゃ、証人を呼びましょう。そこ!廊下の先に隠れている君達出て来なさい」
「花梨!!何でこんなところにいるんだ!」
「パパこそ、ご褒美に貰ったお金持って、どこに行くつもりだったの?花梨にくれるお小遣いは?」
「今そんな話するんじゃない!!」
と、父親に大声を出された花梨は怯えた。
そして大槻学長は膝をガックリと落として、その場で項垂れた。
川端が花梨に話しかける。
「先程、あなたはお父様がどなたからか頼まれて何かお手伝いをしているお話しを、そこの彼にしていましたよね?」
花梨は慌てた様に答える。
「……え?そんな事言った?」
「お聞きしました」
「ちょっと李人!」
「あなたからもお話しを聞かせて頂く必要がありそうだが、まずは放火、拉致の話には身に覚えがあるよね?」
「え?何の話?」
「宮守さんの話だよ」
「あれは、あのチビが身の程知らずだったから、ちょっとしたイタズラしただけよ!」
「それは犯罪ですよ」
「え?李人?」
「驚きました……花梨さん、宮守さんにそんな事したんですか?」
「あの頃は享が振り向いてくれなかったから……つい。でも今は李人がいるから、心を入れ替えたのよ!本当よ!」
「そんなことをしていたなんて……見損ないました。花梨さん」
川端はそこで警察官を呼ぶ。
「それは警察にお任せすることになるから場所を移して伺いましょうか?花梨さん」
「何よ!それ!ねぇ、パパ!ちょっと!」
大槻学長は自分の娘を睨みつけながら
「花梨、お前のために言っておく。何も喋るな」
「え?……」
「分かったな」
「う……ん」
花梨が警察官に連れて行かれた後を、大槻学長は立ち上がるとフラフラしながら歩いて行く。
川端は李人に声を掛けた。
「君にはまた別日に話を聞かせてもらおうか?」
「はい、僕に出来ることは何でも致します」
少し離れたところから花梨が振り向き李人に言う。
「李人!信じて!本当に悪気はなかったんだってば!」
「悪気がなければ人を貶めていいんですか?」
「……」
花梨は項垂れるとそのまま警察官に連れて行かれた。
検察官らは証拠となる金庫の中身を出して、段ボール箱に詰めている。
この後、学長室にも強制捜査が入る予定だ。
そして後に残った川端が、李人の肩に手をかけて言った。
「今回は君のお陰だな。渡辺くん、よくぞ、嫌われ役を受けてくれたね」
「横溝先輩に頼まれては断れません」
「その、横溝先輩は?」
逆側の柱の影から享が顔をだした。
「状況証拠だけで何とかなるんですか?大物には行き着けるんでしょうね?」
「渡辺くん、どうだい、あの態度。目上の者に対する態度と思えるかね?」
「横溝先輩の仰ることには一理あります。これで大物に繋がる何かを大槻学長が何も持っていなかったら、お金だけでは証拠になりません。学長が大物に助けて貰えると思って口を割らなかったら、どうにもならないじゃないんじゃないですか?」
「李人!その通り!川端さん!あなた方が見つけられなかった金庫に李人が身を挺してまで行き着いたんですから、とにかく役立て下さいよ!」
「あぁ、分かってるって」
「あの文学部のミジンコもそれぞれ別々の地方大学に編入させたりして、温情かけるのもいいですけど、今回は糾弾してもらわないと」
「分かってるって、皆まで言うな!今日はもう二人とも帰れ!いいな。この後はしばらく静かにして何も知らなかったことにしろ。特に渡辺くんは騙された人として、少し他人と距離を置いてくれ」
「はい、この後のスケジュールは、もう横溝先輩と想定済みです」
「あぁ、そうかー!そりゃそうだよな!享に抜けはないか……そうだ、君達送るか?」
「僕が李人は送ります」
「バイクか?」
「はい、責任を持って送りますんで」
「くれぐれも気をつけてな」
「はい、川端さんも寝ず証拠確認ですよね?お身体気をつけて下さい」
「ん、じゃな」
享は川端を見送った後、李人に向かって
「本当にお疲れ!李人のお陰で問題のひとつが解決出来た!君は凄い!」
「先輩、今頃ですが膝が震えて来ました……」
「おや舞台度胸があるように見えたけど」
「いや、もう必死でした。花梨さんは押しが強いし、ある意味、肉食獣相手みたいでしたから」
「それにしても、かわし上手だったね。有難う、李人こんな役柄を引き受けてくれて。君だから頼めたし、君だから出来たんだよ」
「先輩にそう言って頂けると、本当に嬉しいです」
李人は少し涙ぐみながら安堵の気持ちでいっぱいになった。
享は労をねぎらう気持ちで、そんな李人の肩をポンポンとしながら、花梨の悪気はなかった発言に頭に来ていた。
お陰で灯は、まだ暗闇を怖がる。
『あの時の拉致は、灯を解放する条件で僕に王子を辞退させない……ただ、そのくらいの気持ちだったんだろうけど、許せない。まあ後は警察がどう取るかだけど……民事にすると灯が取り沙汰されるから避けたいし』
気持ちを切り替えて享は李人に笑顔で声を掛けた。
「李人、もう終わった!本当に有難う。送るよ、帰ろう」




