第十三話 New hair, new me!(新しい髪、新しい私!)
大学の正門まで寮から五分。
女子寮には同じ学部の友人もいないので、灯はいつもの通り一人で登校。
「おはよう」
駅から歩きで通って来る同じクラスの男子学生に挨拶しながら先を急ぐ。
「え?今の誰だった?」
「あんな子いたっけ?」
土曜日は寮に戻ってから髪型で大騒ぎになった。
皆が口を揃えて、「可愛い」「似合ってる」「首細っ」「別人!」果ては「どこで切ったの?」まで飛び出したが、灯は享とのことを思って、代官山とは言えなかったので、渋谷で適当に見つけたことにした。
一昨日、李人に振られた事はさっぱり忘れたかのように、先ほどの男子学生の様子から髪型が変わったことでの他の皆の反応も見たくて灯は登校が楽しみになり始めていた。
校内は校舎がコの字型に配されて、中庭を抜けるように、それぞれの学部校舎に向かう舗装道路が巡らされ、それ以外の場所には芝生が敷かれ、樹木が植えられている。
ところどころにベンチも置かれて、木陰のあるところはちょっとした居眠りスペースでもあった。
法学部自体の講義室棟は右手側。
灯がそちらに向かおうと道を曲がった時、先のベンチから立ち上がった李人に声をかけられた。
「灯!」
「……」
灯はそのまま李人の横を通り過ぎようとしたが、肩を掴まれた。
「おい、無視する事ないだろ」
「何のご用でしょうか?」
「本当可愛げないな。一昨日はあれからどうしたんだよ?って、お前、何だ、その髪!」
「……」
『本当に渡辺くんが声を掛けて来るとは思わなかった』
「追いかけて来るかと思ったのに来ないし、もしかしたらハンズに行ったのかと思って探したのにいないし、いったいどこに行ったんだよ」
「あら、私、振られたんでしたよね?」
「お前な!」
『怖い』
灯は"あの時"、父親にわざとではないものの叩かれてから、男の人の大声に反応する様になっていた。
それでも、享との約束が今の灯を支える。
「私も渡辺くんのそう言うところが"イヤ"でした。
お互い意見が一致したって事で、良かったですよね?」
李人がニヤニヤしながら言う。
「素直じゃないな?何だ?ご機嫌取って欲しいのか?」
「いいえ、全然。私、もう新しい彼氏いるんで。もし文句があるなら、彼に言って下さい。では」
「何だと?この尻軽女っ!」
『思った通りの事言われたわ。後はTallが何とかするって言ってたけど。本当に大丈夫なのかな?』
土曜日、寮の前まで享に送られた時
「月曜日は一限から?」
「うん」
「じゃ、八時四十五分頃、校舎前を通って」
「え?学部の?」
「うん。多分、元カレがあかりんを待ってるはずだから。さっき言ったみたいに、もう僕と付き合ってるからってことと、後は、こう言って……」
先程の状況は享の入れ知恵だった。
そしてその後。
李人はまさか自分の方が振られるとは思っておらず、土曜日も灯が追いかけて来るものだと思い込んでいた。
が、その憶測は外れた上に、髪をばっさり切って、その雰囲気の違いに今までとは違う魅力さえ感じてしまったのに……逃した魚は大きく見えるどころではなく、本当に大きい事にも気づき、今すぐ追いかけて何とかしようと思っていたところ……
後ろから声を掛けられた。
「おーい、渡辺くん!渡辺李人くん」
内心、『なんだよっ!こんな時に』と思いつつ振り向く李人。
ベンチに座っていたのは享だった。
「あ!横溝先輩!」
李人はお辞儀をした。
「あれ?僕のこと知ってる?」
「もちろんです!ハーバード大学を飛び級で卒業して、お父上の母校に日本の法学を学ぶ為に一般試験で入学されたと言う伝説級の方ですから」
「へぇ、僕って有名人だったんだ」
「そのルックスもかなり有名です!毎年、学祭の王子に選ばれながら、辞退するということも!」
「後で灯に話さなきゃ」
「え?あかり?」
「宮守灯」
「横溝先輩は、あか……いや宮守灯さんをご存知なんですか?」
「幼馴染なんだ、僕達」
「横溝先輩と宮守さんが?」
「そうだよ。しかも僕は彼女が大好きなんだ」
「え?」
「春休みに入ってから、たまたま君達が付き合い出した頃まで、ちょうどマサチューセッツに帰ってて彼女がまさか同じ大学の学生になったとは知らずに、僕は出遅れちゃったけど……この前の土曜日、渋谷で久々の再会を果たしてね。振ったんだってね、灯のこと。有難う、お陰で僕の想いを灯が受け入れくれた」
「横溝先輩が宮守さんにお付き合いを申し込んだと言うことですか?」
「正解!」
伝説級の横溝享を敵に回すという度胸は李人にはなかった。
「僕の恋人を"尻軽女"とかって言うのはやめてくれるよね?」
「もちろんです!宮守さんは何て言うか、きちんとし過ぎて、まあその僕には」
「合わなかった?」
「あ、いえ。僕には勿体無い人でした。だから僕の方が振られたんです」
「ほぅ、ちょっと灯から聞いた話と違うけど、まあいいか。とにかく変な噂話を流すのだけは、やめてね。灯が悲しむから」
「はい!そんな事一切致しませんので、ご心配なく」
「有難う。そう言えば渡辺くんは刑法ゼミの山神教授知ってる?」
「はい!もちろん。あの"チーム鑑識のですよね?」
「関心ある?」
「ありますが、紹介がないと入れないから」
「良かったら、僕が紹介するけど」
「マジですか!宜しくお願いします!」
『何とかなったな。意外と真面目そうだったけど、あれは、あかりんの優しさにつけ込むタイプだったのか?まあ、いいか。チーム鑑識に見張って貰えば怖いもんなしだから』
チーム鑑識は、刑法の山神教授が自ら指導する文字通り"現場検証"を楽しみながら謎解きをする事を目的にして活動するサークル集団。ただ、新たに入会するには男子学生のみと言うことと、必ず既に籍を置く三年生以上の学生の紹介がないと入会することはできなかった。
実は、このチームには別の顔があり、まるで潜入捜査官の様なことも楽しみの一つになっており、その一人が既に渡辺李人に張り付いていた。
灯には甘い顔しかしない享だが、実は"飴とムチ"を自在に扱える様な一面も持っていた。




