6
ルイーズとアランを前にして平身低頭のマクシムとアランに脅されて怯えるロレーヌに挨拶をして、ルイーズ達は各々の部屋へ戻るために食堂を退出した。ルイーズが部屋へ入ろうとすると、アランがルイーズの手をそっと握った。
「湯あみを終えたら、庭を散歩してみない?」
「いいの?勝手に敷地の中を歩きまわっても」
「大丈夫だよ。マクシム殿には許可をとっておいたから」
「そうなのね」
マクシムに話があると言っていたのはこのことだったのかと思いつつ頷くと、アランが指を絡めながらルイーズの耳に唇を寄せた。
「…じゃあ、またあとで」
「っ……はい……」
チュ、と耳にキスをされて、思わず肩を揺らしてしまう。そんなルイーズを見て嬉しそうに微笑んでからアランは手を離した。
湯あみを済ませて髪を乾かしてもらっていると、コンコンとノックの音が聞こえた。水色のシンプルなサマードレスに着替えたルイーズを見て、アランが目を細めた。
「…もしかして、その髪飾りは……?」
「ええ。アラン様からのプレゼントよ。ブルー系で色が合うかと思って」
「夏らしくていいね。すごく似合ってる」
「ありがとう…」
手放しで誉められて、くすぐったいような気持ちになる。アランはよくこうやってルイーズを誉めてくれるのだが、どちらかというと以前ローランと話していた時のような塩対応が標準仕様らしい。…というのは、キャシュフォール侯爵家のブリジット情報である。
当たり前のように手を繋いで部屋を出ると、アランが「こっちだよ」とルイーズを先導してくれた。昼間にマクシムに案内してもらったということで、ルイーズの手を引いて迷いなく進んでいく。庭の所々に雷の魔石を使ったランタンが置いてあり、足元を照らしてくれるおかげで躓いたりせずに歩くことができる。四半アルス(約15分)ほど歩いて大きな噴水の前に着いたところで、ベンチに座ろうとアランが言い出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
きちんとハンカチを敷いてくれてさすが公爵令息だなと感心していると、アランが少し離れたところにいるアデルを見た。
「……?」
どうしたのかとルイーズが首を傾げていると、アデルがススッと何歩か後ろに下がった。こちらからは見えない木の陰までアデルが移動すると、隣に座っていたアランが座る位置をずらしてぴったりと寄り添うような格好になる。
(ち、近すぎる……!!)
夏ということもあり薄手の服装のため、触れている腕にアランの体温を感じる。緊張と恥ずかしさとでつい体に力が入ってしまったルイーズに、アランがそっと囁いた。
「さっきのルイーズ、堂々としていて素敵だった。とても凛々しくて……すっかり惚れ直してしまったよ」
「そ、そんなことないわ……」
耳の側でそんなことを言うものだから、顔に熱が集まってきてしまう。照れているのを見られたくなくて俯いたルイーズに、アランが追い打ちをかける。
「あの令嬢の失礼な発言を、君はずっと黙って聞いていただろう?君は自分のことに関してはすごく謙虚で我慢強いから、僕が代わりに怒ろうと思っていたんだけど」
「……ごめんなさい。最後まで我慢できなくて」
「いいや、君は大人でもできないほど我慢強かったよ。君が怒ったのは、君自身ではなくて母君を侮辱されたからだ。……こんなに立派で素敵なお姫様が僕の婚約者だなんて、本当に誇らしいよ」
「アラン様……」
アランの言葉が嬉しくて顔を上げたルイーズは、自分を見つめる真剣な瞳にドクンと大きく鼓動が跳ねるのを感じた。
(どうしよう……ドキドキが止まらない……!!)
鼓動の音がアランにまで聞こえてしまいそうで恥ずかしくて仕方ないのに、じっと見つめるグレーの瞳から目が離せない。そのまま数秒の間見つめ合っていると、アランが嬉しそうに目を細めてから包み込むようにルイーズの体に腕を回した。
「真っ赤な顔しちゃって……あ〜、もう可愛くてたまらない」
真っ赤な顔のルイーズを抱きしめたアランの声がとても嬉しそうで、さらに恥ずかしさが増していく。
「ルイーズの髪、いい匂いがする」
スンッと頭の上の方で鼻を鳴らす音がしたかと思うと、今度は髪に唇が押しつけられる気配がする。アランの動きがいちいち甘すぎて目眩がしそうだ。
「これは……薔薇の香り?」
「う、うん…」
「甘い香りに酔ってしまいそうだ……」
(甘いのは貴方の方だってばーーー!!)
チュ、チュ、と髪に口付けながらそんなことを言われて、ルイーズはくすぐったさと恥ずかしさに身を竦ませる。旅の間に使うようにと、義母ジャクリーヌから愛用のバラのアロマオイル入りシャンプーを持たされたのだ。
(この国の婚約者って、子供同士でもこんなにスキンシップが多いのかしら…?)
友人達が婚約者とどれくらい親密なのかということまでは、さすがに聞いたことがない。アランの言うイチャイチャに今の行為も入っているのだろうか?などと考えていたルイーズの耳に、頭の上からアランの声が聞こえてきた。
「ねぇ、ルイーズ」
「……はい」
今までとは雰囲気の違う真剣な声音に、自然とルイーズにも緊張が走る。何を言われるのかと身構えていると、ふうっと大きくアランが息を吐いたのが分かった。
「実はね……公爵領行きの条件を聞いた時、一度は君との旅行を諦めかけたんだ。いくら君が王女だといっても無理だろうというのが大方の意見だったし、正直に言うと僕もそう思っていた」
国境の治安に不安があるロッシュブール公爵領行きを許可するために、ルイーズの父親である国王が提示した条件はただ一つ。"国王である自分と手合わせをして、一撃でも入れること"というものだった。
ロッシュブール王国における王家というのは建国当初からずば抜けて多くの魔力を持つ血統であり、通常の貴族の子女よりも早い年齢から本格的な魔法教育を受けるため、ある意味最強の魔法集団とも言える。その頂点に立つのが言わずと知れた国王であり、その人物に攻撃を当てるなど無謀以外の何物でもない。──というのが、アランをはじめとする周りの人間の見方だった。
しかし、ルイーズには対国王の秘策があった。ルイーズは、自分が本当は王太子アンリの子──すなわちガルニエ公爵家の血を引いている──ということに、しばらく前から気づいていた。恐らくそのことを知らないであろう父は、まさかルイーズがガルニエ家の血を引く者にしか使えない《空間魔法》を使ってくるとは夢にも思わないだろう。狡いやり方だという自覚はあったが、ロッシュブール公爵領に行くために背に腹は代えられない。とにかくその一心だった。
「でも君は、大方の予想を裏切って公爵領行きを勝ち取った」
(そういえば、お父様の許可を貰ったと聞いてアラン様すごく驚いていたわ)
公爵領行きが決まった時の様子を思い出しているルイーズの髪をアランがそっと撫でた。
「君が魔導士団の重鎮達と訓練をしていることや、ミレージュ家の当主に護身術を習っていることは知っている。そこまでして僕と公爵領に行こうとしてくれたことが本当に嬉しいよ。……いや、嬉しいなんて言葉じゃ言い表わせないほど、僕には身に余る幸福だと思ってる」
「そんな……ただ私は──」
「うん、わかってる。君にそんな大げさな意図なんてないことは、分かってるんだ。それでも言わせて欲しい。……一緒に来てくれてありがとう、ルイーズ。国王陛下にも引けを取らないほどの実力の持ち主である君なら、きっと自分の身を自分で守るくらいは出来るだろう。でもせめて僕が側にいる時だけは、僕に君のことを守らせてくれないか?」
「アラン様……」
抱きしめていた腕を緩めて、アランが顔が見える位置まで距離を取る。グレーの瞳にじっと見下ろされてドキドキしながらも、ルイーズは嫌な仮説が湧き上がってくるのを止められずにいた。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
活動報告にも書きましたが、「小説家になろう」「小説を読もう」のトップページにある『今日の一冊』というコーナーに、この作品が紹介されております。
10話くらいまでのあらすじと主な登場人物の紹介が載っております。
もしよろしければお目通しいただけると幸いです。
また、新連載も始めました。
「魔女か、聖女か〜魔女と言われて国を追われましたが、実は前世で聖女でした〜」
こちらも覗いてもらえると嬉しいです!
作品HP → https://ncode.syosetu.com/n9105hp/
よろしくお願いいたします!!




