第四十話 I couldn't be honest before, but now I can be kind.(素直になれなかったけど優しくなれた)
「あのさ、お義父さん、今日って御祈祷の予定とか入ってないよね?」
「あぁ、まあ、仏滅だからね」
崇が答えると灯は
「もし良かったら、この美男美女の二人で社務所のお留守番を致しますので、三人でお出かけして来たら、いかがでしょう?」
千紗子と崇が驚いた様に顔を見合わせた。
「お守りと、御朱印くらいはこなせるよ!多分そんな来ないだろうし」
「こらこら!この由緒正しきお社をなんと心得るか。集印帳※1 を持参される方もいらっしゃるんだぞ」
「お義父さんこそ、私が何年留守番したと思ってんの?」
「あ、まあ、そうだね……ははは」
「なかなか出来ないでしょ?三人でお出かけなんてさ。Tallと留守番してるから、どっか、たっちゃんが喜ぶところ……あ、二子玉川園※2 でも行っておいでよ」
「本当にいいの?」
千紗子の方が大乗り気のようだ。
そしてなんやかんやと夫婦は話し合っていたものの、しばらくして、支度が済むと三人で出かけて行った。
その後ろ姿を見送りながら、享が灯の手を後ろ手で握りしめると
「あかりん、急に大人っぽくなった」
「元々、今日は仏滅だからヒマだろうなーって思ったんだ。でも三人で出かけるのは難しいって分かってたから……って!それくらいで大人?」
この前、"寂しかった……"と泣いたことの照れ隠しの様に、享の手をわざと大袈裟に振り払って社務所に向かって走り出した灯。
その後を追う享。
「まあ、とりあえず私、巫女さんになってくるから、Tallは社務所の中で待ってて!」
本殿の中、自宅に戻って行った。
社務所の中で、享は一人
『今頃誰か来たら、どうすればいいのかな?何か変な外人がいるって思われないかな?』と、考えているところに本殿から繋がっている中扉をあけて巫女装束に身を固めた灯が入って来た。
前髪を真ん中できっちりと分け、短い髪を束ねた先に、長い髪の束をうまく付け足して、その根元は丈長※3 と水引で結んであるかの様になされていた。
「もうさぁ、前髪も後ろ髪も短くしちゃったの、すっかり忘れてて慌てちゃったからさ!良かったわ〜いつのだか分からないけど髪束があって……」
「……」
享は灯のその姿に釘付けだ。
「Tall?」
「ん?あ、えっと」
「何か変?」
「ちょっと暑いから外に出るね」
「あ、うん」
社務所の裏口から外に出る享。
その場でしゃがみ込んで、膝に片頬杖をつく。
『爆弾級の可愛いさ……ヤバい。あれは反則だ。でも抱きしめたら絶対怒られる』
ため息が漏れる。
目黒のこの由緒正しき神社は社務所が授与所を兼ねている。
灯は、その裏口を開けるとその場に座り込んでいる享に声を掛けた。
「どうしたの?暑いって、顔真っ赤だったけど熱でもあるんじゃない?大丈夫?」
享は呼びかけられると慌てて立ち上がる。
「いや、何でもないよ。大丈夫。それよりさ、僕らもそろそろお昼じゃない?何か買って来ようか?」
「あ、そうだったね!ごめん、忘れてたわ……あ、そうだ、あの髪の毛代でお寿司の出前でも取っちゃう?」
「いや、さすがにそれはご家族でにしたら?」
そう色々話しながらも享は灯の方を全く見ない。
「何かおかしいよ、Tall!どうして、こっち見ないで、そっぽ向いたまま話すの?」
「見てもいいの?」
「え?何を?」
「見たら絶対怒られる」
「だから何見たら怒られんの?しかも誰に?」
「だから、あかりんのその姿が……かわいすぎ」
「ワタシ?!」
「したいことしていいって言ったよね?」
「……ん……言ったけど」
「でも、嫌な事って分かるから出来ない」
「いったい何がしたいの?」
「抱きしめたい」
「Tall、この装束は仮装じゃないし、神聖なる衣装なんだからね!しかも!……」
「しかも?」
「んーと、お腹空いたよね!!Tall、駅の方にスーパーあるからおにぎりとか買って来てくれるかな?お茶も飲みたいし……あとプリンね!」
「あ、うん、分かった。行ってくるね」
ちょっと振り返って手を振る享。
とぼとぼと歩いて神社の境内の外に出て行った。
灯は言いかけた一言を頭の中を巡る。
『何言おうとしちゃったの?Tallに言うことじゃないよね?バカなの?』
巫女さんになるには、神に仕える身として清いこと、いわゆる純潔であること。
問われる訳ではないが暗黙の了解のような風潮がまだあった。
「ただいま」
享が裏口から入って来た時、ぼんやりしていた灯は飛び上がるほど驚いた。
「お、お、おかえり。買い物なんか頼んでごめんね。有難う」
「ん?いや、ちょうど良かったよ。頭も冷やせたし」
「そうなんだ、それは……」
『良かったって言うべき?』
「あかりん、無理しなくていいよ。もし何なら僕本堂で座禅組んでてもいいし」
「何言ってんの?ご飯一緒に食べようよ。さて、何を買って来てくれたのかな?」
手に下げてる袋の他に、抱き抱えている新聞紙に包まれたものを見ると灯が叫んだ。
「おでん!!?」
目黒銀座商店街には八百屋、魚屋は当たり前だが、夏冬問わずの練り物屋があり、少し風が冷たい季節がやってくると、必ず店先に大きな四角い鍋が置かれ煮込んだおでんの一個売りが始まる。
享は、そう言えば、長谷部家も横溝家も父親不在の時、どちらかの家で冬場はよく鍋やおでんを一緒につっついたもんだったことを思い出したのだ。
灯は、これは一度鍋に開けて温めなおした方が絶対美味しいと新聞紙にくるまれたビニール袋のまま台所に持って行ってしまった。
時は十一月の始まり。
少し肌寒い。
ストーブに火を入れても風が強い日は社務所は冷え込む。
享は冷えた身体をストーブで温めていたところに、灯が鍋を持って戻って来た。
そしてストーブの上に置く。
「おぉーTallくん、でかした!いい選択!」
「良かった!あかりんの好きなものを思い出しながら買って来たけどさ。何か足りなかったらどうしようかな?って」
「あと、お箸と取り分け皿持ってくるね。もう少し温めてからの方が絶対美味しいから」
「おにぎりも買って来たよ」
「それも楽しみ」
「いただきます」
と食べ始めることに。
「あ、あかりん、袖が危ないからぼくが取るよ。何が欲しい?」
「えー、お先にいいの?」
「はいはい、大根とちくわぶですね?」
「Tall!最高!有難う」
享はお箸だけは矯正して右手で綺麗に物を掴む。
灯の取り皿に"大根・ちくわぶ・こんにゃく"もいれた。
「いやー!何も言ってないのに……この選択」
「あかりんの事は何でも覚えてるんだから」
「あ、そうだ。隙間風は入るけど換気もしなきゃだった。そっちの窓少し開けてもらえる?」
「どこ?」
「あ、そのお守りの前のとこ」
「ここね。このくらいかな?」
「うん、そのくらい。有難う!」
この時、少し離れたところから、その二人の様子を見ている数人の人影があったのを享も灯も気づいていなかった。
授与窓口は目の前に座っている時には、外から丸見えだが、少しでも中に入ると外からは見えにくい。
しばらくすると人影は居なくなっていた。
「Tallも好きなの取って、最初の一口一緒に食べようよ」
「じゃちょっと待って」
「大丈夫、私猫舌だから、ゆっくりでいいよ」
「最初は大根だね!」
「じゃ食べよ!」
二人はおでんとおにぎりを堪能し尽くした。
※1 集印帳 今で言うところの御朱印帳。
※2 二子玉川園 東横線、二子玉川園駅(現在は二子玉川駅)に存在した遊園地。
閉園は1985(昭和60)年3月31日
※3 丈長 髪を束ねるために使う和紙や金紙、銀紙のこと。




