第三十一話 The day we are going out.(一緒にお出かけ)
土曜日。
朝から、ソワソワしている灯。
一昨日も昨日も、結局、享とは話らしい話もしていない。今日は、例の偽装とは言え恋人らしい"しるし"を一緒に見に行く日だ。
『どうなのかな?Tall、どう思うかな?』
自分から言い出しておいて、何だか恥ずかしい様な
照れくさい様な、それでいて嬉しい様な……
『嬉しい?何で?いやいやいやいやいやいや、ないないないないない!!!』
一限が終わった。
隣の席の福ちゃんがソワソワしている灯を見て吹き出す。
「灯ちゃん、おトイレなら早く行かないと、次の講義に間に合わないよ」
「え!あっ!一限終わった?」
「もう、終わってから五分経ったよ」
「うわ!マズイ!トイレ行ってくる」
今日の灯はトイレが近いかった。
『セーフ!もしかして後から行った方が空いてる?これからそうしようかな……』
席に戻った灯に福ちゃんが聞く。
「今日、灯ちゃん、もしかしておデート?」
「え!?何?それ?なんで!?」
「何で?って言ったね?」
前から美春も聞いて来た。
『やっちまった……』
美智子も喜子も口々にニヤニヤ笑いながら続ける。
「いいのいいの、私達は後でゆっくり聞かせて貰えれば、どこに行くとか聞かないわよ」
「そうそう、図書室事件みたいになったら大変だもんね!誰にも今日どこに行くとか行ったらダメよ」
そこに福ちゃんが
「でも、ど真ん中ベンチで待ち合わせたら、つけられちゃうんじゃないの?」
心配そうな顔をする。
「有難う、みんな。わたしゃ、いい友達に恵まれて果報もんだよ」
どこかで聞いたセリフだが、お子様向けの番組はまだ、その年には放送していなかったので、灯の方が元祖かもしれない。
とにかく、二限が終わると友達にバイバイをして逃げる様に講義室を出た灯だった。
駐輪場に急ぐ灯。
享の計画では、とにかく代官山まではバイクで移動し、享自身の住まいに二人は教材の入ったバッグとバイクを置き、渋谷には電車で移動と言う算段だった。
「あかりん!こっち!」
もう既に享はバイクをスロープ側に移動し、もうヘルメットまでしていた。
「あ、ごめん」
「何で?何、謝ってんの?」
「え?あ、ん?遅くなったから?」
「遅くないよ。僕の方が早かっただけ」
「じゃ、待たせたから」
「いちいち謝らないで」
いきなり享が、いきなり灯のくちびるに人差し指をかざした。
「乗せるよ」
『また、これか……』
子供の様に後部席に乗せられ、ヘルメットも被せられる。
「ベルトどう?大丈夫?」
「うん」
「じゃ、動かすよ」
享がバイクにだ跨ると小さく両手を挙げるする。
「え?」
「ほらつかまって!」
『あー、これ恥ずかしいんだよね』
待ってる享。
灯はそろそろと享の腰に腕を回す。
享は背が高い。柔道を習ったと聞いた時には驚いたが、その体躯は引き締まっており、筋肉質だと分かるほどだ。
昨日、思わず差し出された手を繋いで寮まで急いだ時、大きな享の手は温かく、ゴツゴツしていた。
今日また、その腰回りにしがみついた時、
『男の人の身体って硬いんだ』
灯は改めて思った。
その逆に、享は灯を膝に乗せた時も、思わず抱きしめた時も、昨日泣きながら寝てしまった灯を抱き寄せた時も、『女の子って、こんなに小さくて柔らかいんだ……抱きしめたら壊れそう』と思っていた。
渋谷駅。
一週間ぶりとは思えないほどの目まぐるしい状況の変化に、改めて灯は戸惑っていた。
「本当に、"しるし"って必要なのかな?」
「え?必要でしょ?僕達、"偽装"とは言え、付き合ってるんだから!」
今日の享は、妙にハイテンションだ。
「で、どこに行くの?近い?」
「あ、あそこ」
目指すは"109"だった。
スクランブル交差点を渡る二人。
「ねぇ、あかりん」
「ん?」
「ハグれない様に手繋いでいい?」
「え!!」
灯は思わず交差点のど真ん中で立ち止まって、享の顔を見上げた。
享の頬は薄っすら赤くなっている。
「え!?」
灯は聞き返した。
「手繋いでいい?」
また享に聞かれて、灯の喉がゴクリとなった。
「あんな近いのに、はぐれる訳ないでしょ!もう!急ぐよ」
灯は思わず昨日繋いだ手の温もりを思い出して駆け出していた。
"109"店内に入ると、エスカレーターで上階に向かう灯。
慌てて後を追う享が、灯のすぐ後ろの段に飛び乗る。一人用エスカレーターは横並び出来ない。今の灯は多分顔が赤い。それを隠すにはちょうどいいはずだったのに……
背後にピッタリとくっついて来た享は灯の肩越しに頬を寄せると揶揄う様に言う。
「顔赤いね、あかりん」
そして灯の左手を後ろから自分の右手で握りしめた。
「ちょっと!何で!?」
店内に流れる大音量の歌曲に負けないほどの声で享に文句を言おうと、振り向く灯。
少しかかんで、笑いながら、おでこをくっつけて来た享の顔に驚く。
「!!」
「転ぶよ、ほら前見て」
エスカレーターの折り返し部分に差し掛かって、灯がよろめくと享がその腰を支えた。
「で、お嬢様、何階まで上がるんですか?」
身体を支えたまま、ほぼ仰向けの灯を上から見下ろす様に見つめる享。この仕草は反則だと思った灯。
「四階です」
「了解です」
灯の左手は享の右手に繋がれたままだった。




