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「畏れながら王女殿下に申し上げます」
「ええ、なにかしら」
「この館の家令を務めておりますランスと申します。これから殿下にご滞在いただく部屋にご案内いたします」
「わかったわ」
「では、こちらへお願いいたします」
ランスに先導される形で、ルイーズ達はぞろぞろと移動を始めた。少し離れたところでは、ルイーズの護衛である第三近衛騎士団の副団長デュカス、第二王国騎士団の団長ミュレット、それからリュックの父親である魔導士団のドミニク・ファーブル子爵が、侯爵領の騎士団らしき制服を着た人達と挨拶を交わしていた。
未来の舅が同行するということで、イレーヌは当初かなり緊張した様子だった。しかし、近衛騎士や王国騎士に混じって騎乗する等、ファーブル子爵が完全に護衛に徹しているため、ここまではほとんど言葉を交わすこともなかった。由緒ある魔導士の家系であるにも拘らず一歩引いたような子爵の態度には理由があることを、ルイーズは父王アレクサンドルから聞いて初めて知った。
(まさか、お爺様とレオン様が亡くなったのがファーブル子爵の弟のせいだったなんて……)
『君バラ』ではどうなっているのかイレーヌに聞いてみたところ、やはりリュックのルートはその話がメインとのことだった。ファーブル家特有の《幻覚魔法》を悪用したことで2人が命を落としたこともあり、ファーブル子爵は《幻覚魔法》の使用に嫌悪感を抱いている。そのため、魔法の研究に興味があるリュックの行動を制限しようとして、親子の仲は険悪になっていく。しかも、死んだと思われていた子爵の弟ミシェルがまだ生きていて、何故か今度はリュックと恋仲となるヒロインに目をつけて彼女を手に入れようとする──。
──というのが『君バラ』におけるリュック・ルートのストーリーだそうだ。知っていたならどうして教えてくれなかったのかと尋ねてみたところ、「別に隠していたわけじゃないんです!ミシェルが横恋慕していた令嬢もその婚約者も名前は出てこないんですよ〜。だから、まさかルイーズ様のお母様だったとは思いもよらなくて…」という答えが返ってきた。
(どうせなら、ミシェルが横恋慕していた令嬢がヒロインの母親で、彼女によく似たヒロインを手に入れようとする、とかの方がストーリーとしてしっくりくるのに。ヒロインが実は王女だったなんて、小説とか乙女ゲームにはよくありがちだし)
ヒロインの生い立ちが複雑なのはストーリー上納得できるが、ただの脇役であるルイーズにここまで複雑な設定は必要ないはずだ。
まぁそれはさておき、ゲームではリュックの婚約者はジャックの従姉妹でルイーズの友人でもあるレイラとなっているが、この世界ではイレーヌが婚約者だ。魔法への興味が薄く毒舌のレイラとリュックはあまり気が合いそうにないが、イレーヌとの仲は良好なようだし、この先ヒロインであるマリベルがリュックと恋に落ちる可能性は低い気がする。
(子爵が私の護衛に選ばれたことをあまり喜んでいなかったのは、多分ソフィーお母様との因縁のせいよね)
そんなことを考えながらふと視線を移すと、ファーブル子爵達とは少し離れたところで、アランと従者のアデルが何やら話し込んでいた。アランはこの後どうするのかなと思っていると、ルイーズが見ていることに気づいたアランがアデルとの話を中断してこちらに歩いてきた。
「ルイーズ。これから部屋に行くんだよね?」
「ええ」
「僕達の部屋は隣同士みたいだね」
「そうなの?」
「うん。……僕は少しマクシム殿と話があるから、また晩餐の時に会おう」
「ええ、また後で」
チュ、とルイーズの頬に軽くキスを落とすと、何もなかったかのようにアランは再びアデルのところへと戻って行った。その一連の動きがあまりに自然で、ルイーズは全く反応できない。
(なに、今の……?不意打ちなんて聞いてない……!)
「……ルイーズ様。大丈夫ですか?」
「えっ、と……お部屋に行くんだったわよね」
「はい。お気持ちはわかりますが、どうかお気を確かに」
「……そうね」
イレーヌと小声でそんな会話を交わしていると、家令のランスをはじめ侯爵家の使用人達から微笑ましいものを見るような視線を向けられていることに気づいた。
(うわ……恥ずかしい……)
「……失礼したわね。お部屋に案内して下さる?」
気を取り直してランスに笑みを向けると、全て分かっていますと言わんばかりの笑顔を返された。
通されたのは、貴賓室と思われる天井が高くて広い部屋だった。応接間の奥にベッドルームやバスルームがあり、見るからに高価そうな家具や新品であろうリネン類などが置いてある。前世でいえばホテルの最上階にあるスイートルームのような部屋を見て、イレーヌが目を輝かせた。
「さすがに侯爵家ともなると、貴賓室も豪華ですね!ヴァリエ子爵家には、こんな広い部屋なんてありませんよ」
「本当に私にはもったいないくらい……と言いたいところだけど、せっかく用意してもらったのだからご厚意に感謝しなきゃね」
「私、ルイーズ様の侍女になって良かったと思っているんです。ただの子爵令嬢では経験できないことができるんですから」
「そう?……そう言ってもらえると、何だかいいことをした気分になるわ」
「はい、十分にいいことをしていただいてます!」
嬉しそうに答えながら、イレーヌが荷解きをしていく。晩餐用のドレスを選んでいる時に、ルイーズは明日の外出についてイレーヌの意見も聞いてみようと思いついた。
「ねえ、イレーヌ。明日アラン様とディエルネの街を散策してみようと思うのだけれど、前に観光案内の本の話をしていたわよね?」
「はい。姉から借りてきたので今持っていますよ。ご覧になりますか?」
「ええ、いいかしら?」
「もちろんです!少々お待ちくださいね」
イレーヌが自分の鞄をゴソゴソと漁り始める。取り出した本に何枚か紙が挟んであるうちの一箇所を開きながら、ルイーズの方へとやってきた。
「ディエルネでの一押しは、このチーズケーキのお店です。スフレタイプのふんわりした舌触りが絶品らしいですよ」
「いいわね、美味しそう!他には何かある?」
「そうですね……他には、この地方特産の山葡萄のジュースとか、アップルパイもオススメですね。それから──」
「ちょ、ちょっとイレーヌ」
「──はい?」
「さっきから聞いてると食べ物ばかりじゃない。食べ物以外のものはないの?」
「うーん、食べ物以外ですか……」
首を捻りながらページを捲るイレーヌの手にある本は、よく見ると『グランシェール王国各地のおすすめグルメ』と書いてある。
基本的に口にするものには毒見が必要な身分なので、街に売っているものを買い食いしたり、その場で気軽にお店に入ったりすることはかなりハードルが高いのだ。観光名所のような情報が知りたかったのだが仕方がない。
(晩餐の時にでも、マクシム殿に聞いてみようかしら)
その後は、本に載っているロッシュブール公爵領内のお店や食べ物について2人で話したりしながら時間を過ごした。明日の予定や警備についての話が長引いているのか、結局晩餐の時間までマルセラが部屋に現れることはなかった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。




