第二十九話 Let's make a little detour.(ちょっと寄り道しよう)
今週は連休があって、ちょっと一息できますね!
日曜日の憩いのひとときに本日もまた午後8時に最新話をお届けします!
お楽しみくださいね♪
優月菜
『うわーなんだこのスピード!怖っ』
灯は初めてバイクの後ろに乗せられたドキドキと、享の腰に手を回しているドキドキがものすごいドキッドキッになってる。
少し顔を傾けて享が灯に聞く。
「大丈夫?怖くない?」
「えーと、うん……」
その震え声の灯の答え方に享はすごく楽しそうに笑った。
横浜・元町。
バイクを駐車場に預ける。
「あ!ヤバい!また忘れてた」
享が本当に焦った様に言う。
「あー夕飯ね」
「ごめん!つい、あかりんに美味しいオムライス食べさせてあげたくなって」
「今日は✖️にして来た」
「え?本当?」
「うん、ゆっくり話も出来ないし……もしかお夕飯誘ってくれるかもと思ってたし……」
頬を紅くしながら呟く様に言う灯を見て、享の気持ちは揺らぐ。
『抱きしめたら怒る?それとも……』
少し先を歩く灯の背中を見ながら戸惑う享。
享が少し間を詰めた瞬間、急に灯が振り向き、嬉しそうに享に話しかけた。
「オムライス楽しみなんだけど!言われたら、もう口の中オムライスになってきた〜早く行こ!」
「あぁ、食いしん坊さん」
灯は今近くにいる。
それだけで十分だと享は笑いながらも自分に言い聞かせた。
二人は元町仲通りを海の方に向かって歩き出した。
享のお勧めの店は"KITCHEN JO'S"
アメリカ西海岸のカジュアルな雰囲気を漂わせつつ、出てくるお料理は日本人が大好きな絶品の横浜洋食、というスタイル。
特に看板メニューといえば、「ふわふわトロトロの卵のオムライス」ハンバーグやナポリタン、カツレツなどがワンプレートにのった、通称「大人のお子様ランチ」のようなワクワクするアメリカン&洋食メニューが並び、元町を訪れる人たちの定番のシャレた食事スポットだった。
まだ少し夕飯には早いのか店内は空いていた。
店員は外国人慣れしているのか享に向かって声を掛ける。
「Can I help you?」
どっちが先か!?のタイミングで
「あー享!久しぶり!」
オープンキッチンの中で調理をする準備をしているシェフが声を掛けて来た。
「ジョーさん!ご無沙汰してました」
「あれあれ?ようやく見つかった?」
「はい、ようやく……」
「おぉ、聞きしにも勝るべっぴんさんじゃん!」
『これ、また挨拶して笑われる系?』灯は同じ轍を踏むまいと、享が紹介してくれるのを待っていると、享の方から小声で催促が来た。
「あれ?あかりん、この前のやって」
「え?あれは……」
「早く」
灯は顔から火が出るくらいに緊張しながら
「いつも享がお世話になっております。宮守灯と申します。宜しくお願いします……」
お辞儀した。
「ひゃっほう!享!おめでとう!!おじさんは嬉しいよ」
本当に泣きそうだ。
「とにかく好きな席に座りな」
「Thank you!それでオーダーはいつもの二セットでお願いします!」
「オッケー!」
オーダーまで済ませた享は二階に上がると窓際に一卓だけあるテーブルに灯を誘った。
"KITCHEN JO'S"の二階は屋根裏部屋の様な雰囲気。"KITCHEN JO'S"はジョーおじさんの台所と言った意味。店内はこじんまりとした一軒家を感じさせる。
その一つだけの二階の窓から外を見下ろすと仲通りを買い物する人の流れをぼんやりと眺められる。
「あかりん、今日は何ですぐにあれ言ってくれなかったの?」
「ここもTallのよく来る店とは思わなかったし……この前、Tallが恥ずかしがったから……むしろ言ったらいけないと思って」
「あぁ、そっか!あれは照れただけ。嬉しかったに決まってるじゃん」
「分かりにくいよ……」
灯はまだ顔が赤いままだった。
「あ、そうだった。これ洸平から預かってた」
享は封筒を灯に差し出す。
「あ、髪の?」
「そうだと思う。ついでの時に渡してって言われたから」
灯は封筒の中身を見ると一度慌てた様にテーブルに置いた。
「これ間違いないのかな?」
「何か、髪の質も量も長さもあったからみたいな事も言ってだけどね」
「そしたら、これ……」
灯は封筒をそのまま享にテーブルの下を滑らせて差し出した。
「何で?あかりんの髪の毛のお金じゃない」
「でも伸ばしたのはTallとの約束でだったし……
お弁当箱とかポットとか、食材とか、私達、擬装恋人なんだから、そこはきちんとしないと」
「あかりん……あれだけ伸ばすのって、物凄く大変な事なんだって洸平から後でメチャクチャ怒られたたんだよ。簡単に言ったらダメな約束だって……あの時は、次の年に会えると思ってたし….その後、こんなに会えないとは思ってなかったから……これは受け取れない。しかも、擬装にかかることは僕が言い出したんだから、僕持ちが当たり前」
こういう時の享は頑固だった。
「う……とりあえず分かった……」
灯は一旦封筒を自分のバッグにしまった。
そして……
「美味しかった!!フワフワトロトロの玉子焼きオムライス〜また食べたい!」
「良かった。気に入って貰えて」
「あの……お会計なんだけど」
「この前のアイスのお返しだから」
渋谷のアイスクリーム屋で灯がした清算を今度は享にされたのだ。
「でも、こっちの方が高いよね?」
「男が払うとかじゃなくてさ。さっきの話覚えてる?彼氏だから払わせてって言うのもダメなの?」
「それの方が、どうかと思うんだけど?」
灯が小難しい顔をしているのを見て享が言った。
「あかりん、海、見てから帰らない?」
「何?突然」
「ちょっとだけ……寮は本当の門限も厳しいの?」
「いや、ゼミコン※1 が急に入るってこともあるから、とりあえず11時までには戻る事ってなってはいるけど」
「じゃ、まだ余裕だね」
享は元町仲通りを山下公園の方に向かって歩き始めた。
灯はその後を追う。
こんな時間に外を歩くのは久しぶりで、ついつい店のショーウィンドウに目をとられ、立ち止まってしまう。
「"よしだや"※2 に寄る?
「え?まだ、やってる?」
「うん、まだ六時前だから」
「あ、そっか、今日、Tall勝手に早引けしたから、まだそんな時間なんだね」
「おいおい、ひと聞きが悪いな。じゃ、行かない?」
「やだ!行くよ」
「じゃ、行こう」
二人が幼馴染で過ごした街は横浜市。
"よしだや"は元町に母親同士が仲良く毎年恒例の二月と九月のチャーミングセールに来る時に、子供の時間として入れてくれた雑貨屋だった。
「うわー!久しぶり」
「いつから来てなかったの?」
「いつって……あの年の九月以来だよ」
「え?」
「一人じゃ来られないもん……あのさ、今日はやっぱり、いいや。またにする」
「どうして?」
「海の方が見たいから」
灯は少し早足に"よしだや"を通り過ぎた。
「あかりん?」
「ん?」
「何で?どうしたの?」
「何でもないよ」
「何でもないのに……また泣いてるよ」
「え?嘘……」
灯は自分の頬を触ると温かい涙に驚く。
どうしたのだろう?
享との別れで全て泣き尽くして、何が起きても涙が出なかったはずなのに、ど真ん中ベンチの時、以来、涙腺がおかしい。
「ちょっと座る?」
元町通りにはところどころ、小さな休憩所の様に木の周りにベンチがある。
「え、あ、うん」
さりげなく享は灯の隣に座ると、灯の背中からDバッグを下ろして、自分の横に置く。
そして灯の肩を抱き寄せた。
「泣いていいよ」
「泣いてないよ」
そう言いながらも灯は涙を止めることは出来なかった。ここ元町は享と母とメグママとの思い出も詰まった街だった。
忘れかけてた思い出がどんどん溢れてくる。
インポートの店が多く、メグはいつもここでは大はしゃぎだった。その様子に釣られて千紗子も楽しそうにしている……そんな情景が目に浮かぶ。
もう、それは二度と目に出来ないこと。
享は右手で灯の身体を抱き寄せながら、左手で頭を撫でていた。
そして優しい声で囁く様に歌い出した。
「Rock-a-bye baby, on the treetop,
When the wind blows, the cradle will rock.
When the bough breaks, the cradle will fall,
And down will come baby, cradle and all.」
※3
よくメグが歌ってくれた子守唄だった。
※1 ゼミで行うコンパの略。いわゆる飲み会。
※2 元町 よしだや 現YOSHIDAYA。ヨーロッパなどのインポート(輸入)の生活雑貨やインテリア、ハイセンスな小物を専門に扱う、元町を代表するお洒落な老舗の雑貨屋さん
※3 アメリカの子守り唄 Rock-a-bye Baby




