第六十一話 And then?And then?(それから?それから?)
部屋に戻る享。
玄関ドアを開けると灯が帰り支度を終えて靴もはいて待っていた。
「Tall、そろそろ大学行くね。二限に間に合いそうだから」
「何で?!一人じゃダメだよ」
「享の熱が下がったらって約束だったし、玉子粥があれだけ食べられたら大丈夫でしょ?Tallがくれた"相棒"がいるし、帰りも心配ないし。しかも花梨さんは今渡辺くんに夢中だし」
「……」
享は思案顔をしていたが、
「まあ、そうだね。分かった……」
「また帰りに来るから、ゆっくりしてて」
「ん、分かった」
「じゃ」
「灯」
「ん!」
振り向かされて抱きしめられた灯。
享は本当は、このまま行かせたくはなかったが……。
「気をつけて」
「あ、うん。行って来ます」
灯は玄関を出て行った。
『やっぱりダメだ!』
享は慌ててドアを開けた。
灯はまだエレベーターを待っていた。
「灯!僕も行く!着替えるから待ってて!」
ちょうどエレベーターが来た。
「過保護なんだから!もう行くね!Tallは寝てて!明日は真ん中ベンチじゃなくて、学部長室lunchなんだからね!」
「ちょっと!」
「じゃーねー」
灯が言うか言わないかのうちにエレベーターのドアが閉まった。
『何もないなら越したことはないけど……心配過ぎる……追いかける!』
享は着替えに部屋に戻った。
灯はバイクを飛ばしながら、
『本当、Tallは心配性なんだから……でも、一人で大学行くのも久しぶりかも……』
教室に入ると、皆の視線が自分に集まるのを感じる。
「何か私、変なのかな?」
近くにいた大和に聞く。
「あ、えーと……横溝先輩が風邪ひいて宮守さん看病してるって噂が……」
「え!?何で知ってんの?」
「やっぱり本当なんだ?」
「本当にだけど、誰から聞いたの?」
「もう今朝、来た時には噂になってたよ」
「……」
「大丈夫?顔色悪いけど」
『怖い……誰かに見張られてるってことだよね。享は、わざわざバイク通学までして自宅を知られない様にしてるのに……いったい誰が……』
その時、後ろから腕を引かれた。
「わっ!」
振り向くと享がいた。
「何で?寝てなきゃダメでしょ」
「ちょっと、来て」
享に手を引かれて灯達は廊下に出て行く。
その二人の様子を見て、また一年生の教室は甘い空気に包まれていた。
廊下の端、階段の二階との間の踊り場。
「灯?顔色悪いよ」
「あのね……」
「ん?」
「Tallが風邪ひいて私が看病したことを皆んなが知ってた」
「え?」
「怖いよね?怖いよ」
「ちょっと上、行こう」
享が灯を連れて行った先は、もちろん学部長室。
ノック三回で、何も言われないうちにドアを開けて入る。
「おいおい、まだ返事もしてないのに……え?どうした二人揃って、変な顔して」
「オッさん、困ったことになった」
「え?」
享は今し方の灯との、やり取りを龍馬に話した。
「それはそれは……もう、享のマンションもバレちゃったって事だな」
「もしかしたら……と思う事はあるけど確証はない」
「そうか、それで、これからどうする?」
「僕はどうとでもなるけど、灯が心配だから」
灯は二人の会話が耳に入らないほど、怯えてソファの隅で小さくなっていた。
「可哀想にな……」
龍馬が灯の姿を見て呟く。
享も続けて、神妙な面持ちで独り言の様に言う。
「実家も知られてて危ないし、寮も一人部屋だし……」
「君達の行動が筒抜けなのは、どうしようもないけど、むしろ、それ、利用しちゃえば?」
「は?」
「今まで以上にイチャつくのは?どう?」
「何で?」
「誰だか知らないけど、君達二人の噂を流すってことはさ。それだけ関心があって気にしてるって事だろ?」
「でも花梨さんは、今、渡辺くんに夢中で……」
灯が口を挟むと龍馬が言う。
「それは見せかけだけかもしれない。そう見せておいて、また、何か企んでるのかもしれないし」
「オッさんの言うこと、一理あるな。相手は僕達の行動を知ってるから、その噂を流せば、僕達が動揺して、むしろ一緒にいない時間を作るかもしれないと思ってるのかも」
「だろ?だから、もっとイチャイチャして相手の気持ちを苛立たせたら、炙り出しが早いかもしれないしね」
「イェーイ!オッさん!さすが伊達に学部長代行を名乗ってる訳じゃないね!」
「しょっちゅう仕事中に乱入されんのも困るからね。これでも学部長だからさ」
「じゃ、申し訳ないけど、親代わりとして一つ頼まれてくれないかな?」
「何?怖いな、享のお願いはいつもアウトレイジだからな……」
「僕ら同棲する!」
「え!?何だって!?」
「鍵のかかるベッドルームを灯に貸す!玄関に近い使ってない部屋を僕が使う」
「それで僕に何しろって言うの?」
「灯のご両親を僕と一緒に説き伏せて貰いたい!」
灯はソファで小さくなっていたと思ったら、昨日寝ないで享の看病疲れがあったのか眠っていた。
「あれまあ……本当に子猫みたいな子だね」
「そうなんだよ……たまにシャーシャー言うけどね」
「可愛くて仕方ないか?」
「うん」
「そこは素直なんだな」
二人は、この小さな子猫を守る為に、宮守家を訪ねる決心を固めた。




