第二十三話 Tall's innermost thoughts.(Tallの本心)
「ギュッとして、僕も安心させて」
「え?今、学部長に注意されたばかりなのに!」
「でも誰も見てないところならいいって」
「享のバカ!エッチ!」
灯は享の広げた腕の横をすり抜けて階段を駆け降りて行ってしまった。
享は階段をトボトボと歩いて降りると、踊り場でしゃがみ込む。
「何やってんだ享。少し近づけたのに、遠ざけてどうすんだ……はあ……しかもエッチって……」
自分にダメ出しした享だった。
祖母の看護から大学に戻った享は、すぐに灯の存在に気づいた。
『学部長何してたんだよっ!こんな近くにいるのに!!洸平も何してたんだよっ!あんな髪の綺麗な子なんて他にいないだろっ』
無茶ぶりである。
『もう彼氏出来たのか?あかりんは可愛いからほっとく訳がないよな……それにしても、ちっこい彼氏だな……』
身長百八十八センチの享から見れば、皆、子供サイズなのかもしれないが、それでも渡辺李人は百七十二センチはあった。
標準的なサイズ感のはずだ。
『あかりんが幸せなら、それでいいんだけど……何故、好きな人といるはずなのに、いつも俯いてるの?』
いつ見てもいつ会っても、灯は彼氏といても一人の時も友達と一緒でも、俯いて歩いてる。
誰ともぶつからないのが不思議なくらいだと享は思っていた。
声を掛けていいものか、彼氏がいる灯はどんな反応をするのか……いずれにしろ、思い描いた再会ではないことは確かだった。
『トール、マッテタヨ!ボクモサ、アカリン!、そして、二人は熱い抱擁を交わす』
それしか頭に浮かばなかったのに。
探しても探しても見つからなかった二年はなんだったのか?
享の父も、当初、東京で支社長クラスの会議がある時、仕事の合間を縫っては手を尽くしてくれてはいたが、結局、弁護士の守秘義務に阻まれてしまい、行方を追うことが出来なかった。
探偵を雇う話も友人達との会話から出たが、離婚した夫婦自身が"住まう場所を知らせない"取り交わしをしたのに、他人が詮索するのはいかがなものか?と言うことになってしまった。
そこで今回の達志からの提案が、享自身が"自分で見つけること"だった。
海外でも日本でも地方から大学進学の際には、親元を離れ、一人暮らしを経験する若者が多い。
まずは達志は、"自力での大学合格"を享に言い渡した。
まだ帰国子女枠などはなく、大学側としては、海外から戻って来た子女の受け入れはむしろ教育難民扱い、日本語が通じない書けないという懸念があったからだ。
そこで享は日本語の家庭教師につき、平仮名、漢字の勉強から表記までをやり直し、熟語から諺、俳句、古文、漢文、現代国語まで、ありとあらゆる範囲を確認。
日本語の表記方法に長けてしまえば、その他の数学、生物、化学、物理、世界史、日本史、英語に関しても何の問題もなかった。
そこまでしてまでも日本に灯を探しに来たかったのだ。
祖父母の住むマサチューセッツ州といえば、ハーバード大学が有名だ。
享は|中高時代に飛び級を成し十八歳でハーバード大学の政治学科を卒業。
この後、弁護士を目指しロースクールに通う予定にはなっていたが……。
とにかく今は灯とのことしか頭ににない享。
大学のサークル活動の一つである刑法の山神教授が率いるチーム鑑識を利用させて貰う事にした。
まずは山神教授に取り入る事に。
「山神教授、三年の横溝享と申しますが」
「おぉ、横溝くん、いつ見ても王子!うーむ、すごい造形美だ!顔の型を取らせと欲しいくらいだなぁ」
「え?死に顔ですか?」
「あーいやいや、冗談だよ!わっはは!何だね?」
「はい、折り入ってお願いが……今からチーム鑑識には入会は可能でしょうか?僕はこの大学に入学した時に、関心はあったのですが諸先輩方と面識がなかったので、紹介して頂くことが出来ませんでした。ただ、今更なのですが、やり残した気持ちで今いっぱいでして……教授とは講義でしか面識はございませんが、出来れば」
最後まで聞くまでもなく山神教授は
「合格!いつでも参加してよし!ランダムな活動なんで、私が、暇な時に招集をかける事にしているんだが、そろそろ、やろうかなぁと思ってた矢先だ都合がいい!これを総合掲示板に貼っておいてくれたまえ」
享は一枚の紙を受け取った。
"召集令状"と記された、粋な集合招集のチラシ。
「はい、わかりました。勝手な申し出を有難うございます!」
「あーいいいい!君の様な人材は貴重だから!こっちから誘いたかったくらいだよ〜女子がいないから居心地は良いと思うぞ!じゃ、また後ほど」
チーム鑑識に潜り込んだ享は、まずは自分が使えそうな人材を探した。
運良く今年の一年の中で、気のいい雰囲気だが、抜け目がなさそうな学生を二人見つけた。
一人は小深山大和、もう一人は本橋優。
いずれも潜入捜査向きだった。
享は持ち前の人の良さアピールで二人を虜にし、"お願い"を聞くように洗脳した。
一人は灯、一人は李人に注視し、言わば行動を見張らせていた。
もちろん灯に関しては、享自身が関われそうにない時間帯だけだったが。
そして、それはこの前の土曜日に生かされたのだ。
実は渋谷の公園坂での出会いは偶然ではなかった。
事前に大和と優から二人が渋谷に向かうと言う情報が入っていたのだ。
享が灯に声を掛ける数分前、花梨に後をつけられていたのには気づいていたが、彼女はその前を行く、李人と灯のカップルには気づいていなかった。
いきなり花梨に腕を取られた享は、スクランブル交差点の手前で一瞬、前を行く二人を見失った。
『ちっ!どこに行った?』
あたりを見回すも姿は見当たらない。
ところが交差点の向こう側から、ご年配の女性の背中に優しく手を掛けながら、数個の紙袋を下げた灯がこちらに向かってくるのが見えた。
享は花梨の腕を引くと、大きな柱の影に隠れた。
「何線を使われますか?良かったら、そこまでご一緒しましょうか?」
灯が女性に声を掛けている。
「あらまあ、有難う。でも、もうここで大丈夫。あの交差点が広いから怖かっただけなの。東横線に乗ったら、うちはすぐだから。お嬢さん、有難う。デート中にごめんなさいね」
「いえいえ。あの切符は買われますか?そこまではご一緒させて下さい」
「まあまあ、本当に有難う。じゃあ、お願いしようかしら」
切符売り場に付き添う灯を見て、享は胸が熱くなった。
『彼氏は何してんだ!荷物くらい一緒に持ってやれよ!』
そして改札を入った女性を見送った灯は、急いでスクランブル交差点を渡って行こうとしているも、信号待ち。
その、ちょっと離れたところに享は灯を見つめながら同じ様に信号が変わるのを待っていた。
勝手に享の腕に自分の腕を絡ませた花梨が言う。
「ねぇ、これからどうする?お茶でもする?」
「勝手に後をつけてきて、どうしようも、こうしようもないと思うけど」
今度は灯を見失いたくない享は灯に集中したいのに、とちょっとイラついていた。
スクランブル交差点を渡った後、向こう側で待っていた李人に灯が振られたのを見た。
灯は李人の後を追わなかった。
これは絶好の機会だと考えた享は、灯に声を掛けたのだ。




