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ディエルネの市街地に入りそろそろ領主の館に到着しようという頃、馬車で隣に座っていたアランがふと問いかけた。
「ねぇ、ルイーズ。今日も晩餐のあと君の部屋に行ってもいいかな?」
「あとっていうのは、つまり……」
「うん。ルイーズが考えてるとおりだよ」
「……!」
アランの言葉に、カァッと顔が熱くなる。
この旅行が始まってから3日目だが、アランは昨日、一昨日と二晩続けて就寝前に宿屋のルイーズの部屋を訪れた。湯浴みをしてからは部屋着──とはいっても飾り気のないワンピースだが──に着替えるので、なんだか気恥ずかしくて初めは会うのを断った。
しかし、せっかくの機会に少しでも長く一緒にいたいというアランの熱意と、アランの普段着も見てみたいという自分自身の欲求に抗えず、結局は面会をオーケーしてしまったのだ。その結果、シンプルな白シャツと緩めのスラックスというこの上なくラフな服装のアランも、とてつもなく格好いいということが判明したのだが。
(部屋に来たいと言われて、真っ先に夜の時間帯を想定してしまった自分が恥ずかしすぎる……)
赤面しているルイーズを見たアランが、耳元でそっと囁く。
「サン=セクーレに着いたら、もっと一緒に居られるね。楽しみだな」
「……っ」
(アラン様の声がセクシー過ぎる……!!)
声変わりし始めたのか、最近になって少しハスキーになってきたアランの声。くすぐったさも相俟ってルイーズが思わず身を竦ませると、耳のそばでクスリと笑う気配がした。
「本当に可愛いな。食べてしまいたいくらいだ」
「もう……っ、そうやってまた私を揶揄うんだから……」
「揶揄ってなんかないさ。ルイーズといられるのが嬉しくて、ついはしゃいでしまうだけだよ」
「はしゃぐだなんて、アラン様に限ってそんなこと……」
「……ないと思う?僕はそんなに感情に乏しいように見えるかな?」
「そっ、そういう意味では」
「ふふ、分かってるよ。……でも、僕だってまだ子供だからね。はしゃぐことぐらいあるさ」
(子供はあんなセクシーボイス出さないと思うんですけど……)
思わず心の中で突っ込んでしまったのは仕方ないと思う。婚約者に内定してからというもの、アランは甘い態度を隠そうともしなくなった。……いや、以前から隠そうとはしていなかったが、甘さの度合いが数段パワーアップしている。
(これが前に言っていたイチャイチャってやつなのかしら…)
13歳と11歳がイチャイチャするなんて前世の日本なら問題視されそうな構図だが、この世界……特に貴族の場合は特に珍しいわけでもない。ましてやアランとルイーズはこの国の中で最高位に近い身分の婚約者同士なのだ。口出しできる者などごく僅かに限られる。……まぁ、砂を吐きそうだと心の中で思っている者はいるだろうけれど。
「明日と明後日はディエルネに滞在予定なのよね?」
「うん、そうだね。何かやりたいことがあるの?」
「……もしできれば、少し街を見て歩きたいの。護衛の手配とか大変でなければ」
「それは侯爵領の人員を使わずにこちらで何とかなるんじゃないかな。僕も一緒に行くし」
(いやいや、それだとさらに護衛を増やすだけでしょうに)
ルイーズの考えていることを察したのか、アランが軽く片方の眉を上げた。
「……僕が行かない方がいいかい?」
「いえ、そうじゃなくて。ただ、護衛をゾロゾロ引き連れて行くのはちょっと……」
「それなら僕の方はアデルだけ、君はマルセラとイレーヌ、デュカスの3人でどうかな?アデルとデュカスには見えないところから付いてきてもらおう。そうすれば、ただの貴族の子女が出かけているだけに見えると思うよ」
「確かに、それならいいかも」
「うん、じゃあそれで決まりだ。今日のうちにアデルとデュカスにコースを見繕わせよう」
「あっ…できればデュカスだけでなく、マルセラも入れてもらえる?」
「ああ……そうだね。いつも君と行動を共にしている彼女の意見もあった方がいいね。わかった、そうするよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
にっこりと笑ったアランが、嬉しそうにルイーズの髪にキスを落とす。さりげないその仕草にドキドキしながら、ルイーズはメルヘンチックなディエルネの街並みを眺めていたのだった。
◇◇◇◇◇
「ようこそヴァンドール侯爵領へお越し下さいました、王女殿下。侯爵の甥にあたります、マクシムと申します。この館にご滞在いただけることを光栄に存じます。私では力不足かと存じますが、父に代わりまして精一杯おもてなしさせていただきます」
歳の頃は20歳前後だろうか、出迎えてくれた玄関で深々と頭を下げた鳶色の髪の青年に、ルイーズはにっこりと笑顔を浮かべた。
「お出迎えありがとうございます、マクシム様。頼りになる次期当主殿がいらっしゃって本当に心強いですわ。手間をおかけしますが、滞在中はどうぞよろしくお願いしますね」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます。……アラン殿も我が領に足をお運びいただきありがとうございます」
「こちらこそ、お忙しい時期のおもてなし感謝いたします」
ルイーズをエスコートするアランが、マクシムに頭を下げる。今回の訪問にかかる費用は、全面的にロッシュブール公爵家が負担することになっている。とはいえ、必要なものの調達や使用人の教育などやることは山積みだっただろう。逆にここでのもてなしの評判次第では、王家やロッシュブール公爵家へのパイプができる格好のチャンスともなり得る。
いずれにせよ、領地を任されている分家にとってはかなり荷が重いことには違いない。ここでルイーズが取る態度として正解なのは、申し訳ないと頭を下げることでなく、歓待を心から労うことである。大まかなことについては事前に当主同士で話がついているようで、あとは滞在中の寝食や警備など具体的な話をこれからすることになるらしい。
「これから女中頭と話をして参りますので、殿下はお食事の時間までイレーヌとお部屋でお待ちください」
「分かったわ。……ねぇ、マルセラ。貴女あまり顔色が良くないようだけれど、もしかして馬車に酔ったのではない?」
「いえ、わたくしは大丈夫です。では、また後ほどお迎えに参ります」
「ええ」
きっちりとお辞儀をして去って行くマルセラに、違和感が拭えない。一見するといつもと同じように見えるが、なんというか……普段よりもさらに表情が硬いような気がしたのだ。
(……ん?マキシム様が見ているのって……)
ルイーズ達の下を離れて行くマキシムの視線の先にいるのは、女中頭と共に廊下を歩いていくマルセラ。明らかに目で追っていると分かる彼の表情に苦渋の色が滲んでいるのを見て、ルイーズは思わず目を見開いた。
「………絶対、見てましたよね。しっかりガッツリ、ガン見ってやつですね」
「!?」
背後で呟かれた声に驚いて振り向くと、イレーヌがマクシムを視界に入れながら目を細めていた。
「イレーヌ…びっくりさせないでよ」
「申し訳ありません。……ですが、明らかに怪しいですね。あれは絶対何かあります。ルイーズ様もそう思われますよね?」
当のマクシムは、廊下の向こうへと消えてしまったマルセラを名残惜しそうに見たあと、さっと踵を返して執事らしき熟年の男性に指示を出し始めた。
「そうね……確かに怪しいわね。マルセラの様子も少しいつもと違うし、もう少し様子を見てみましょう」
2人は歳が近いようだから知り合いの可能性もあるし、そうでない場合も含めて様々なパターンが考えられる。そう思っていると、マクシムと話していた男性がこちらへ歩いてきて深々と頭を下げた。
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