第百十四話 The Girl Who Vanished.(いなくなった彼女)
「あーくそ」
小さな声で呟く享。
が、突然
「助けてくださーい!誰か!!」
享が本気で大きな声を上げた。
「え?」
美玲が慌てる。
ドアの外から
「どうしたんですか?!あっ!鍵が閉まってる!大丈夫ですか!」
李人の声だ。
「助けてくれ!襲われる……」
「どうにかします!待ってて下さい」
そこに、意外な人物が鍵を手にやって来た。
鍵を開けて入って来たのは、地検特捜部の川端だった。
「やれやれ、あのお父上あっての娘ありき、ってとこか?」
「誰よ!あんた!」
急に言葉遣いが乱暴になった美玲に川端は淡々と言って聞かせる様に話し始めた。
「さっき君のお父上も同じような事を言われたんだがね」
「お父様に?」
美玲が青ざめる。
「今、何の証拠もなかったはずの、この大学との癒着があったことを切り捨てたことは貴女の口から聞いちゃったし。まあ同時進行で、お父上の執務室とご自宅とお兄様が社長の御社の方にも検察官が入らせてもらったよ。亡くなった秘書官の方は様々な証拠を事前に検察に送ってくれていてね。普通郵便だったから届くのに時間はかかったけど……自殺の線も薄れて来た」
「まさか……そんな」
「実は元々、ここの学長代行から学部長室に盗聴器が仕掛けられていたと相談を受けていてね。こちらとしても秘書官が残してくれた記述や購入経路から君に疑いを持っていたんだ。だから、こちらもそれなりの手を打っていた。君が予め、この階の様子を伺いに来ていたところがビデオに映っていたから、様子を伺っていたら今日のこの事件だ」
「事件って、私が何をしたと言うの?!」
「今の話じゃ、宮守さんの拉致、階段からの転落事故の双方に関わっているのは判明したし……そこで震えている男子学生は助けを呼んでた。これは状況から見て……君はもう成人してるし、君にも償ってもらうべき罪もあるようだからね」
「そんな……」
美玲は諦めたようにうなだれた。
そこに川端が声を掛けて女性警官が入って来て、上着を掛けると講義室の外に連れ出した。
「横溝くん、大丈夫かね?」
「はい、怖かったですが、何とか」
「それにしても、あの状況で、よく彼女から話を聞き出せたね」
「僕の大事な人をどうしてあんな目に合わせたのか、ずっと理由を知りたかったので……結局、僕のせいだった」
「世の中、傲慢な人間はいくらでもいるさ。君のせいじゃない」
「何かあると思いながら何の証拠もなくて……こんなところに連れ込まれて、どうなるかと思ってたので助かりました。有難うございました」
「君は勘が良すぎるから、むしろ事を起こさないか心配してたんだが、まあ無事で良かった」
そこで、川端が何やらどこかに向かって話す。
「おい、ビデオとレコーダー止めろ」
ブッと何か音がした。
享が声を張る。
「入って状況を把握する為の確認をさせてくれ」
講義室の黒板の横の扉から、数人の男子学生が現れた。
皆一様に、頭にチーム鑑識の帽子を被り、マスクをつけ手には白い薄手のビニール手袋、カーキ色の作業着を着込んで足元は布製の足カバーをつけている。
最後に同じ身なりの山神教授が現れ、ただ違うのは手元ににバインダーとペンを持っていた。
享が大きな声で、
「状況確認!ビデオとレコーダーは上手く作動したか?」
「はい、問題ありません!」
大和が答えた。
それを山神教授が筆記して行く。
享が続ける。
「ドア、鍵は被疑者が閉めた」
「はい、ビデオに映ってました」
「僕のシャツの背中、彼女が押し込んだ為、汗もしくは皮脂が残っている、そして前ボタンには指紋が残っているはずだ。証拠として提出する。先に脱がせてくれ」
「はい」
享のシャツは優によって、袖以外触らぬ様に脱がされ、川端から預かった証拠袋に入れられた。
「そして、僕がここ以外の場所にいなかった証拠として、再度、全体とこの机の再指紋採取を依頼。ここもビデオに映ってたか?」
「はい、確かに映っていました!」
「お見事だな!享!」
「いえ、川端さんのご尽力あっての結果です。僕を信じて下さり有難うございました」
川端が山神教授に機材を預け、ビデオとレコーダーの設置を学生だけでこなしたのだ。
「それにしても山神教授、チーム鑑識は大したもんですな。本物顔負けだ」
「検察の方にそう仰って頂けるとは、恐れ入ります」
「でもまあ、あとは本物に任せて下さい」
「残念ですが仕方ないですなぁ」
「しかし、ここに来るかどうかも分からないのに講義室を丸ごと元々無証拠状態にしておくとはな」
「それも横溝くんの案です。誘導の上で、後々、証拠を取りやすい様にと。たくさんの学生が出入りしますからな。ビデオとレコーダーもお貸し頂き、まあ本当になかなか出来ない経験を学生達にさせてやる事が出来ました!有難うございました」
享がイライラしているのを見てとると、川端が気をきかせて言う。
「おい、お前はもう行っていいぞ、灯ちゃんのとこに行ってやれ」
「あ!はい!有難うございます!」
享はドアを出ると廊下を右に急ごうとした時、李人に声をかけられた。
「灯さんは階段を上に駆け上がって行かれました」
「李人!有難う!」
「あの……」
「ん?」
「もう泣かせないであげて下さい。あなたと会ってから、灯さんは楽しそうだったけど……泣きっぱなしの様に見えます」
「あぁ、そうだね……李人、ごめん。まだしばらくは泣かせそうだ。じゃ、あとは頼んだよ」
享は全力疾走で廊下を走り抜けると階段を駆け上った。
屋上に出るドアには鍵がかかっているのが見えた。
右手の踊り場から小さな泣き声が聞こえた。
階段を上りきらないうちに顔だけ覗かせて、享は灯に声を掛ける。
「灯?」
灯はその声に、ハッとした様に踊り場の隅で膝を抱えて泣いていた身体の向きを壁側に変えた。
享は灯の背中に向かって猫が忍び寄る様に近づいた。
「近寄らないで!」
「さっきのことなら誤解だから……」
「そんなの分かってる……」
「え?」
「Tallは、そんなに器用じゃないし……渡辺くんから先に行かない様にも言われたから」
「じゃ……何か聞いた?」
「何を聞くの?三日後にアメリカに帰るって話?なんで!?一番近くにいるはずなのに知らないことがあるの?……何で、それを他の人から聞かされないといけないの!?」
「ごめん」
「ごめんだけ?!」
「もっと気持ちが近くなってからって欲が出た」
「欲?」
「もっと灯と向き合えてからと思って」
「約束なら守れないよ」
「約束!!思い出したの?」
「とっくに思い出してた……でも私には日本から出る勇気なんてないよ!」
「どうして!?僕が側にいる。いつでも一緒にいる!それでもダメなの?」
「いい加減、現実を見てよ!子供じゃないんだから、いつも一緒になんかいられない!とにかく私は約束は守れない!」
「灯、もう少しよく考えて!二年後に必ず迎えに来るから」
「は?今度は二年後?ムリだから!私は針千本飲むよ!」
灯はそう言うや否や、階段に向かって駆け出す。
しゃがんでいた享がその手を取ろうとした時、灯に身体を押されて壁に背中がぶつかってバランスを失って、その場にへたり込んだ。
壁に寄りかかったまま享は立ち上がらすに灯を追いかけなかったことを、すぐに後悔することになった。
灯はかき消す様に姿を消したのだ。




