第百十三話 A hard-to-believe truth.(信じがたい真実)
「それで大槻さんをいいように操った訳ですか?」
「人聞きが悪いこと。あの方はどうすれば灯ちゃんを蹴落とすことが出来るかを、ご自身では何も考えつかない様でしたから少しアドバイスを差し上げただけ」
「美玲さんは本当に頭が切れる凄い人だ。灯の拉致事件があった時に、貴女は誰かに後をつけさせて僕が灯を連れて行く先を確認し、灯のお兄さんにまで近づいた」
「まあ、横溝くんからお褒めの言葉を頂けるなんて考えてもみませんでしたわ。そう私は、何としてもでも横溝くんが誰にも明かさない隠れ家を知りたかったんですの」
美玲は少し嬉しそうに続けた。
「あの時、相当、焦っていらしたのね。いつもなら尾行を気にされて毎回違うルートでお帰りでしたのに、幹線道路を一直線に、あんな小娘の為に。しかもあの妹にして兄あり。ホストなんていかがわしい職業の兄を見張りつけて……」
「そんな時間をかけてまで僕の部屋を知りたかったんですか?それに、そのいかがわしい職業の方の店通いして擦り寄ってまで、何が知りたかったんです?」
「どんなことをしても私は貴方を手に入れたいからに決まっています。何をしているのか?何を考えているのか?……ご自宅はご本人を写す鏡ですのよ。それを同棲なんてなさって……どうせ手もお出しになれないくせに」
「それは、どうでしょう?むしろ逆効果でしたね。僕はそれで闘争本能に火がついた」
「あら、私よりも、まだあの下品な幼馴染ちゃんの方がよろしいと仰るの?あんな貧相な身体でご満足?それよりも何よりもお互い切れ者同士、それ以上の相性がありまして?」
呆れた様に享が返す。
「灯は貧相じゃないです。それより何より美玲さんのお父上がQuarter※1 の僕なんて受け入れて下さらないのでは?」
「ふふ、確かに、父は財閥を守る為に日本人至上主義者ではありますけれど、私には甘いんですの。死んだ前妻の子である兄よりも、愛妾ではありましたけど後妻の娘の私の方が、横溝くんが仰る通り頭が切れるので、何でも言うことを聞いてくれて……」
「使うだけ使って大槻父娘も切り捨てた。しかも相当な圧力をかけて真実も語らせない様にしたんですね?」
「あらやだ、それは大人同士の内緒の話ですわ。父としては不要になったから捨てただけ。証拠がなかっただけです」
享のシャツのボタンを全て外し終えた美玲は、次に自身のブラウスのボタンを外し始めた。
「味方を装って、常に僕達の行動を見張っていたんですよね?」
「あら、でもお二人にとって楽しいお時間におなりでしたでしょう?もう、させませんけれど!」
「行動制限だと気づくのが遅くなって灯を怖い目に何度も合わせた自分の愚かさに打ちのめされましたよ」
「まあ、それは自業自得ですわね。あんな幼馴染しか目に入らず、自ら助力を申し出た、この私に少しも目を向けないからです」
「は、何を仰るんだか。それにしても灯の友人まで後催眠暗示※2 をかけて挙げ句の果てに階段から突き落とすとは……下品な手でしたね。あれは僕が大学に来てないが引き金言葉※3 でしたか?」
「あら、すごい!さすがね。幼馴染が福ちゃんに、今日はTallは来てないもしくは一緒じゃないと話したらという事にしておいたのよ」
「どこまでが貴女の後催眠暗示だったんですか?灯を突き飛ばした後、学部長室の机の下に隠れるような賭けまでさせて」
「あら、分かってたの?さすが横溝くん。まあ、だいたいの人は慌ててると椅子に座って電話をかけることはないし……それより、後はあの子がどう二階に戻ったか分かって?」
「壁です」
「壁?」
美玲が目を輝かせた。
「今まで、どうして法学部だけが本校舎に行くのに一階通路しかないことを疑問に思ったことはなかったんですが……あれは、当時の大槻学長の反りが合わない法学部長への嫌がらせだった。子供っぽい手ですが、二階から上は防火扉が壁の様に閉じられていた。その横にドアもあるのに、さもなかったかの様に隠されていた」
享が一息つく。
何も言い返さず黙って微笑みを浮かべている美玲をチラッと見て、後を続けた。
「しかも学部長室は四階に追いやって……本当にあの人が学長の器だったのか疑う位の幼稚ないじめです。まあ、それがあったからこその方法だったと思いますが、ご丁寧にも法学部長室とその壁ドアの鍵を使って一度一階まで降りた彼女が二階の講義室で待っていたアリバイ工作の女性と入れ替わるところで催眠から覚める、と言う仕組みだった。そうですよね?」
「あらやだ!そこまで分かったなんて!素敵!私が見染めた方だけのことはあるわ」
「そこまで練られた計画でも彼女が途中で催眠から覚めるという事があったら、どうする気だったんですか?」
「その時は、まあ、それこそ賭けですけど、本人が"私が突き飛ばした!灯ちゃんの事を誰にも渡したくなかったから"とでも言ったかもしれない、かしら?」
「なんてことを……そんな二重に催眠をかけてまで灯を大怪我させる気だったんですか?彼女のアリバイの為の替え玉まで用意して」
「そこも気づいたの?凄いわ、横溝くん。そう、少しの間だけ入れ替わらせて……あの時は、ただもっと酷い怪我をさせたかっただけ。貴方がアメリカに立つ前の時間を一緒にいさせない為だったのに、受け身なんて教えてあったとはね。本当、貴方って抜け目ないわね。ガッカリよ」
「どうしてそんな事を……しかもお父様の力を使って、個人情報のはずなのに僕の渡航予定まで調べ上げて、こんな間際の今頃……」
「中途半端な入院になって退院した後、二人が逆に接近すると思ったからに決まってるでしょ!それでも貴方がアメリカに立つ前に、どうしてもあの子に私と貴方の間に何かあるかもと思わせる状況を作る為よ。貴方が帰らざる事態になる直前の方が、より裏切られた気持ちになるでしょ。自分から早く話さない貴方がいけないのよ」
「わざわざこんなことまでしてですか?しかもこんな事をしでかした貴女を僕が好きになるとでも?貴女からのお見舞いを喜んだ灯が、そんな事を考える訳もない!あの変に大きな花まで用意して病室に盗聴器を仕掛けようともしましたね?」
「ふふ、そんなこともしたけど、貴方はすぐに気がついたのでしょ?だから、わざわざパーティーに呼ばれたの呼ばれないのって話に行ったのよ。あの子を焦らせる要因にはなったんじゃない?とにかく、貴方から、あの子をまずは引き離したかったためにね」
「いや、僕を信じると灯は言いました。僕にとっても灯が唯一無二です」
「……貴方って本当に信じられないほどの強固な意思を持ってるのね?」
「僕には催眠はムダですよ、貴女にどれだけ見つめられても何にも感じない」
「そうは言っても女にここまでさせておいて……男性の方が何もしないなんて据え膳を食わぬは何とやらじゃないの?」
話し方が途中から馴れ馴れしくなった美玲のブラウスの裾がいつの間にやらスカートから出されて、そのボタンが外され、はだけた隙間から色白の美しい胸の谷間がのぞいている。
「あら、丁度いい時に、あの下品な幼馴染も来たみたい」
廊下を走って来る音がした。
講義室の廊下側の窓から、灯と目が合う享。
美玲はわざと享の座っている机に片膝をついて、スカートの裾が上がるように見せながら、少しふりむき、享のシャツの胸あたりに手を入れ、自身のブラウスを肩から少し下ろし前がはだけているのを灯に見せつけた。
そして聞こえよがしに享の頬に顔を寄せながら
「あらやだ、享。私達のことバレてしまったわ!どうしましょう?」
灯は見たままの現実がバカらしかった。
「そんなの信じるか!!この享のバカ野郎!アメリカでも、どこでも行っちまえ!もう二度と日本に来んな!」
廊下を走って行ってしまった。
※1 Quarter
4分の1の血統という意味。
祖父母のうち1人が異国籍・異民族である人を指す言葉として使われる。
例: 祖父母の1人が外国人の場合、本人は「クォーター」
→享の場合は日本人のクォーター
※ 2 後催眠暗示
催眠心理学の正式な用語。「催眠が解けた後に、特定の合図トリガーを出されたら指定の行動をとる」という指示のことを指す。
暗示の中に「この行動をしたことは忘れる」という条件(消去暗示や忘却暗示)を組み込んだもの。
※3 引き金言葉
催眠状態を起動するための「引き金となる言葉や動作」のこと。




