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この旅に先立って父アレクサンドル国王から明かされた話は、ファーブル子爵の話以外にもう一つあった。なんと驚くべきことに、ルイーズが東の国の「巫女姫」かもしれないというのだ。そのせいなのか、公爵領行きが決まってすぐに東の国の皇帝からルイーズを妃に迎えたいという申し出があったそうだ。
全属性魔力持ちのルイーズを国外に嫁がせることなど言語道断…とはさすがに言うことができず、尤もらしい理由をつけて断ったらしい。しかし、彼の国にとって巫女姫というのは国の繁栄のために必要な存在とされている。一度断られたくらいでは諦めないだろう、というのが父王やガルニエ公爵の意見だった。
東の国がどんな手段を取って来るか分からない以上、特殊能力を使える者が側にいた方が安心だということで、ファーブル子爵が護衛に選ばれることとなった。ロッシュブール公爵領に到着後は、同じく魔導士団に属するギャレット辺境伯の弟も合流することになっている。
(まさか……アラン様が命を落とすのって、私を守ろうとしてだったりするんじゃないでしょうね……?)
ゲームの中では、"馬車の事故"とだけしか出て来ず、詳しい事故の状況までは語られていなかった。もし、危険な目に遭ったルイーズをアランが助けようとして命を落としたのなら、自分が一緒に着いてきたことが却って逆効果になってしまう。その可能性に思い至って、ルイーズは血の気が引くのを感じた。
(でも、ここまで来て帰りますというわけにもいかないし……実際に、私が来たことで何が変わっているのかも分からない)
要するに、これまでどおり自分にできることをやるしかないのだ。決意が鈍らないようにグッとお腹に力を入れてから、ルイーズはアランに微笑みかけた。
「……ありがとう。でも、アラン様が私を守りたいように、私もアラン様を守りたいと思っているのよ。だから、大したことはできないかも知れないけど……私にもアラン様を守らせて?」
ルイーズの言葉を聞いて、アランが驚いたように目を瞠った。それから、とても嬉しそうに目尻を下げたかと思うと、蕩けるように甘い笑顔を浮かべた。
「ああ……やっぱり僕のルイーズは最高だな。本当にまだ手を出せないのが惜しいくらいだ」
「……っ」
(まさかそんなことはないとは思うけど……『君バラ』って全年齢対象のゲームだったわよね……?)
アランの発言にプチパニックに陥りかけているルイーズに、更なる追撃がかけられる。
「……でも、これくらいはいいよね?」
「え…………っ!?」
小さな呟きに聞き返したルイーズにアランの綺麗な顔が近づいたかと思うと、温かく柔らかいものが唇に触れた。それはすぐに離れてしまったものの、魔石の仄かな光でも分かるほどに頬を赤く染めたルイーズに向かってアランが嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ……ごちそうさま」
「…………」
「……ルイーズ?」
「…………」
「うーん、ちょっと刺激が強すぎたかな……?」
赤い顔で固まったまま動かないルイーズを見て、アランが苦笑する。
「いつまでもそのままだと、もう一回キスするよ?」
「っ!?」
色気たっぷりに微笑みながら、アランがルイーズの唇に指先で触れる。ようやく我に返ったルイーズが、バッとアランから離れて唇を手で押さえた。
「アラン様……ここ、外ですよ……!」
「外じゃなきゃいいの?」
「そ、そういうわけじゃないですけど…」
「けど……何?」
「いえ、その……」
「もしかして、嫌だった……?」
眉尻を下げたアランが寂しそうに問いかける。傷ついたようなその表情を見て、ルイーズが慌てて顔の前で手を振った。
「違います!嫌じゃありません!」
「………本当に?」
「はい!」
「そう……よかった。僕はルイーズとキスできて嬉しいよ」
「………わ、私も……嬉しい、です……」
まるで砂糖菓子を溶かしたように甘い笑みを浮かべるアラン。ルイーズも恥ずかしいながらも正直に答えると、今度はアランが目を細めて悪戯っぽく微笑んだ。
「じゃあ、もう一回してもいい?」
「えっ……それは、ちょっと……」
「……ダメ?」
「ええと、その……今はまだ少し……恥ずかしいので……」
しどろもどろに答えるルイーズを見て、アランが楽しそうに笑った。
「……分かった。今はとりあえずこれで我慢しておくよ。……でも王都に戻るまでには、もうちょっと慣れてもらわないとね」
「え…?」
ほんの少し唇が触れただけなのに、まるで雷に打たれたかのように全身に甘い痺れが走って、しばらく動くことができなかった。
(こんなのに慣れる日が来るなんてとても思えない……)
俯くルイーズの手に指を絡めて、耳元でアランが囁く。
「……そんなに恥ずかしい?」
「はい……」
「そうか。……ねぇ、ルイーズ。さっきから言葉づかいが戻ってしまってるんだけど、気づいてる?」
「あ……っ」
アランには砕けた口調で話してほしいと言われているが、緊張したり慌てたりすると、つい以前の癖で敬語に戻ってしまう。素直で可愛らしいところは王女になっても変わらない婚約者に、思わずアランも口元が緩んできてしまう。
「ルイーズ、明日どこか行きたいところはある?」
「……ええ。来る時に大きな城門を抜けたと思うのだけれど、ディエルネは旧市街地が城壁で囲まれているのよね?」
「そうだね。僕達がいるこの城は街を見下ろせる高台に位置していて、要塞の役割も果たしているからね」
「城壁に登ることはできるかしら?もしできるなら、少し歩いてみたいのだけれど」
「うん、できると思うよ。観光名所になっているはずだから、特に許可も要らないんじゃないかな」
「よかった!………あと、この辺りは酪農が盛んで乳製品が美味しいと聞いたの。有名なチーズケーキ屋さんがあるらしいから、もし無理でなければ食べてみたいのだけれど」
「チーズケーキか……」
思案するように顎に手を当てているアランに、ルイーズが慌てて付け足した。
「無理ならいいの。私が行くとなると警備も大変だろうし、毒見役も必要になるから」
「それはこちらで何とかするから大丈夫だよ。……うん、分かった。マクシム殿に聞いてみよう」
「……本当?行ってもいいの?」
「もちろん。僕もルイーズと一緒にチーズケーキを食べたいしね」
「ありがとう!」
嬉しそうにお礼を言うルイーズを見て、アランも自然と笑顔になる。
「喜んでもらえてよかった。その代わりと言ってはなんだけど、僕の行きたいところにも付き合ってもらっていいかな?」
「ええ、もちろん!何処に行きたいの?」
「街の中心から見て城とは対角線上にある教会なんだけど」
「あ、そこ私もいいなと思っていたの!ステンドグラスが有名な教会よね?」
「うん、そう。……じゃあ初めに城壁に登って、チーズケーキを食べた後に教会に行くってことでいいかな?」
「ええ!とても楽しみだわ」
「僕もだよ。……ルイーズとデートするのは、この髪飾りを買った時以来じゃないかな?」
「そう言われればそうかも……」
「あれからもう3年も経つのか……。ここまで長かったけど、ようやくこうして堂々と君の隣に立つことができるようになって、本当に嬉しいよ」
「アラン様……」
ランタンの薄暗い灯りに照らされたグレーの瞳にじっと見つめられて、目を逸らすことができない。だんだんと近づいてくる綺麗な顔にルイーズが目を閉じようとしたところで、アランがピタリと動きを止めた。
「……今日はもう遅いから、そろそろ戻ろうか」
「ええ……そうね」
先に立ったアランが、ルイーズが立つのを待ってからサッとベンチに敷いたハンカチを仕舞う。そういった所作の一つ一つが洗練されていて、いつ見ても惚れ惚れしてしまう。
アランとの甘いひとときにフワフワした心持ちのルイーズは、後方の茂みの方をジロリと睨んだアランには気づかなかった。
(アラン様はルイーズ様のことになると、急に心が狭くなるよな……)
帰りの時刻になっていることを知らせるために茂みから顔を覗かせたのだが、主人の機嫌を損ねてしまったようだ。アデルは2人を数歩後ろから追いつつ、小さく溜息をついたのだった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
週一で更新してきましたが、書き溜めた分が底をついてしまったので、しばらくまた不定期になります。
前回の後書かでも告知しましたが、新連載を始めています。
「魔女か、聖女か〜魔女と言われて国を追われましたが、実は前世で聖女でした〜」というタイトルになります。
よろしければ少しでも覗いてやっていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!!




