第五十六話 No way, is this actually my birthday present?!(嘘でしょ、これが誕生日プレゼントなの?!)
「ん、いいよ」
灯は享の申し出に普通に返事をする。
カップを持ったまま灯の右隣に移動する享。
「ちょっと髪伸びたね」
左手で髪の先をちょっと触れる。
灯は少し緊張している様に見えるがカップを持ったままミルクティーを口に運ぶ。
「……この間、自由が丘のベンチで僕が話したこと覚えてる?」
「え?」
「灯のこと、可愛いと思ってるし好きなのは変わってない……けど気持ちが変わったって話」
「……うん、覚えてる……」
享は自分のカップをテーブルに置くと、灯のカップもさりげなく取り上げてテーブルに置いた。
あっ……と言う顔をして灯が俯く。
「灯」
「ん」
「こっち見て」
灯は横目で享を見ながら、おずおずと俯いたままで顔を少し向けた。
「僕は、灯と一緒にいるのは楽しいし、嬉しい……けど、どうしても独り占めしたくなる」
「……」
「僕は灯に触れたい」
「……」
「灯は僕にされて嫌な事はないって言ってくれたよね?でもこの前、いろいろな事があったから、無理強いはしたくないんだ、だけど……」
「だけど?」
「本当の恋人同士になれないかな僕達」
灯の脳内をいろんなことが駆け巡る。
『恋人同士?恋人同士?恋人って何したら、恋人?どうなったら恋人?何したら恋人?あれ?同じ事繰り返してる?』
真っ赤な顔して俯いて、両手がグーのままソファに手をついている灯の右手に享は自分の左手を重ねた。
灯の肩が思わず、ぴくり動いた。
享は灯の硬く握られた拳を優しく開くと、そのまま握る。
そして、灯の前に身体を横から覗き込む様に、その右手を灯のもう一方の手に重ねた。
享は確認する様に灯に囁く。
「嫌だったら言って」
そして、俯く灯の唇を少し目を閉じかけて見つめながら近づく。
その時!ドアがバーンと開いて
「ただいまっ!!」
龍馬が帰って来た。
慌てて離れる二人。
『何で今!!』
享は両膝に肘ををつき顔の前で両手を組んで、龍馬が向こう側のソファの後ろを通って、コートを脱ぎながら学部長机に向かうのを、睨みつけていた。
灯は立ち上がると声を掛けてお辞儀する。
「お帰りなさいませ、学部長」
「はい、ただいま!あかりん……あれ?ちょっと顔赤くない?」
「ちょっと熱っぽくて風邪引いたのかもしれません……今日はこの後早退しようかと思います」
「え?!そうなの?」
学部長と享が一緒に驚いた。
「給湯室お借りします」
灯は何の迷いもなくカップを二つ持つと、学部長のドアを開け出て行き隣の給湯室に向かった。
慌てて享が後を追う。
カップを洗う灯に後ろから声を掛ける享。
「本当に具合悪い?」
「これって学部長室に戻すの?」
「あ、うん。そこにあるナフキン使って拭きあげしてから」
「了解」
カップを拭きあげると両手に持って学部長室に戻ろうと灯の肩をそっと触れる享。
「ちょっと灯、具合は?」
「嘘」
「え?」
「だって恥ずかしかったから……でも早退はする」
「何で?」
「Tallのこと、待たせたくないから」
灯はそう言って学部長室に入って行った。
後に残された享は学部長室のドアを開けながら
『ちょっと……期待しちゃうぞ!いいのか?灯』
と思っていた。
二人は荷物をお互い背負うと、学部長を後にした。
「有難う、オッサン」
と享が言うと続けて灯が言う。
「お邪魔致しました」
龍馬は
「お大事にね。温かくして、ゆっくり休んで」
そう言われた灯は胸がチクっとするも
「有難うございます、失礼します」
ドアを閉めた。
階段を二人で手を繋いでゆっくり降りる。
灯は龍馬に嘘をついた事をちょっと後悔しているせいか、何も喋らない。
享はそんな灯の顔色を伺いながらも、やはり何も話さなかった。
駐輪場に向かう二人。
灯は見慣れないバイクが止められているのに気づいた。
「あれ?」
「これ」
灯の目の前に差し出されたのは、享のバイクキーや部屋の鍵がついているのと同じプレートキーホルダーにつけられた鍵が二つ。
「何?この鍵?」
「"あいつ"と僕んちの鍵」
「"あいつ"って……まさか?」
「あれね、灯への誕生日プレゼント」
「嘘!」
「行こう」
享に手を引かれて急かされる灯。
『もう一つのTallんちの鍵も気になるんだけど』
駐輪場に着くと、そこには
HONDA CB125JXが駐車されていた。
丸みのあるすっきりとしたタンク。
フューエルタンクからサイドカバーにかけて、深みと透明感のある綺麗なライトブルー、一色で彩られている。デカール(ステッカーの模様)がなく、鮮やかなオレンジ色の「HONDA」ロゴだけが配置されたシンプルなデザイン。
空冷単気筒エンジンを搭載しているため車体が非常にスリムで、丸目一眼のヘッドライトやメッキ仕上げのフロントフェンダー、直線的なシートが軽快な印象。車体が軽くて足つきも良いので、女性でも扱いやすいバイク。
「ジャーン!お誕生日おめでとう!」
「Tall、頭おかしいんじゃない?」
「え?何で?免許取らせておいて、乗り物なしの方がおかしいでしょ?」
「でも、これ高いよね……?」
「財布の中身みたんでしょ?」
「それでも受け取れないって」
「女の子の後ろに乗りたい僕の夢が……」
「本気?」
「本気」
「んー……」
目の前にぶら下げられていたキーホルダーを享からもぎ取ると、始動スイッチに鍵を差し込む。
「はい、これ」
車体後部に吊り下げられていた、車体と同じ色のフルフェイスのヘルメット。
「これも?」
「運転手は風をもろに浴びるからさ」
「そうなの?」
「被ってごらん」
ヘルメットの開口部をグッと広げ、前髪を気にしながらおでこから滑り込ませる。
「上手い!はい、グローブ」
ご丁寧にこちらも同じ色の革手袋だ。
灯は渋々、それをはめた。
享は既に紺のジェットヘルメットを被って、後部座席に座っている。
「え?本当に私が運転すんの?」
「え?違うの?ほら荷物持つから」
享は自分のDバッグを背負って,灯のバッグは肩にかける。
灯はバイクの左側に立ち、両手でハンドルをしっかり握ると車体をまっすぐ起こした。
享はその間、腰を浮かしている。
左側に傾いているバイクを起こして、垂直に支えなから、右足のつま先を使って、スタンドを後ろへカチッと蹴り上げる。
灯が右足を高く上げて跨がろうとしたとき、享が後ろに下がった。
そして車体を支えたまま右足を後ろから回すように跨がり、右足を右のステップに着ける。
そして灯はイグニッションに差し込んだキーを「OFF」から「ON」の文字がある位置までカチッと右に回す。
ニュートラル(N)が入っているか確認し、メーター周りの「N」という緑色のランプが点灯したら、スターターボタン(セルボタン)を押す。
右側のハンドル付近にある「セルボタン」を長押しすると、「キュキュキュ…ボオォン!」とエンジンがかかった。
「さて、僕の言う通りの道でいくよ」
「Copy that」
二人を乗せたスカイブルーの車体は緩やかに走り出した。




