第五十一話 Eight Years of Devotion (八年間の一途な想い)
享に抱きしめられている灯。
目が覚めて享の端正な顔が目の前にあるのを見て驚いた。
『……そうだった……自分から怖いからって、おねだりして一緒に寝て貰ったんだった……なんてバカ。この状態ってどうなの?』
抜け出せないくらいの密着ぶりだ。
『何時なのかな?……そうだ……自分が着てた下着は無事な気がするんだけど……どうしようかな』
「何、悩んでんの?」
「え?下着の……」
『享も起きてた!うわー』
『どうする?この近さ……』
それぞれドキドキしている。
「灯?」
「ん?」
「キスしていい?」
「どこに?!」
一瞬、目が合いながらも時が止まった。
享はゆっくりと起き上がると
「おはよう……下着買いに行こうっか?」
笑いながら言った。
昨日、買ったお揃いの白ダンガリーに、それぞれのお気に入りの色違いのトレーナー。ケミカルウォッシュのジーパンの裾をロールアップする。
靴下もそれぞれのトレーナーに合わせた色違いのシマシマだ。
上着はもちろん、灯が目を奪われたネイビーのスタジアムジャンパー。
享はフードのまま使うことにし、灯はフードを開いてセーラーカラーにしてみる。お揃いでも雰囲気が違って、これもまたオツだ。
足元は赤茶色のコインローファーを享は合わせた。灯は自分のコンバースのハイカットを履く。
「今日はあかりん、手ぶらでね!ハンカチと鼻血用のティッシュはポケットで」
「ケンカ売ってる?」
「ふふ…」
「その笑い方……」
「いや、あの鼻ティッシュ可愛かったなーってさ」
「……」
「怒った?」
「あれね……講義室にいた皆んな覚えてるって」
「え?見られてたの?」
「何、言ってんだか……わざとのくせに」
「え?ばれてた?」
「どんどん伝説出来てますよ。羨ましいって女子続出、むしろ女子寄せって感じ」
「もしかして妬いてる?」
「な!何言ってんの?そんな訳ないよ……」
「そう、残念」
享は面白そうに笑った。
『この胸のモヤモヤやギュッとするのはヤキモチだって分かってる……』
灯はどんどん今の享にも惹かれていく自分を留める術を知らなかった。
『とにかく自分の下着はセーフで良かった!』
灯は気持ちを何とか切り換えた。
享が提案する。
「今日はどこに行こうか?」
「ん?スーパーでいい。高級なのは合わないって分かったし……」
「食材の買い出しもあるし……オカジュウあたりはどう?」
「オカジュウ?」
「あれ?知らない?行けば分かるよ」
自由が丘駅。
電車から降りた二人。
「そうか。それで、"おかじゆう"」
「そうそう。南口から出るよ」
「ん」
享が右手を差し出した。
灯はドキッとするも、その手に自分の手を重ねる。
「お互いしたいことは自由なんだもんね」
享は笑いながらホームの階段を降り始めた。
南口を出ると"九品仏川緑道"を左手に歩き始める。
駅前の喧騒から少し離れたこのエリアは、緑道の樹木がしっかり生い茂り、木漏れ日と静かなベンチが並ぶ落ち着いた空間。
「初めて来た」
「そうなんだ。女子が好きな街らしいのに」
「Tallは、日本のこと私より知ってるんだね」
皮肉を言ったつもりでは無かったが離れていた時間が灯にそんなを言い方をさせたのかもしれない。
灯の方を見ないまま享が続けた。
「二年かけても何の手がかりも掴めないとき、もしかしたら、アルバイトとかしてるかもって探した事もあって……引っ越した先が分からなかったから」
「私のこと探してってこと?」
「最終的にはね。いろん電車の路線のもしかしたらってとこをね。足で稼ぐしかなかったから……だからこそ、大学に戻った時には驚いたし、ガッカリもしたんだよ」
「……」
「運命的な再会を願ってたから」
『私だって、そう思ってたけど……もう、いい加減諦めようって思った時だったんだもん……』とは、やはり本人には言えない灯。
「ちょっと座らない?」
木漏れ日のあたるベンチを享が親指を立たせて合図
した。
「何だか気持ちいいね」
季節は冬に差し掛かるところ、それでも天気が良い日は散歩日和だ。
「お互いのこと話したくない?」
享が聞いた。
「え?」
「八年間を埋めたくはない?」
「……何だか、そんなことしなくても分かる気がしない?」
「え?……」
「私から見るとTallは全く変わってない」
「そうなんだ……」
『これでも大人になったアピールしてるつもりなのに……』
「大人になったよ!」
「!!……あかりん、心読める?」
「渋谷で会った時、本当はすぐTallだって分かったのに、まさか日本にいる訳ないって自分に言い聞かせた。大きくなったし、顔も少年じゃなかったし……でも、優しい、思いやりがある、本当は強いのにそう見せない……私のことを一番理解しようとしてくれてるとこも変わってないって、すぐ分かった。でも大人になっちゃったって、どういうもんなのか私は分からなくて……それでもTallはいつも先読みして、いつも私のこと考えてくれる。それは大人だから出来ることかな?って」
ベンチに座っている間も繋いだ手を離さない享にドギマギしながらも、灯は話した。
それに続けた様に享が話す。
「僕達って一緒に大人になれると思う?」
「ん?」
「お互い会えなかった時間のうちに身体は成長したけど、二人でいると小学生の時のままで一緒にいるのが楽しい気がしてるよね?」
「……そうだね」
「そこから動き出せると思う?」
「動き出す?」
「あの頃の僕は、灯のこと可愛くて好きだと思ってはいたけど、今と気持ちが違う」
「え?」
「灯と会いたくて日本に来た。灯のことは今も可愛いと思ってるし、好きなのは変わらないけど気持ちが変わった。近くにいれば触れたくなるし、手を繋ぐとドキドキする」
二人の頭の上の方で木の枝がサワサワと風で揺れている。
「それは……」
「男子除けとか女子除けとか、そう言うこと抜きでしか灯のことを考えたくない」
「Tall……」
享の海の色の瞳が、真っ直ぐ灯だけを見つめている。
その時、いきなり強めの北風が二人の間をすり抜けた。
「あぁ、寒くなったね……歩こうか」
享が立ち上がる。
「うん」
何だか二人の間にぎこちない雰囲気が流れる。
お互い本当は近づければ近づいてもいい距離にいながら、享は灯に遠慮をして彼女の意向を優先しようと考える。
一方、灯は享をアメリカに帰る人、もしも一緒に渡航しようと言われたとしても日本から出るなんて考えられない。だから今だけを楽しむ関係にはなっては、ならないと思っていた。
「そうだ!東急で買い物する前に、餃子食べない?」
「そか、もうお昼だね。そう言えば起きるの遅かったから朝食べてないで、早お昼にしようって言ってたんだもんね」
「餃子センターって言うのがあってさ」




