第十六話 A ray of hope(一縷の望み)
「き、き、急にな、な、な、何言ってんの?」
灯も自分の顔が真っ赤なのは分かっていたが、それ以上にそんな事をそっぽむいたまま言う享に驚いた。
「さっきはお母さんみたいって言ったくせに……」
「母さんのことがあった時、言ったよね?僕の母親になるには、僕の父親と結婚しなきゃダメなんだよって」
『そうだった……けど、あと何て言われたっけ?』
「あかりんのお母さんが開いてくれたクリスマス会の時の約束覚えてる?」
『この席、パワーランチ※席じゃん。享は私にどうして欲しいの?何か聞き出したいの?』
「えーと、次の年のクリスマスにTallは私に会いに来ると……」
「それと?」
「会うまで髪の毛を切らない」
「それと?」
「それと?」
「忘れたの?」
「え?」
「指切りしたよね?」
「ケーキに誓った」
「……」
「Tall?……泣いてるの?」
「え?あ、いや、まつ毛が入ったのかな?」
「大丈夫?」
『灯はあの時の約束は忘れちゃったんだね……僕だけ覚えてるの?何故忘れちゃったの?』
「ごめん……覚えてるならTallが教えて」
「いや、いいんだ……思えば、あかりんの約束破りは当たり前だったからね」
「え?いつのこと?」
「あかりんが小一の頃、僕の方が帰りが遅くて、通学路は車の往来もあるから心配で、お家で待っててって言ったのに、いつも公園のとこらへんまで来ちゃって」
「Tallの帰りが待ってられなかったんだもん」
享は本当は嬉しかった。
それでも灯の身に何か起きたらと思うと、その約束は守って欲しかったのに、そこであの公園での出来事に繋がる。
「私はTallがいつも、チョッカイ出されてんの知ってたし、私が守らないと!って思ってたから……でもTallはやり返さなかっただけで本当は強かったんだよね?」
「んー、それ、何か洸平から聞いた?」
「あの会えなかったクリスマスの日、たまたま会った時にね。実は怖いヤツだったって」
「実は僕は小学校に上がって、すぐに柔道を習いに行き始めたんだ」
『そう、それは保身じゃなく、君を守るため』
「あ、それで週一回遊べない日があったんだ?」
「柔道の稽古日」
どこまで仲が良かったかは、ご想像にお任せするが、たまには他の友達とも、それぞれ遊んでいる普通の小学生とは考えて欲しい。
ただ、本当に仲良しの二人だったのは間違いない。
「何で柔道だったの?野球とかスイミングとかあったよね?」
「守りたい人がいたから」
「え?メグママ?」
「ママにはダッドがいたでしょ?」
「じゃ?誰?」
『灯に決まってんだろ』
享が灯に見つめられて、ふいに俯いた時、ちょうど珈琲と"邪道で申し訳ござらんがカフェ・オ・レ"が運ばれてきた。
「はい、お待たせー」
店主は迷わず、灯の前にカフェ・オ・レがなみなみと注がれた大きなマグカップを置き、ソーサーなしの珈琲を享の前に置く。
「ごゆっくり」
「有難うございます」
灯が答えると、店主は笑いながら、
「享には勿体無いなー」
と言いながら立ち去った。
灯が「いただきます」とマグカップを持ち上げて、ふーふーと冷ますような仕草一つにも享の目は釘付けだ。
『本当に変わらない……なんて可愛いんだ。でも、
あの約束を忘れちゃうなんて……』
「そうだった、そう言えば洸平から聞いたんだけど、頭に古そうだけど怪我の痕があったって、何があったの?」
「え?洸平さん、Tallに話したの?お喋りだなぁ」
「心配だからだよ」
「んー、お父さんとお母さんが離婚した話はしたよね?」
「うん」
「その時……」
「そうだったんだ」
まだ話してなかった夫婦喧嘩の顛末を話した灯。
「思えば、あれが離婚が早まった原因かも……私が余計なことして飛び出さなかったらと思う」
「それは違うよ。そもそもお母さんのことをお父さんが叩こうとしたこと自体が問題だったんだから」
「Tallは相変わらず優しいね。ありがと……少し報われた気分……今日、渡辺くんと話した時もね、本当は大声出されて、ちょっと怖かったんだ。お父さんにわざとじゃないけど叩かれた時、お母さんのこと大声で怒鳴ってたから……でも、Tallが解決してくれるって言ってくれたから頑張んなきゃって頑張れた。これもTallのお陰!」
「そうだったの?怖かったんだね。ごめん。そんな事も知らないで、あんな事言わせて」
「ううん、何だかすっきりしたし、もう克服したよ!……多分?」
灯が笑うのを見て享は思った。
『いや、結局、守れなかった。その時にその場にいなかった事の後悔の方が大きいよ。知らなかったとは今日も物凄く頑張らせたんだよな。思慮が足りなさ過ぎだ』
享がそう思った時、灯が髪を触りながら
「そう言えば、あの時頭を打って、お母さんにも色々聞かれたんだけど、記憶の欠落?って言うのあったみたい」
「え?!」
「だ、か、らー、もし忘れてそうなことがあったら言ってね。あの後、しばらく友達にも、"そうそう、この間の話なんだけど"って言われても、"えーと、何だっけ?"ってなって、"灯、もうボケ老人?って言われてたくらいだから」
『それで約束を忘れたって事もあるのか?じゃ、一縷の望みはあるってことなのか?でも、出来れば自分で思い出して欲しい』
享は心からそう願った。
※パワーランチとはアメリカのビジネスマンが考えついた商談方法の一つ。
ランチタイムにも仕事を持ち込む事が珍しい時代に
自身の思い通りに事を運ぶ為、わざと先に立ち席に商談相手を誘導。そして自身は壁側に座り、商談相手が自分に注目する様に座するやり方。




