第五十五話 How much more is there to know?! (まだどんだけ知らないことがあんの!?)
翌日、火曜日。
ど真ん中ベンチに、いつものお昼と思って灯が講義室を出た時、後ろから声をかけられた。
「あかりん」
「Tall?ベンチじゃないの?」
「もう寒いしさ。僕は大丈夫だけど、あかりんが風邪でも引いたら困ると思って」
「え?大丈夫だよ!これ、あったかいもん!」
小柄な灯は袖から指先しか出ていない。
享にとっては、それすらも可愛すぎて愛おしい。
学祭明けから二人はお揃いのPerson'sのネイビーのスタジアムジャンパーを着ている。
実はかなり目立つ。
「まあ、今までより地味だけど、寒くないところ見つけたんだ。誰にも知られなかったら、むしろ話題になるかもと思って……こっち」
何だか享は楽しそうだ。
法学部校舎の奥の階段に向かう。
行き交う学生達は、逆走する"王子様とお姫様になり損ねた、噂のカップルに、興味津々だ。
「階段昇るの?」
「そう」
「何階?」
「四階」
「まさか?」
「全くさぁ、享はさ、僕のことなんだと思ってんの?」
「頼りになるオッサン」
「ん。それなら仕方ない」
行き先は学部長室だった。
灯は『やっぱり、Tallならあり得る』と思ってはいた。
「で、僕は出かけるって知ってて来た訳?」
「いつも外食でしょ?」
「まあ、そうだね。近くの蕎麦屋の定食が美味いから……じゃ、出かけるけど。いくら人から見えなくても、ここは学部長室なんだからイチャイチャは厳禁だからね!」
「あり得ません!大丈夫です!!」
灯が大声で答えた。
それを聞くと、むしろ怪訝そうな顔で龍馬が享に尋ねた。
「あれ?そうなの?享」
「……はぁ、多分」
灯はまた大きな声で続けた。
「多分じゃなくて、お部屋をお借りするだけでも、凄いことなのに、そんな変なこと絶対致しません!!」
龍馬はコートを羽織ると、ドアノブに手を掛けながらニヤリと笑い
「享、ご愁傷様….」
享に囁くと部屋を出て行こうとした。
その時灯が声をかけて、ぺこりとお辞儀をした。
「いってらっしゃいませ」
「お、いいね〜新婚さんみたいじゃない?行ってきまーす!あかりん!はっはっは!」
笑いながら龍馬がドアが閉めると同時に享は灯の腕を引いて、三人掛けソファに座らせた。
「あかりん、気を遣わなくていいのに……あの人は、あぁやって人を揶揄うのが好きなだけなんだよ」
「え?そうなの?」
「昔から、そうなんだ。何食わぬ顔して、こっちをイラつかせる天才なんだ」
龍馬が校舎から出た途端、二回くしゃみが出た。
「享、僕の悪口言ったなぁ。後で倍にして返して風邪ひかしてやるからな!ふふふ」
不敵な笑いを浮かべたのを享は知らない。
そして。
二人が対面に座り直すと享がランチョンマットを各自に広げ、スプーンを置き、勝手に学長室のカップを借りてポットからコンソメスープを注ぐ。
お弁当箱を取り出すと
「今日はオムライスです!」
「おぉー!」
お弁当箱を嬉しそうに開ける灯。
ところが、
「Tall、ケチャップがかかっていません!」
「ちょっと待って、それはこれから」
「え?」
小さなビニール袋の隅に集まる様にケチャップが詰められ、ゴムで縛ってある。
享が折りたたみ式の調理用ハサミで、先の方を数ミリ切った。
そして灯用のお弁当箱を自分の方に置き直すと徐に、ケチャップで文字を描き始めた。
「え!?」
綺麗な筆記体で綴られた文字は……
"Happy Birthday My Sweet Akari "
そして、少し口を広げて太く出る様にしたケチャップで、その文、全体をハートで囲んだ。
「どうだ!!愛をこめた!」
享が顔を上げた時、灯は泣いていた。
「何で?泣いてんの?」
「え?あ、何でかな?」
享は、慌てて三人掛けソファの方にいる灯の隣に座ると、灯を抱き寄せた。
「ごめん……嬉し泣き」
「本当に?」
『本当は違うよ……Tallが、そう言うことしてくれる度に、遠くに行くのが近づいてる気がしちゃうから……一生懸命に何かしてくれる度に……離れる準備してるみたいな気がするから』
「あーもう!どうするの?こんな気持ちにさせて、あかりん、責任取ってくれないと!」
「責任?」
「せめて……キスくらいさせて」
「!!」
真顔になった灯を見て享は頭を撫でると笑いながら
「ふふ、やっと普段通りに戻ったね」
対面の席に戻った。
「さあ食べよっか」
「うん……頂きます」
「召し上がれ」
『私は本当にTallが好き……どうしよう……』
「美味しかった〜ご馳走様でした!お誕生日祝って貰えるなんて思わなかったから嬉しかった……有難う」
「え?これで終わりじゃないよ」
「え?」
「プレゼントもケーキもないじゃない」
「プレゼント?洋服買って貰ったり、ご飯もしょっちゅう作って貰ってるし、教習のお金も払って貰ったのに、これ以上、貰えないよ!」
「何言ってんの?」
「え?Tallこそ、おかしいよ……この前、お財布預かって中身見ちゃったけど、あんな金額普通の大学生は持ってないよ」
「あー、そかそか、あれを見たから」
「何か悪いことしてるんじゃないよね?」
「えー?」
享は大笑いした。
「ごめん。あかりん、話してなかったけど、僕、国際個人投資家何だよね」
「何それ?」
「アメリカではね。十八で成人だから株の取引が出来るんだ。前に買ってあったアップルが意外と伸びて、そろそろ上場しそうなんだけど……まあそれ以外もなんだかんだで儲かってるって話」
「株取引?夜、国際電話してたのってもしかして、それ?」
「あ、ごめん、起こした?」
「いや、知らない英語が飛び交ってたから、何だろう?とは思っただけ」
「もちろん、達志から学費や生活費や部屋を借りてるお金は出して貰ってるから、お小遣い稼ぎって感じかな」
「普通の大学生のお小遣いじゃなかったと思うけど……」
「貯めてたから……あかりんを探す為に」
「あ……そうなんだ」
「だから今までの稼ぎはもちろん、あかりんに還元ってことだからさ」
「え!そんな、お弁当だけで充分だからね!」
「お楽しみはこれからだから!今日は僕が待つ日だから、この後、講義室まで送って行くけど……ミルクティーも持って来たから、もう少しだけゆっくりしよ」
「うん」
『享の誕生日は……四月二日……過ぎてる。まあ、これからとも言うけど……となると、まずはのお返しはクリスマスか……』
コンソメスープのカップを洗って、ミルクティーを飲む二人。
「ねぇ、あかりん」
「何?」
「今日のお弁当嬉しかった?」
「それはもう凄く凄く嬉しかった!あんなオムライス食べたことないもん。食べるのもったいなかったし……出来たら写真撮りたいくらいだった」
「そうか、良かった!喜んでもらえて」
「有難うTall、いつも私が喜びそうなことばかり考えてくれて……ホントに嬉しいよ」
「じゃ、隣に行っていい?」




