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「アラン様、見て!この花、スズランよ。自生しているなんてすごいわ!」
「そうだね。少し摘んでいくかい?」
「じゃあ…少しだけ。……ん〜、いい香り」
野に咲く花を見つけては嬉しそうに声を上げるルイーズと、彼女を愛おしそうに見つめるアラン。先月、2人の婚約内定が宰相であるロッシュブール公爵により発表された。当初はルイーズの誕生日を待ってから発表する予定だったのだが、その前にロッシュブール公爵領行きが決まり、少々前倒しになったのだ。
「足元に気をつけて、ルイーズ」
「ええ。……っ、あ!」
「ああ…言った先から」
「ごめんなさい…」
元々ルイーズに対しては甘々なアランだったが、正式な婚約者となってからは甘さの度合いがさらに増してきたような気がする。その証拠に、躓きそうになったルイーズを支えるため伸ばされた腕に、あっという間に抱きすくめられてしまった。
「楽しそうな君を見ているのも好きだけど、あんまり冷や冷やさせないで?」
「は、はい…」
蕩けるような眼差しでジッと見下ろされて、ルイーズの顔に熱が集まってくる。照れているのが分かったのか、嬉しそうにクスリと笑われてしまった。
「照れてるの?……可愛い」
「アラン様…皆、見ていますから…」
「見てない時ならいい?」
「えっ、えっと……その……」
「ふふ…冗談だよ。……いや、そんなこともないかな」
「……?」
少しだけ迷うように視線を外したアランが、またルイーズを見て甘く微笑む。
「時間はたっぷりあるんだ、焦らずにいくよ。ただ婚約者となったからには、もう遠慮はしないからね。……覚悟してて」
「!?」
(か、覚悟って…どういう意味?私まだ11歳にもなってないんだけど!?)
意味深な言葉を囁かれたあと、耳にチュ、とキスが落とされる。唇が離れた後もしばらくその感触が残っているような気がして、ルイーズは思わず耳を手で押さえた。
(アラン様がませているのか…この世界の13歳がおかしいのか…どっちにしろ、このままじゃ私の心臓が持たない…!!)
プチパニックになっているルイーズを愉しそうに見下ろしていたアランが周りに視線を走らせると、護衛という名のギャラリーが揃って目を逸らした。唯一目を逸らさずにいた強者──アランの専属執事アデルが、ツカツカとアランとルイーズの方へと歩み寄ってきた。
「アラン様。そろそろ山を降りませんと、日が落ちる前にディエルネの街に着くのが難しくなります」
「分かった。……馬車に戻ろうか、ルイーズ。その前にスズランをもう少し摘んで行く?」
優しく尋ねられて、ルイーズはゆるりと首を振った。
「いいえ、大丈夫よ。戻りましょう」
「そう?なら行こうか。……ほら、しっかりつかまってて」
「もう、アラン様!ちゃんと一人で歩けるわ」
「僕が離したくないんだ。……ダメかな?」
「っ、じゃ、じゃあ…このままで」
(いいなぁ、ルイーズ様。やっぱり思ったとおり、激甘モード全開じゃん……)
少し離れたところでは、イレーヌがマルセラと共にルイーズ達の様子を見守っていた。ニコニコと嬉しそうなアランと顔を赤くしながら手を引かれていくルイーズを見ているだけで、胸やけを起こしそうだ。オタクとしては眼福なことこの上ないのだが、これを1ヶ月以上もずっと見せられ続けるのかと思うと、さすがにちょっと悲しくなってくる。
ふと隣を見ると、怖い顔で睨んでいるはずのマルセラは心ここに在らずといった様子で2人をぼんやり眺めていた。
(これまで散々反対してきたけど、とうとう諦めたのかな?っていうか………見てない?)
「あの、マルセラさん……?」
「……何か?」
「何って……今まではアラン様がルイーズ様に近づくのをあまり喜んでいませんでしたよね?」
「そうですね」
「何か心境の変化があったんですか?」
「いいえ、特には。……私達も行きましょう」
「は、はい」
さっさと歩き出したマルセラを早足で追いかける。侍女として働くようになってから半年以上経ったが、さっきのようにぼんやりしているマルセラを見たのは初めてだ。
よくよく考えてみれば、この旅が始まってからずっとアランはあの調子なのにもかかわらず、マルセラからの横槍はほとんど入っていない。しかも、王都を出てから日が経つにつれてその傾向が強くなってきている気がする。
(マルセラさん…体調でも悪いのかな?)
この旅はルイーズにとって、晴れて婚約者となったアランと共に居られる幸せな時間というだけでなく、今後起こるであろう悲劇を未然に防ぎゲームのストーリーを変える、というかなり難しいことに挑む旅でもある。何かあった時の戦力として頼りになるはずのマルセラの様子がいつもと違うことに一抹の不安を覚えつつ、イレーヌは馬車へと乗り込んだのだった。
◇◇◇◇◇
ヴァンドール侯爵領の都ディエルネは、山間にある美しい街だ。赤い屋根に煉瓦造りの家が建ち並び、街の中心にある噴水広場から放射線状に通りが走っている。前世のドイツにある有名な街にも似たメルヘンそのものの街並みに、ルイーズは馬車の中から目を輝かせた。
「わぁ…なんて可愛らしい街なの…!」
「ルイーズはこういう街が好きなの?」
「ええ!おとぎ話に出てくるみたいで、すごく素敵だわ」
興奮気味に返事をするルイーズを見ながらアランが呟く。
「そうか…こういう街が好みなのか……」
「……アラン様?」
「いや、なんでもないよ」
振り向いたルイーズに小さく首を振って、にっこりと笑顔を浮かべる。ロッシュブール公爵領の中でここに近い街並みはあっただろうかと思い起こしながら、アランはルイーズの手を自分の手で包み込んだ。
「そろそろヴァンドール侯爵邸に着くよ。前もって先触れを出しておいたから大丈夫だとは思うけれど、領地経営を任されている侯爵の弟夫妻まで王都に行ってしまっていたのは少し痛いね」
「それは仕方ないわ。むしろ、社交の季節と被ってしまって申し訳ないと思っているの。あまり負担をかけたくはないから街中のホテルでも良かったのだけれど…」
「そういうわけにはいかないよ。グランシェール広しといえど、王族の警備に十分なセキュリティを備えているほどのホテルは少ないからね。陛下から君を任されている以上、警備が手薄な場所への宿泊は避けなければならないからね」
「そうよね……」
自分が動くことによって多くの人を動かすことになるというのは、ある程度の地位の者には常に付き纏う宿命のようなものだ。伯爵令嬢として育ってきたルイーズも、そのことはもちろん知っている。しかし、頭で分かっていることとそれを当然のこととして受け入れることとは、また別だと感じる。
身分制度のない世界で生きてきた前世の感覚にどうしても引っ張られてしまう思考を切り替えようと目を閉じると、握られた手に少し力が込められた。
「アラン様…?」
「大丈夫だよ、ルイーズ。君はそのままでいい。僕は君の全てを愛おしく思っている。そのことだけは忘れないで」
「……はい」
サラリとものすごく熱烈な告白をされたような気がする。握られた手だけでなく、全身が熱を持っているように火照ってくるのを感じながら、ルイーズはふわりと微笑んだ。
(アラン様は、いつも私が欲しい言葉をくれる)
ルイーズの葛藤を分かっていて、それも全部ひっくるめて受け入れるとアランは言ってくれているのだ。普段はあまり気持ちを表情に出さないから一見すると冷酷な性格のように見えるが、根っこの部分はとても優しい人なのだと思う。ただ自分に厳しい人でもあるので、他人との距離感がきちんと測れていることが外見の印象に繋がっているのだろう。
そんなことを考えているうちに、馬車はディエルネの市街地へと入って行った。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。




