第五十三話 You should just get your small motorcycle license!(小型二輪取っちゃいなよ!)
また不毛な夜を過ごした享だったが……。
翌朝のごはんを一緒に食べている時に突然
「そうだ!小型二輪の教習の申し込みに行こう!もしかしたら、学祭の時は空いてるかもしれない」
「え!?いきなり?」
「あかりん、住民票は?どこ?」
「本籍は目黒だから、中目黒駅の近くの出張所で取れる」
「ほら、日吉に自動車学校あるじゃん。僕が待たせる日に教習組んでさ。送り迎えするから」
「そんなうまく行く?」
「とにかく行こう!」
「あぁ、うん……」
日吉自動車学校。
日吉駅から所要時間十分〜十五分ほどの送迎バスも出ている地元密着型、学生も多く通う自動車学校。
享の運転するバイクで午前中に到着。
享に促され住民票・写真とハンコを用意し申し込みを完了。
入校説明・視力検査をパスした灯は午後の適正検査も受けられて、いきなり当日、"学科の1時限目"や"最初の技能教習(引き起こしや取り回し、外周走行)"までこなした。
次回の予約は明日。
また明後日も教習コマを取れるなら、朝から来ようという享。
そして学祭明けは自分が灯を待たせる時に教習を受けさせて、なるたけ早く本試験まで持っていける様にするとスケジュールを考える。
不意に思いついたことがあり享はちょっとした遊び心で、それを実践してみることにした。
「ちょっと他の人の教習を見てなよ」
享は灯に声を掛けて予約窓口の女性に話しかけに行く。
「あの……すみません」
中年の女性が顔を上げると享の顔をマジマジと見ながら
「何でしょう?」
声のトーンをひとつ上げて答える。
「僕、すぐそこの大学生なんですが、あそこにいるの僕の妹で……」
「え?ご兄妹には見えないけど?」
「僕は父似で妹は日本人の母似なんです」
「それで?」
「あの、ここだけの話なんですが……実は両親が離婚した後、八年ぶりにあの子が同じ大学に入学して来て驚きの再会して、もう可愛くて仕方がないんですが」
"離婚"と言う言葉を聞き、一気に窓口の女性は享の巧みな誘導に嵌まってしまう。
「僕が中型バイクに乗ってるのを見て小型二輪をどうしても自分も取りたいって言い出して」
「あらあら」
「地方から出て来て、こっちにまだまだ慣れてないんで出来れば大学から僕の授業の合間に送り迎えをしてやりたいんです」
「そうね。可愛い妹さんだものね!心配よね!予約問題ね?」
「お仕事が出来る方だと思って、お声掛けして良かった!少しだけ融通ききますか?」
「今は閑散期だから……まあ本来は、教習後に次回予約ですけどね……私がいる時なら何とかなると思うわ」
女性は小さな声で囁いた。
「有難うございます。妹は干渉し過ぎって言うんですけど、僕が心配なんで気にかけて頂けると助かります!」
「何曜日にいつも来られる感じかしら?」
「そうですね……」
「宜しくお願いします。有難うございました」
享は窓口の女性にお礼を言うと、窓の外を眺めていた灯のところに行き声を掛けた。
「さて灯、帰ろうか」
「あ、うん」
『灯?何?変なの』
窓口の近くを通り、外に出る扉を開けた時、また享が挨拶した。
「宜しくお願いします」
灯も何となく挨拶した方がいいのだろうと思う。
「これからお世話になります。また宜しくお願いします」
自動車学校を後にした。
その後、窓口に関わる女性達の間で、ハンサムな享から何を話しかけられたのか窓口対応していた女性が質問攻めにされるも「ひ・み・つ」と言って、ちょっとした騒ぎになったのを二人は知らない。
学祭で休みの間の取れるコマを着実にこなす灯。
それでも学祭明けにも、まだ教習は続きそうだった。
享はバイクで送迎の合間、灯が教習を受けてる間に少し抜けては、街中のお菓子屋でクッキーなどを買って来て、「皆さんで」と窓口に差し入れする心遣い(袖の下)を忘れなかった。
「妹さん頑張ってるわよね!来週からは大学再開だけど約束通り……何とか行けそうよ」
「ご協力有難うございます。学祭中にも、どんどん進めたのも、ご尽力のお陰です」
「本当は恋人同士なんでしょ?」
「え?」
「教習受けてる"妹さん"を見つめる目が優し過ぎるわよ!」
『バレてたか……』
「えっと……まあ本当のこと話しますと、僕達、兄妹同然に育った幼馴染なんですけど、いろいろあって八年ぶりに再会したんです」
「そうだったの」
「小型二輪はこれから彼女の足になって貰いたくて……僕、一緒にいられなくなりそうなんで」
「え?」
「まだ先ですけど、国に帰るんです」
「あら……」
むしろこちらの話の方が女性の心を射止めたらしい。切なさそうに聞き入ってくれた。
享が灯に話せなかったこと、それは灯も感じていたことだったが、この会話を灯は知らない。
学祭明け。
ようやく灯は寮に戻っていつもの生活に。
ただ、享の小型二輪に対するスパルタ教育は続き、暇さえあれば、教本を読まされる。
月曜日、享も灯も四限が空きコマ
火曜日はど真ん中ベンチのランチの日。
水曜日、灯は三、四限が空きコマ
木曜日、灯は四限が空きコマ
その空きコマにどんどん教習を入れ込んで行き、講義の合間に送り迎えを欠かさない享。
そして、翌週も同じ様にこなしての月曜日の午前中。
通常講義開始のはずだが、灯は、今、横浜市旭区の二俣川にある神奈川県警察本部交通部運転免許センターで小型二輪の試験を受けていた。
学科は終わり、技能試験の順番待ちだ。
享が缶ジュースを灯に渡す。
「お疲れ様。後は乗るだけだから!」
ジュースを受け取りながら灯はため息をついた。
「あんな重いもの……動く事自体おかしいって」
「え?あかりん、運転上手いよ!教官も褒めてたじゃん」
「おだてれば、調子に乗ると思って……」
「免許取れたら、お祝いしなきゃだな!ステーキでも食べに行こうか?」
「ステーキ!?……んと……Tallのご飯がいい」
「え?何で?何回も食べてんのに、そろそろ飽きてない?」
「同じステーキでもTallの焼いたステーキがいいの!そしたら頑張る!」
「そか、分かった!帰りに良い肉買って帰ろう!」
「うん!」
教習所通い始めた、その日から"免許が取れたら何に乗りたいか?"モーターマガジン社の"オートバイ“と言う雑誌の『国産車オールカタログ』を教習の後、毎日刷り込む様に享は疲れで朦朧としている灯に見せていた。
教習疲れもあって灯がぐっすり眠ってくれる、そのお陰で享は余計な心配をせずに自分も眠れるので一挙両得だった。
「一階のフェンス越しか二階のベランダからか、どっちから応援していい?」
「え?見るの?」
「そりゃ、応援したいでしょ」
「えーと……じゃ、フェンス越しで」
「あー、はいはい。二階からですね」
「……何で分かったの!?」
「あかりんは、逆のことを言う事多いよ。本当のこと言わないで変に気を遣ってさ。今だって僕の気持ちを察したんでしょ?」
「だって……バイクの運転がこんなに楽しいって教えてくれたのTallだし、教習所のお金も払ってくれたのに……Tallだって、やっぱり近くで見たいかな?って」
「そりゃ、見守りたいし、何だったら試験官になりたいくらいだよ。でも、試験を受けるのはあかりんなんだから、あかりんの気持ちを言ってくれていいんだ」
「あ……ごめんなさい」
「謝らないで……そろそろ呼ばれるね。中に入ったら、上に行くから」
「うん、頑張るから」
「あぁ、Good luck!」
『あの時からだ……また遠くなった』
自由が丘のモーツァルトの階段を降りる時、思わず口づけをしそうになった。
あの時から、自分では気づかないうちに灯は享と少し心の距離を置き始めていた。




