第二十七話 A capable man's agenda.(出来る男の思惑)
ど真ん中ベンチ。
「もう本当に返してって……」
息を切らしながら灯が言う。
享は本当に意外そうな顔をしながら聞いた。
「ホントにお小遣い帳?」
灯は一瞬戸惑うも
「本当にホントなお小遣い帳だから、恥ずかしいんじゃん!」
「そっか、じゃ、はい」
「え?」
享から、あっさりノートを返された灯はすこし拍子抜けした、
返して貰ったからには、すぐにしまわないと、また取り上げられるかもと灯はベンチに腰を下ろして慌ててバッグにしまった。
「藍色に白いマーガレット模様だったから……意味があると思ったのは僕の勘違いか……」
享の灯に聞かせる様な独り言に彼女は動揺を隠せない。
「大きさがちょうど良かったから買っただけ」
「僕の好きな藍色?にママのマーガレット?……最近、使い始めた訳じゃないよね?本当にお小遣い帳?」
「それ以上、聞くなら、もう擬装やめる」
「え?」
「だって思ったより、やらなきゃいけないこと増えたし、なんだかんだで面倒くさそうだし……」
灯の顔は真っ赤だ。
「ごめん。勝手に期待しちゃっただけ」
享は、そう言うと灯の頭を撫でた。
灯はその手を払って
「期待って何?」
「僕のこと書いてあるのかと思って」
「は?何でTallのこと書くの?」
「例えば、"今日はTallとアイスを食べました。
美味しかったです。その帰りにお揃いの万年筆を買いました"とか」
「それじゃ絵日記みたい」
『だけど図星……』
「あぁ、そう言えば夏休みに一緒に書いたよね!あかりん絶対毎年、うちの庭の向日葵描いてたっけ」
享は荷物を下ろし、灯の隣に座ると上半身を両腕で後ろから支える様にベンチに両手を置いて話を続けた。
「そこに蝉が飛んできて木に止まってミンミン鳴き出して飛んだ時に、あかりん、オシッコかけられちゃって大泣きしたよね?」
「まだ、覚えてるんだ」
「忘れないよ……あかりんのことは全部」
海の色の瞳が灯を見つめる。
「私はTallのこと忘れてた」
「そう……」
享は悲しそうな顔をした。
『そんな顔しないでよ!忘れたくても忘れられなかったから髪も切らなかったんじゃん……』
「そう言えばさ。明日もさ、空いてる時間が真逆なんだよね」
『急に話しが変わるし……』
「また図書室で待っててくれるよね?」
「う……うん」
「じゃ、シュークリーム買って帰ろう!」
「いらないよ」
「何で?」
「Tallとご飯食べること多くなりそうだし、何か太りそうだから、お菓子はやめておく」
「何言ってんの?こんなに細っこいのに?もっと食べなきゃダメだよ」
享は灯の手首を人差し指と親指で輪っかを作るように掴む。
享の手は大きいが、灯の手首はその人差し指の第二関節に親指の先が来るぐらいの細さだった。
「痩せすぎ!これじゃあ食べても美味しそうじゃない」
「私はヘンゼルじゃないし!」
「お膝抱っこの時に思ったけど四十キロある?」
「ひーっ!女子に体重聞く?」
「お弁当を作る身としては、もっとタンパク質を増やすべきか、悩んでるんだよ」
「え?」
「体調管理も"彼氏"の役目だから」
『何?この完璧彼氏……それ、やっぱりママなんじゃない?』
灯がぼんやり享の横顔を見ている。
「何?見惚れた?」
「まさか!」
「即答か!」
二人とも少し顔を赤らめながら笑った。
そして、翌日の図書室。
灯は思わぬ"横溝享伝説"を目の当たりにすることになる。
享との待ち合わせまで時間があるしと、のんびり歩いて移動した灯が蔵書室に入る前に、司書さんに言われる。
「どうしたもんですかね。今日は満員御礼なんです。自習席がなかったら、パイプ椅子も出しますから中の司書さんに言って下さいね」
「はい、有難うございます」
灯には何となく、その状況は想像はついていた。
『私のことはともかく……必ずTallが来るって事だもんね』
中に入ると想像を絶する混雑ぶり。
自習席は満杯状態!
本の陳列棚のあちこちに数人の女子がたむろしている。
ほぼほぼ女子学生。
ところが、何故か窓際の一席が空いていて、荷物が置いてある様に見えた。
その横の男子学生二人の顔は李人のグループにいたので見覚えがあった灯は、何となく、ちょっと話しかけてみる気になった。
「あの法学部の小深山くんと本橋くんだよね?私……」
灯が名乗ろうとした時、
「宮守さんも自習?」
「あ、うん、でもいっぱいだよね」
手前に座っていた小深山の方が荷物をどかして
「あ、もし良かったら、ここ座る?」
「え?いいの?誰か来るんじゃないの?」
「来るはずだったけど来ないみたい。だから大丈夫。座りなよ」
「いいのかな?何か後から来て……座れない人もいるのに」
続けて隣の本橋も笑いながら言う。
「だって、ほぼ他学部の女子で僕達声かけられてないしさ。どうせ横溝先輩待ちなんだから、立ってても苦じゃないんじゃない?」
「むしろ宮守さん座った方が目立たないんじゃないかな?」
「え?皆んな目つきが怖いよ……」
確かに小深山と本橋に言われた通り、数十人はいるかと思われた他学部の女子学生の視線が鋭く突き刺さる。
「有難う。じゃ、お言葉に甘えてお邪魔します」
灯は遠慮なく座ることにさせて貰った。
Dバッグから取り出したのは、昨日に引き続きドイツ語のテキスト。
『単語の書き取りでもやるか……』と思った時、小深山が話しかけてきた。
「ドイツ語、普通に勉強するの?」
「え?普通にってテスト対策は小まめにしないと、単語とか覚えてなかったら困るよね?」
「これ、知らないの?」
小深山から差し出されたのは手書きの試験問題と答案用紙の様なもの。
「何?これ?」
「二年前のドイツ語の試験問題と、その答え」
「え?何で?これどうするの?」
向こう側から本橋が言う。
「ドイツ語の先生、三年に一回しか問題変えないんだって。だから、今の三年生が一年の時の問題を先輩が貸してくれて僕らもその恩恵に預かろうって話」
灯は、どう言う意味か分からなくて聞き返す。
「え?それはどう言う?」
「え?丸暗記するだけ」
「え!?試験解答を?」
「しっー。講師もさ自分が三年に一度しか問題を出題の順番くらいしか変えないんだから暗黙の了解だけど、ここまで完璧なカンペは今までなかったらしいから内緒なんだよ」
「宮守さんも、これ写す?コピーは厳禁なんだ」
灯は、そのカンペは誰が作ったのか?は聞きたくなかった。




