第五十二話 Reminiscence&Cherished memories(思い出と想い出)
自由が丘デパートの三階。
餃子センターは、焼き餃子をはじめ、水餃子、エビ餃子、さらには納豆餃子やチーズ餃子といった当時としては珍しい変わり種バリエーションも多く、地元の人やファンに長年愛されてる店だ。
一皿四個。
ここの餃子は一個がかなり大きくて皮も厚め・モチモチなのが特徴。一般的な小ぶりの餃子が六個並んでいるのとは違って、食べ応えのある大ぶりの餃子がコロンと四個皿に盛られて運ばれてくる。
「どれにしよっか?定食にして餃子を違うの頼んで分けっこする?」
テーブル席についた二人は壁に張り巡らされている木札のメニュー表を見ながら考える。
「普通の焼き餃子はマストでしょ?」
「うん!……チーズはどう?」
「美味しそう!でも大葉入りも捨てがたい……」
「分かった!単品で一皿取ろう!」
灯は食べている人の餃子の大きさを見ながら、
「一人で六個食べられるかな?」
「あかりんは食べられるだけでいいよ。残りは任せて。すみませーん!注文お願いします!」
「うわー美味しかった!」
「まだ、ちょっと行けたなー。ご飯大盛りにすれば良かった」
「えっ、まだ入るの?」
「あかりんだって五個も食べて凄いと思ったけど」
「美味しかったから……つい」
「餃子は色々具材が入ってるから、身体にいいし、もっと食べてもいいくらいだけどね」
享は笑いながら言うと灯が応える。
「今日は、ハーッの日だね!」
「明日の朝までだよ!」
お互いの父親が帰りが遅くな夕飯がいらない日、母親と子供達で、餃子を作ってホットプレートを囲んだ日のことだ。
お互いの口の匂いが、当日も次の日のいつまでもニンニクが臭うのを分かってて、息を吹きかけて、ふざけ合ったのを思い出した。
二人はまた手を繋いで移動し始めた。
一階まで降りた時、高級ランジェリーの店の横にいかにも、お母さんの下着などがありそうな店があった。
店頭には、温かそうな肌着などが縁台の箱の中に積み上げられている。
「あ、ここでいい」
「え?」
「ここで下着買ってくる。外で待ってて」
「あかりん、お金」
「持ってるから」
「手ブラにしてって言ったのに」
「それよか、早く外!」
「分かったよ」
しばらくして灯が紙袋を下げて出て来た。
「すごいよ!ここ!セットで……」
「セットで?」
「ごめん……昨日買って貰ったの無駄にしたのに」
「それは、もういいんだって。僕の不注意なんだから、忘れて」
「でも……」
「何か喉渇かない?」
「ん?あ、確かに……」
「CoffeeBreakにしよう」
「でも、まだお腹はいっぱいなんだけど……」
灯がそう言ったこともあり、わざと、駅の反対側に出て裏道を少し散歩してから、また線路をくぐって南口側に出ると、右手側にある建物の二階にあるカフェ"モーツァルト"に入った。
店員に誘導され、窓際の席に案内されて席に着くと享が笑いながら言った。
「東急に来たのに何だか駅の周りを行ったり来たりしてるね」
「私は初めて来たから楽しいよ。もっと散歩とかしてみたいな」
「そっか、じゃもう少し歩いてみる?」
「でも、まだ買い物あるし……もう二時半だもんね」
「あかりんといると時間が経つのが早い」
享に見つめられると落ち着かない灯はメニュー表を開いて横長にまん中に置く。
「オーダー決めないと」
「そうだね……確かザッハトルテが有名だったよ」
「さっきのショーケースにあったチョコレートケーキだよね」
メニューには、それぞれの飲み物やケーキに手書きの美しい文字で説明書きがしてあった。
例えばザッハトルテの場合。
Sachertorte
ウィーンの伝統を誇る濃密なチョコレートケーキ。無糖の生クリームを添えて
甘酸っぱい杏ジャムと濃厚なカカオのハーモニー
と言った感じだ。
「アップル・シュトゥルーデル※も美味しそうなんだけど……」
「いつもの通り一個ずつ頼んで分けっこでいいんじゃない?」
「いいの?」
「もちろんだよ」
「Tall、有難う!大好き!」
「本当に?」
「あ、ごめん……軽々しく言っちゃダメだった。子供じゃないんだから」
「あ、いや、こっちこそ……ごめん……えっと飲み物はウインナーコーヒーにしよっか?」
「……あ、そうだね」
オーダーをした後、しばらくして、店員が銀のトレーを運んで来た。
「ザッハトルテのお客様は?」と声を掛けて来た。
享が灯の方に手を向ける。
白い陶器のお皿に載ったザッハトルテと、そこに添えられた真っ白な生クリーム。
同じく白い陶器のカップにウインナーコーヒーがソーサーに載せられ、水のグラス、フォークが添えられた銀のトレーが、そのまま灯の前に置かれた。
続いて、同じく銀のトレーにアップル・シュトゥルーデルが、温かいケーキに生クリームやソースが添えられて皿に載せられ、同じ様にウインナーコーヒーと一緒に運ばれて来て、享の前に置かれた。
「どうぞ、ごゆっくり」
店員が立ち去った。
「こっちから食べていいの?」
「あ、でもアップル・シュトゥルーデルの方があったかいケーキだから、こっちからにする?」
「え?Tall、あったかいの先に食べて!」
「美味しい時に美味しく食べたいでしょ?」
「じゃ、真ん中に置いて一緒に食べよう!」
「え?」
「どっちも真ん中に置いて、好きなところから食べちゃおうよ!」
「そか、そうだね!O.K.」
お互いの銀のトレーの間にお皿を出し合う。
「いただきます」
灯は享のお勧めもあってアップル・シュトゥルーデルからフォークを入れた。
「おぉ……なんてパリパリな」
「お皿持っていいよ」
「うん、ごめん……パイをこぼしそうだから、お言葉に甘えるね」
「じゃ、ザッハトルテから頂くね」
既に口の中にアップル・シュトゥルーデルを入れてしまった灯は喋れず、頷く。
「んー」
ウインナーコーヒーの生クリームをちょっとスプーンですくって食べる灯。
「んー!Tall、美味しいよ!食べて食べて」
灯はアップル・シュトゥルーデルのお皿を享に差し出した。
享はそれを受け取りながらザッハトルテの皿を灯りに手渡す。
「ザッハトルテも美味しいよ」
「楽しみー」
この後二人はウインナーコーヒーの生クリームは先に少し食べるのか?それともかき混ぜるのか?少しだけ論争になった。
店から出て、階段を降りながら
「やっぱり甘いもんは別腹だね!美味しかった!有難うTall、素敵なお店に連れて来てくれて」
「前に来た時に、コーヒーがどうしても飲みたくて、ちょっと寄ったことがあったから」
「一人で?」
「だから、あかりんがアルバイトでもしてないかな?って探してた時」
「まあ、こんな素敵なところでは私はバイトしないだろうとは思ったってことか」
「え?そんなことはないよ、確認も兼ねてだよ」
先に階段を降りていた享がそう言いながら振り返ると、目の前に灯の顔が……。
『渋谷の時と一緒?既視感?』
灯は戸惑う。
享の顔が近づく。
灯が思わず目を閉じかけた、その時、階下から人が上がって来る気配がした。
二人は何ごともなかったかの様に階段を降りた。
※ アップル・シュトゥルーデル リンゴとレーズン、シナモンを薄い生地で幾重にも巻いたウィーンの伝統的なパイ風菓子。




