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「美味しい……!」
間もなくして出てきたのは、本にあったとおりスフレタイプのふんわりした食感のチーズケーキだった。口の中に広がる濃厚なチーズとさわやかに香るレモンの風味。舌触りもよく、いくらでも食べられそうな気がする。
「んん〜~~っ!!」
ルイーズに続いてケーキを口に入れたイレーヌが、頬を押さえて悶えている。
(この世界でこんなに美味しいチーズケーキが食べられるなんて……本当に幸せ)
おいしさのあまりキラキラと目を輝かせつつ、デュマ夫人に叱られそうなハイペースでチーズケーキを口に運ぶルイーズを見て、隣のアランも嬉しそうに目じりを下げた。
「ここに来ることができて本当に良かった。君のそんなに嬉しそうな顔が見られて僕も嬉しいよ」
「ありがとう、アラン様。これが日持ちするなら王都に持って帰りたいくらいよ」
「うーん、そうだね……。ロッシュブール公爵領ぐらいなら運べるんじゃないかな?」
「でも……サン=セクーレまでは2日はかかるのよね? 今は夏だし、さすがに厳しいんじゃ……」
「まぁ、普通に考えればそうかもね。でも、氷魔法を使えば大丈夫なんじゃないかな?」
「確かにそうだけど……」
アランが水の属性持ちだとは聞いていないから、もし氷魔法を使うとしたらファーブル子爵かルイーズ自身ということになる。ルイーズは基本的に自己防衛の場合のみ魔法を使用しても良いと父である国王から告げられている。……ということは、残りはファーブル子爵にお願いするという一択だ。
(……いやいや、さすがに無理でしょ。護衛のために身を隠しているのに、チーズケーキを持ち帰るために呼び出すなんて)
「……やっぱり難しいと思うわ。私は魔法の使用を制限されているし、ファーブル子爵にお願いするのは……」
「明日の出発までにここに取りに来てもらえばいいんじゃない?」
「う~ん……」
周りに迷惑をかけたくないと悩む婚約者の姿を見て、アランが愛しそうにグレーの瞳を細める。
この国の王女である彼女は、本来ならば一言命じればこれくらいの我儘を通したところで問題にはならないはずだ。気に入った人物に危険な惚れ薬を使おうとする何処かの侯爵令嬢に比べれば、チーズケーキを持ち帰りたいなんて可愛らしいものだ。
(……まあ、そこがいいところなんだけどね)
伯爵令嬢として育った遠慮がちな彼女を「王族らしくない」と揶揄する声があることは知っている。昨日の晩餐で失礼発言を連発した令嬢が属している派閥などはその代表といえる。
しかし、アランはそんなルイーズの慎み深い性格をとても好ましく思う。だからこそ尚更、ささやかなその願いを叶えたいと思ってしまうのだ。
(このままでは埒があかないし、とりあえず持ち帰りは一旦諦めたフリをして、後でこっそり子爵にお願いしよう)
まだこの後に訪問先が残っているし、自分としてはそちらの方が今日のメインなので、あまりここで粘るメリットはない。アランは素早く頭を切り替えると、ルイーズににっこりと笑いかけた。
「……分かったよ。じゃあ持ち帰りは諦めよう。もしよければこの後教会まで少し歩きたいんだけど、大丈夫かな?」
チラリと後方を窺ったルイーズが、マルセラの表情を確認してから頷いた。
「ええ、大丈夫よ。とても歴史ある教会なのよね。楽しみだわ」
「うん、僕もだよ」
ルイーズを中心にして右側にアラン、左側にイレーヌが並び、そのすぐ後ろにマルセラが付き添う形で市街地を歩いて行く。少し離れた場所から第三近衛騎士団副団長デュカスとアランの従者アデルが、そしてその2人からも分からない位置から魔導士であるファーブル子爵が警護についてくれている。
こうしてルイーズ達が昼下がりの市街地を4半アルス(15分)ほど歩いた先に、二つの尖塔を持つ大きな建物が見えてきた。
グランシェール王国に特定の宗教はなく、教会や礼拝堂は主に冠婚葬祭のための施設として存在している。他の大陸を含めて神の存在を信じる国や民族は多いが、グランシェールの国民が心の拠り所として敬う存在を強いて挙げるとするならば、初代国王であるシャルル1世がそれにあたると言える。
歴史的な書物によると、国内でシャルル1世が生涯で訪れた地に教会が建設され、だんだんとそれが派生していって現在の形になったと伝えられている。ここディエルネにあるのが、建国当初からある最も古い教会のうちの一つ、サン=イグナチオ教会だ。
「ようこそお越しくださいました、王女殿下。どうぞお入りください」
「ええ。ありがとう」
教会の入口で待っていた若い司祭に案内されて中へ入ると、すぐに奥の部屋へと通された。
質素ながらも年月を感じさせる応接室のような部屋で待っていると、程なく赤い司教服を着た年配の男性が現れた。
「王女殿下、サン=イグナチオ教会へお越しくださいまして心より感謝申し上げます。わたくしはこの地で司祭職を賜っております、プレリエと申します。この度は殿下をお迎えすることができ、誠に光栄に存じます」
「ご歓待ありがとうございます、プレリエ司教」
「こちらに王族の方がいらっしゃるのは、国王陛下が王太子であらせられた時以来でございます。きっとシャルル大王様も喜んでおられることでしょう」
「そうだと嬉しいですわ。……こちらのステンドグラスはとても美しいことで有名だそうですね。少し見て回りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんでございます。本日の午後は一般の立入を禁止しておりますので、どうぞ心ゆくまでご覧下さい」
「どうもありがとうございます」
司教自ら案内してくれるという申し出があったものの、プライベートということで丁重にお断りした。シャルル1世の建国物語が表現されているというステンドグラスを見ながら感嘆の声を上げつつ、ゆっくりと教会の中を回っていく。
「見てごらん、ルイーズ。あの真ん中にいる目が青い人物がシャルル1世、そして彼の周りにいる3人がのちに公爵となった仲間達だよ」
「ロッシュブール家の先祖はどの人なのかしら?」
「言い伝えでは右側の人物らしいね」
「あの大きな槍を持っている人?」
「うん。初代ロッシュブール公爵は槍の名手だったんだって」
「へぇ、そうなのね」
「我が家の宝物庫には『伝・初代の槍』が飾ってあるよ。本物かどうかは分からないけどね」
そんな会話をしながらちょうど一周して元の場所に戻ってきたところで、アランがルイーズの手を取った。
「……ここへ来たらやりたいと思っていたことがあるんだけど、少しだけ付き合ってくれる?」
「ええ、いいけれど」
「ありがとう。こっちだよ」
ルイーズの手を引いて祭壇の方へと歩いていくアランは、珍しく少し緊張した顔をしている。
(わざわざ祭壇の方へ行って何をするつもりなのかな?)
アランの緊張した顔を見て、何だかルイーズまでドキドキしてきた。2人が祭壇の前に立つと、アデルが後ろからアランに小さな箱を手渡した。箱からゴソゴソと何かを取り出したアランがルイーズにニッコリと笑いかける。
「ルイーズ。左手を出してもらえる?」
「……? こう?」
「うん、それでいいよ」
「……っ、アラン様!?」
目の前で徐に片膝を付いたアランに、驚いたルイーズが声を上げる。が、既視感のある光景に彼の意図を察して大きく息を呑んだ。
「ルイーズ・ド・ラ・グランシェール殿下。貴女との婚約の証として、どうかこちらをお受け取りください」
跪いたアランがそっとルイーズの手を持ち上げる。それから、もう片方の手に持ったリング状のものをゆっくりと慎重にルイーズの指に通した。
細身のプラチナリングの真ん中には、大きな濃い青色の宝石。ロイヤル・サファイアと呼ばれる、サファイアの中でも特に希少とされる石だ。その両側にパヴェダイヤをあしらったシンプルながらも気品を感じさせるデザインの指輪を、ルイーズは一目で気に入ってしまった。
「すごく綺麗……」
「気に入ってくれた? 本当は公爵領に着いてから渡そうと思っていたんだけど、ここが王家とロッシュブール家両方に所縁のある教会だと分かってね。せっかくだからここで渡すことにしたんだ」
「え、そうなの?」
「うん。ベネディクト王とマグリット妃が2人でここを訪れたことがあるらしいよ」
「そうだったのね……」
ベネディクト王は樱花妃の息子、そしてマグリット妃はロッシュブール家の出身だ。お互いにとって所縁のある教会でわざわざ婚約指輪を渡してくれたアランの心遣いをルイーズは素直に嬉しいと感じた。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
更新お待たせしていて申し訳ありません。
年明けからの繁忙期の前にあと何話か投稿できるといいのですが……。
とりあえず無理のないよう頑張ります。




