第四十二話 University Festival(大学祭)
いよいよ、学祭のシーズンがやって来た。
学祭実行委員は各サークル、同好会、クラス、それぞれで出し物や制作物の展示などの進行状況の確認に追われていた。
享と灯は特に何の団体にも所属していない為、やることもなく、例の"王子と姫"の投票の状況を見に行ってみたりする。
「うわ、なにこれ!?」
「あれれ、あかりん、すごいじゃん!随分とポイント入って来た!ほら、やっぱり応援ポイントじゃない?」
「まさか、嫌がらせ?」
「こんな嫌がらせなら、welcomeだけどね」
あの日の火災原因が、どうしても引っ掛かる二人。
気をつけるには越したことはないが、今まで以上に享は気を張っていた。
ある日、急に享は灯に「小型二輪免許」を取る様に言い始めた。自分が今乗っているのは中型だが、小型なら比較的取りやすいからだ。
「女の子の後ろに乗ってみたいなー」
という享。
「自動車も取っちゃったら?」
「え?そんなお金ないよ」
「貸すけど、無利子で」
「むしろ、怖い」
「え?何で?」
享が真顔で聞き返す。
「無条件な訳ないでしょ?」
「え?あーん、むしろ条件付きにして欲しいのかな?灯お嬢さんは?」
「え?何それ、違うよ」
「とにかく小型二輪は取って」
「考えおく」
そんな会話の中にも、実は享なりの灯への労りが隠されているのには灯も気づいてはいたが、それが本当は何を意味するかは分かっていなかった。
そしてついに大学祭の週がやって来た。
一週間丸ごと大学をあげての学祭で賑わう。
いつもなら異なる場所にある学舎の学部学科も揃うので、それこそ大騒ぎだ。
この大学の学祭は、ご近所さんも見に来るようなイベントも盛りだくさんだった。
近所の八百屋さんが提供してくれた果物で作ったリンゴ飴やいちご飴など、焼きそば、たこ焼きなどは当たり前、生物学科が農場直送の牛肉をステーキにして提供したり、様々な屋台が並ぶ。
「横溝くん!灯ちゃん!」
享と灯は、学祭初日に実行委員からの必ず絶対参加!と要請があった"王子と姫"結果発表まで、まだまだ時間に余裕がある為、珈琲館にでも行こうかと学内から出ようとしたところを遠くから呼び止められた。
「見つけたわ!こっちこっち!」
白河美玲だ。
着物姿にフリルのついた長く白いエプロン。
長い髪をゆったりとした編み込みにし、毛先の方を大きなサテンのリボンで結んでいる。
美玲が部長を務める茶華道部では"大正浪漫喫茶"をやっているらしい。
「どうしたんですか?」
享が聞くと
「お二人にどうしてもお手伝いして欲しいことがあって、うふふ」
「はい?」
享と灯は顔を見合わせて「?」と言う顔つきになった。
「こんなことだろうと思った」
「でもTall似合ってるよ。カッコいい」
「え?そう?そう言うあかりんも可愛い」
享は大正の書生風、灯は頭にホワイトブリム※をつけ美玲のような着物姿にフリルのついた長いエプロンをつけ、二人ともチラシを手に持っている。
いわゆる集客のために、少しお値段を下げるチケット付きのチラシ配りを頼まれたのだ。
これを正門前の人通りの多いところでと言うのが美玲の頼みだった。
美玲としては衆人環視の中であれば、二人は安全と考えたところもある。
「あら!やっぱり灯ちゃん可愛い♪」
文学部校舎二階の窓から身を乗り出した美玲が嬉しそうに笑っている。
「白河先輩、危ないです!」
灯の友人福ちゃんが慌てて美玲を押さえた。
福ちゃんは"灯の鼻血"の際に、美玲に再会し直接誘われて、茶華道部に入部していた。
「福ちゃん、ご覧なさいな。あの二人!書生さんと女給さんの取り合わせ!絵に描いたようにお似合いだと思わなくて?」
「本当に!横溝先輩が下駄で、また大きく見えて、灯ちゃんの小さな身体が、また可愛らしさを増しますよね!」
「さすが福ちゃん!よくお分かりだこと、趣味が合いますわ」
美玲と福ちゃんはお互いの顔を見合わせて微笑んだ。
そんな会話が美玲と福ちゃんの間で交わされていることも露知らず、享と灯はチラシ配りに精を出していた。
気づくと灯の前にはちょっとした他大学なのか男子学生と思われる行列が出来ていた。
「ねぇ、君。君もカフェに入る時間あるの?何時かな?」
「私はお手伝いで、チラシ配り専門です!」
灯が繰り返し返答するも、どの男子もだいたい同じ様なことを聞いてくる。
それを遠巻きに見ていた享がやって来て、胸の女王冠のペンダントを見せつける様に
「僕の彼女なんだけど!ほら、この子は王冠!」
でっかい書生姿の外人が日本語で行列に向かって冷淡な雰囲気で話しかける。
すると皆、揃いも揃って、ドギマギした顔つきで散らばってしまった。
灯は、あの時"天使"のママから貰った十字架の上に、王冠を被せる様にしてスクリューチェーンを通して胸につける様にしていた。
王冠の下で青い石がキラキラ光る。
灯には、それが眩しくも嬉しい二人の象徴の様に思えていた。
「ちょっとTall!チラシ配り頼まれたのに、これじゃ終わらないじゃない」
「あかりん、いちいち答えなくていいから!僕のマネして!いい?」
しばらく普通に灯は色々な人にチラシを配りながら、享の様子を見ていた。
『うわっ、あれでも女子はいいのか?』
享が元の位置に戻ると、わらわらと女子が集まり長い行列が……そして、それに対する享の対応ときたら、ほぼ流れ作業。
女子は皆、享の顔を見てチラシを受け取るも、享はほぼ彼女達の顔を見ずに、ただただチラシを渡すのみ。それでも列が途切れない。
『見習うべき?って、あれはTallだからこそでしょ?』
灯は自分のやり方でチラシを配り続けた。
「寄越して」
頭の上から享が、灯の持っていたチラシの半分以上を取り上げる。
「え?ちょっと、もう終わったの?」
「配るだけなのに、遅い!」
「うわっ、感じ悪い」
そんなこんなで学祭期間中なら、いつでも使えるチケット付きチラシは百枚ほどあったが、一時間も掛からず、全部配り終えた。
美玲がそれに気づき
「あら、いやですわ!横溝くんったら本当にヤキモチ妬きさん!どれだけ灯ちゃんのこと、お好きなんだか?……いっそ、店に常駐させたら?あら、いい考え!」
配り終えた報告に戻って来た時、すでに"大正浪漫喫茶"の店内には享と灯の席が用意されていた。
「お疲れ様!有難う!横溝くん、灯ちゃん。ここで、ちょっと休んで行ってちょうだいね」
「この席ですか?」
「そうですわ」
「この席……」
垂れ幕の様な赤いビロードのドレープカーテンの真ん前に一つだけ用意された丸テーブルに椅子が二つ。
他の十ほどのテーブル席の人達からは、その席を真横から、もしくは斜め横から見る様な塩梅になる。
「お二人は広告塔ですの』
「いつ決まったんですか?」
「先程の横溝くんのチラシ配りの才能をもってしての結果ですわ。思いの外、早いお帰りなんですもの。恨むならご自身の才能をお恨みなさいませ。ふふふ」
美玲はどこまでも今日の"王子と姫"の発表が済むまでは、二人を目の届かないところには置かないと決めた様だ。
その発表は午後一時。
後、数時間後に迫っていた。
※ホワイトブリム 「ブリム」とは英語で「帽子のつば」を意味し、 頭に載せる白いレースやフリルの帯状のものを、つばに見立ててこう呼ぶ。




