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開かれたドアから出て来たのは、王女付き侍女兼護衛のマルセラだった。
「……おはようございます」
「うん、おはよう」
アランに頭を下げたマルセラが、次いで隣に立つドミニク・ファーブル子爵へと視線を向けた。
「子爵は殿下にご用事でしょうか」
「本日の城下訪問の護衛に私も加えていただきたく、お願いに参上したところだ」
「……ファーブル子爵がいらしてるの?」
背後でやり取りを聞いていたルイーズの声がすると、マルセラがさっと脇へと避けた。
「突然のご訪問失礼いたします、王女殿下」
「今日の護衛に加えてほしいと聞こえたのだけれど」
「はい。そのことで、これから少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?長くはかかりませんので」
「分かったわ」
部屋で話を聞くべく子爵を部屋に招き入れる。一緒に入ってきたアランがごく自然な動きでルイーズの隣に座るのを見て、マルセラの眉が僅かにピクリと動いた。
(あ、いつものマルセラさんだ)
お茶を準備するため厨房へ向かおうとしたイレーヌは、通常運転のマルセラを見て少しホッとした。
ファーブル子爵はイレーヌにとっては未来の義父となる人物であり、実弟ミシェル絡みでルイーズにとっても因縁のある人物である。これまで積極的に関わろうとしてこなかった彼が自分から訪ねて来たことに少し嫌な予感がしながら部屋に戻ると、案の定ルイーズが何やら難しい顔をしていた。
「……魔力の残滓……でも魔力の性質については言えない、と」
「申し訳ございません。私自身もはっきりとした確証があるわけではありませんので、徒に皆様を不安にさせるのはどうかと思いまして」
「そう…」
「ただ万一に備えて、殿下にはいつでも魔力が使えるようにしておいていただきたいのです」
「それは……ピアスを外していいということかしら?」
「はい、左様でございます」
「………」
魔法の訓練を始めた頃に比べて魔力の制御は上達したものの、一応まだ魔力を抑えるためのピアスは付けている。いざという時は外して良いとガルニエ公爵には言われているが、本当に大丈夫なのだろうか?
魔力の訓練の時以外は、ここ何年もピアスを外したことがない。ルイーズが不安に感じていると、ファーブル子爵が指輪を差し出して来た。小指に入るくらいのサイズで、小さな青い石が付いている。
「代わりにこちらをお使いください」
「これは……?」
「ペルレ伯爵が作った魔道具で、そちらのピアスと同様の効果があります。ピアスよりは外しやすいかと」
「確かにそうね」
指輪を受け取ると、微かに魔力を吸い取られるような感覚がした。左手の小指に嵌めて代わりにピアスを外したルイーズが、窺うようにファーブル子爵を見た。
「でも…万が一と言われても、相手の魔力が分からないのに急に対応できるかどうか……」
「そのために私がいるのです。私は他の護衛とは別行動の予定です。ロッシュブール公子様とマルセラ嬢は自衛可能でしょうし、イレーヌ嬢は他の護衛に任せて良いかと存じます。どうか殿下は御身のことだけを考えてお動きください」
《幻覚魔法》の使い手として絶対的な自信を持っているが故の、そしてルイーズを含めた周りの者達への信頼があってこその発言。真摯な琥珀色の瞳を見て、ルイーズはゆっくりと頷いた。
「……承知したわ。よろしくお願いしますね、ファーブル子爵」
「はっ。この身に代えましてもお守り申し上げます」
ソファーから立ち上がったファーブル子爵が、流れるような動きでルイーズの前まで来ると膝をつき頭を垂れた。
◇◇◇◇◇
山間に位置するディエルネの街は、年間を通して気温が低い。いわゆる高原地帯の気候のため、夏は非常に過ごしやすく、王都から避暑のため訪れる貴族も少なくない。
「お洒落なお店がたくさんありますね!」
「ええ、私もそう思ったわ。……ほら、あのお店とか」
「あのパステル系の外観の店ですか?」
「そう。洋装店みたいね」
「飾ってある服も素敵です!……あ、あのカフェ!本に載っていましたよね!」
「そうね。オープンテラスで開放感もあるし、女性客が多いわ」
「あの人の食べているケーキ美味しそうです〜」
「もう……イレーヌったら」
ルイーズの要望で訪れた城壁からの帰り道。観光客で賑わう目抜き通りを馬車で通りながらイレーヌと女子トークを繰り広げていると、向かい側に座るアランから少し不満げな声が聞こえた。
「2人だけで内緒話かい?ちょっと妬けるなぁ」
「……っ」
色気ダダ漏れの流し目を送られて、ドキリとルイーズの鼓動が跳ねる。隣のイレーヌが、慌てたように弁解し始めた。
「アラン様を差し置いて、そんな…滅相もございません!!」
「ああ、怒っているわけではないからそんなに恐縮しないで」
「ですが──」
「怒ってはいないけど、今日は僕とルイーズのデートだからね」
「──はい、その通りです。出過ぎた真似をして申し訳ございません」
さっきまでの浮かれた様子は何処へやら、平謝りモードに入ってしまったイレーヌにアランが苦笑を浮かべた。
「自分でも心が狭いことは自覚しているんだ。カミーユにもしょっちゅう言われているしね。それにルイーズは王城に行ってから、友人達と気軽に会えなくなってしまっただろう?ルイーズと君が仲良くしているのは、とても喜ばしいことだと思っているんだよ。───ただ」
そこでアランは座席から身を乗り出し、ルイーズの手を取って自分の顔の近くまで持ち上げた。
「今日は3年ぶりのルイーズとのデートだから、君を独り占めさせて欲しいんだ。……ダメかな?」
「ア、アラン様…っ」
優雅な仕草で指にキスを落としたアランが、じっとルイーズを見上げる。希うようなグレーの瞳に、ルイーズはブワッと体温が上がるのを感じた。
「独り占めだなんて……私の方こそ、そうしたいくらいなのに」
「……嬉しいことを言ってくれるね。これ以上僕を夢中にさせてどうするつもり?」
「そんなつもりは……」
「あの……よろしければ、席を代わりましょうか?」
目の前でイチャイチャされて耐えられなくなったイレーヌが声をかけると、アランは少し考えるように動きを止めてからにっこりと笑った。
「……いや。せっかくの申し出だけれど、今はやめておくよ。どうせもうすぐ店に着くし、その権利は帰り道で行使させてもらおうかな」
「帰り道ですね!かしこまりました」
「うん、よろしく頼むよ」
心得たとばかりの返答に満足そうに頷くアラン。イレーヌに「美しすぎて目が潰れそう…」などと思われているとはつゆ知らず、愛してやまない婚約者ににっこりと笑いかけた。
「そろそろお目当ての店に着くよ。……ほら、あそこの店だ。行列ができているね」
「まぁ……本当だわ。評価通りとても人気があるのね」
店から少し離れたところに馬車を止めてから、ルイーズ達はゾロゾロと歩き出した。今日は貴族の子女がお忍びで遊びに来ているという体なので、イレーヌも友人設定でルイーズと似たような格好をしている。
行列を遠巻きに見ながら近づいていくと、マルセラが「こちらでお待ちください」と言って店の中に入って行った。程なくして、店長らしき男性が緊張した様子で店から出てきた。
「ご予約のお客様ですね。……どうぞこちらへ」
店に案内されていく身なりの良い子供達を、列に並んだ人々が興味深そうに見ている。今日のルイーズは魔法で瞳の色を変えているが、プラチナブロンドの髪は珍しいようでかなりジロジロ見られているのを感じた。
店の一番奥に衝立があり、ルイーズ達はその向こうに作られた急拵えと思われる席に案内された。
「この度は私共の店にご来臨いただく名誉を賜りまして、誠にありがとうございます。狭いお店ですので、このような席しかご用意できず申し訳ございません」
「いいえ、こちらこそ急に申し訳ないわ。ただでさえ忙しいでしょうに、時間の無い中での歓待感謝します」
「なんと、勿体ないお言葉……!居心地が良いとは決して申せませんが、どうぞごゆっくりお過ごしください」
「ありがとう」
平伏しながらも店主の顔が歓喜に染まっているのを見て、アランが苦笑いを浮かべる。きっとこの店はすぐに"王女殿下も召し上がったチーズケーキの店"として有名になることだろう。それくらいに王族の持つ影響力というのは絶大なのだ。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
更新お待たせして申し訳ありません。
新型コロナに罹ったり健康診断で引っかかったりとなかなか体調が安定せず…。
何とか間を空けずに投稿できるよう頑張ります。




