第五十話 Something feels off.(何か変)
「あれ?まだ起きてたの?」
享がリビングに戻って来た時、ソファに腰掛けていた灯が、一瞬、ビクッとしたのを見逃さなかった享。
「あぁ、あの、おやすみぐらい言ってから寝ようと思って」
とは、言いながら享の方を見ない灯。
「そう。そう言えばもう洗濯物終わってたけど、さすがに乾燥機に移したら怒られると思って、そのままにして来たけど、僕のも一緒に入れてくれたんだね。有難う」
「あ!そうだった。勝手にごめんね」
「ジーパンは後からにしたんだ」
「色映りしたら困ると思って……じゃ、洗濯物、乾燥機に移してくるね」
「ねぇ、何かあった?」
「え?何かって?」
「こっち見ないよね?」
「え、そう?」
「あかりん?」
「乾燥機行ってくる!」
リビングを出る灯。
『マズイ!お風呂の後は何とも思ってなかったのに急に緊張してきたっ!享には変だって絶対バレる』
洗濯物を乾燥機に移して、洗濯機にジーパンを入れて洗濯開始ボタンを押した。
その頃、享も実はかなり緊張していた。
『もう寝たと思ったのに……本当無防備過ぎる!あかりん、ノーブラだし』
先程、ドライヤーをかけていた時に眠くて揺れた、灯の身体に触れた柔らかい感触が指から離れない。『何も考えずに全部洗濯機に入れちゃったんだろうなぁ、多分』
分かってしまったら、灯の普通じゃない様子も腑に落ちる。
知らないフリして、やり過ごすしかない。
しばらくして灯は戻って来ると、一言。
「やっぱりTallの匂い落ち着くね」
そう話しながらも灯は享に近寄らない。
言われた方の享はソファに掛けて新聞を読みながら
「前から使ってた柔軟剤のままだからね」
そう答えるも、実は読んでいない……と言うか頭に入らない。
「乾燥機って、どのくらいかかるのかな?」
「そうだな、結構かかるけど、女性モノって繊細だから、それだけは早めに出した方がいいのかも?」
「よく知ってるね」
「見た目で分かるし」
「そうだよね、お外で待てないんだもんね」
「あかりんが、どんなの選ぶか気になってさ」
「……ピンク」
「ん?」
「ピンクのも買わせて頂きました!じゃ、おやすみ!!」
灯は言い切るとベッドルームに駆け込み中からカチリと鍵を閉めた。
「ピンク……やばい」
享は立ち上がると窓を開けた。
「寒っ」
そうは思いながら火照る身体を冷まさない訳には行かない。
昨日の今日で、自分の違う一面を見せたら、近くなって来た距離がまた遠のくと思ったからだ。
『怖かっただろうな……いきなり毛布なんてかけられて……でも、さすが、お転婆の本領発揮だった。車に押し込まれ時に、あかりんがジタバタして時間を稼いでくれたから、間に合ったんだもんな』
享は素足で校庭を走り抜けた為、足の裏に無数の擦り傷が出来ていたが、そんなことは灯の心の傷に比べたら、大したことはないと思っていた。
『今晩は眠れるかな?あかりん』
外は都会にしては珍しく星が煌めく夜だった。
『さてと、僕も寝るかな』
窓を閉めてカーテンを引くと、部屋の電気を消した。
ソファはやはり享には足りない。
脚は片方は膝を立たせ、片方は足を肘掛けに乗せた。昨日、ほとんど寝てないせいか、先程までの興奮と関係なく眠気が襲ってきた。
真夜中。
「ん?……」
リビングのドアが少し開いていて、廊下の先から灯りが見える。
小さな泣き声がした気がする。
「灯?」
享は目をこすりながら、廊下の灯りに引き寄せられるようにバスルームに向かう。
乾燥機から全部洗濯物を出したのか、足元に落ちている服。
その前で灯が泣いていた。
「どうした?また怖い夢でもみたの?」
「ちが……ちがう」
「あ……ごめん。そっか、そんなに繊細だったか」
灯の身につけるはずだった下着は縦型の全自動洗濯機にもみくちゃされ、乾燥機により、半壊の相をなしていた。
「ごめ……んなさい、せっかく買ってくれたのに……こんな……可愛いの買ったことなかったから……」
「また買えばいい。また明日、買いに行こ!ねっ、今日はもういいよ。このままでいいから寝よう」
灯は返事をしない。
「ベッドに抱っこして行く?」
「うん」
「え?」
灯に素直に返事をされて、返って戸惑う享だったが、縦抱っこで身体を持ち上げると、灯の膝を外側から腕を回して抱き上げた。
そんな享の肩に顔を埋めて泣く灯。
ベッドルームに運ばれて、ベッドに降ろされると、灯が享の首に手を回す。
「灯?」
「やっぱり怖いの……眠れなくて……」
「やっぱり……そっか」
「ホットミルクでも飲む?」
「ホットミルク……いいの?」
「もちろんだよ。火から目を離さないで灯のためにミルクを温めるよ」
「享……」
「え?」
『とおるって言った?』
「有難う」
「ん、いや……じゃ、リビングに来る?こっちで飲む?」
「リビングに行く」
「じゃ、先に行くから、ゆっくりおいで」
「うん」
『はーやばい!やばい!やばい!灯の感触がモロに……落ち着け、落ち着け……享。今こそガマンの時だぞ」
ミルクパンにマグカップ半分くらいの量の牛乳を注いで、砂糖を少し入れ温まるのを待つ享。
カウンターキッチンなので、灯がベッドルームから出て来て、享の使ってた毛布にくるまる様子が見えた。
あの頃もこんなキッチンだったら、灯を見ながらホットミルクを作れたのにと思ったところの沸騰寸前で火を止めた。
水色のマグカップにミルクを注ぐと、灯の横に座り、手渡す。
「猫さんには、ちょっと熱いかも」
「そうかも……膜がかかってる」
「フーフーしよっか?」
灯はソファに足をあげて座っていた、その膝にマグカップを載せるように置くと
「Tall、せっかく買ってくれたのに….本当にごめんなさい」
「いいんだって……僕こそ、ごめん。あの洗濯機の使い方、よく分かってなかったから……多分、違う洗い方があったんだと思う」
その通り。
ミーレと言うドイツ製の全自動洗濯機には"デリケート・ウールコース"が選択出来、脱水短め、あとは陰干しを自分でするという機能があった。
ものの見事に反則的な洗い方をして、せっかくのオシャレなワイヤー入りは半壊してしまい、可愛いフリフリの……は破れてしまった。
「本当ごめんなさい……」
「もういいんだってば……」
「でも……」
享は灯に顔を近づけると
「それ以上言ったら、口ふさぐよ」
耳元で囁く。
灯は慌ててマグカップのミルクを飲んだ。
そして……享のベッド。
灯は享の腕枕でスヤスヤと寝息をたてている。
享は仰向けで、空いてる方の腕を頭の下に入れ、目を瞑る。
うとうとしかけると、抱き上げた時に自分の胸に直接当たった灯の柔らかな胸の感触が蘇る。
『結局、こうなるのか……神様は僕に試練を何回お与えになるのですか?これは何かの罰ですか?』
享はそう思いながら、目をギュッと瞑った。




