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ジャクリーヌによって語られた話の大部分は、ルイーズの推測していたとおりだった。ただ一つだけ意外だったのは、学園に入学したばかりだったアンリがルイーズを自分の子として引き取ると言った、という事実。
ルイーズが生まれた当時15歳だったことから考えても、その時のアンリに父親としての自覚がなかったとしても、それは仕方のないことだと思っていた。いくらこの世界の結婚年齢が早いとはいっても、さすがに15歳は父親になるには若すぎる。ルイーズが王城に来てからもアンリに父親らしい素振りは見えなかったため、血が繋がっているとはいえやはりアンリにとっての子供はジャン、シャルロット、フレデリクの3人なのだと思っていた。───それなのに。
(学生の身でありながら、私を引き取ろうとしてくれたなんて……)
8歳の時に参加した王家のお茶会で感じたアンリからの優しい視線は、ただの気のせいなどではなかったのだ。数年越しのモヤモヤした気持ちが一気に晴れていくような気分だった。
「アンリとの間に3人の子を産んだ今となっては、カトリーヌも貴女のことを受け入れるかもしれないと思うの。でも本当のことを知る前と後では、貴女とカトリーヌ、そしてアンリとカトリーヌの関係性は当然ながら同じというわけにはいかないわ。それは分かるわよね?」
「…はい」
アンリがカトリーヌとの婚約を先延ばしにしていたことは当のカトリーヌはもちろん知っているだろうし、いくら今はアンリとの仲が良好だといっても、なかなか婚約に踏み切らなかった原因ともいえる女との間に生まれたルイーズのことを快く思わないのは当然のことだろう。既に亡くなっているとはいえ、他の女のために自分との婚約を渋っていた夫に対して不信感を覚えるであろうことも容易に想像できた。
「貴女はアレクの子供であることにするというのは、私達二人で話し合って決めたことよ。たとえ貴女に嘘をつくことになったとしても、一番穏便に解決できる方法を取ることにしたの。……そして、この先も真実を公表するつもりはないわ。このことはアンリも承知しているわ」
「そう…ですよね」
ジャクリーヌの言うことは尤もで反論の余地がない。ルイーズ自身もアレクサンドルとジャクリーヌに可愛がってもらっていることを実感しているし、2人の子供であることに不満はない。実際にも血の繋がった祖父母にあたるのだから、家族として受け入れてもらっていることに違和感は感じていない。ただ、この先一生本当の父親であるアンリを「お父様」と呼ぶことができないことに、何とも言えない寂しさを感じた。
自分の言葉を理解したものの納得はしていない様子のルイーズに、ジャクリーヌが優しく微笑んだ。
「狡い大人の都合を幼い貴女に押し付けてしまって、本当にごめんなさいね。貴女は何も悪くないのよ、ルイーズ。私達は貴女が孫だろうが娘だろうが、本当はそんなことはどうでもいいの。ただ、貴女のことをとても大切に思っている。そのことだけはわかってちょうだい。……きっとアンリも同じだと思うわ」
「……はい、お母様」
この部屋へ入ってきた時と同じように優しくジャクリーヌから抱きしめられて、ルイーズは目を閉じた。そしてジャクリーヌが愛用しているバラの香りに包まれて、安心したように深く息を吐いた。
「……アンリが貴女と直接話したいと言っているわ。今は執務室にいるから、行ってあげてくれる?」
「えっ……アンリお兄様が……?」
ジャクリーヌの言葉に驚いてガバッと勢いよく身体を起こしたルイーズに、ジャクリーヌが大きなエメラルドグリーンの瞳を細めた。
「ええ、父娘水入らずで話がしたいのですって。夏にロッシュブール公爵領に行くのだったらしばらく会えなくなるし、今日は急ぎの仕事もないようだからゆっくり話してくるといいわ」
「はい…ありがとうございます…!!」
嬉しそうに返事をしたルイーズを見つめる国王夫妻の眼差しは、すっかり孫を見る祖父母のものである。しかし、この場にそれを見咎める者は誰一人いない。二人がこんな表情をするのも、ここにルイーズと自分たちしかいないことがわかっているから。
「……ルイーズ」
「はい、お父様」
「近く、魔導士団と騎士団からお前の公爵領行きに同行する人物を選出しようと思う。決まり次第、お前も同席したうえで往復路と現地での警備について話し合いの場を設ける予定だ」
「わかりました」
「……実は、ここ最近ルーデック公国以外の周辺国でもいろいろと騒がしくてな。お前自身に関してもいくつか気にすべき事項があるのだ。私個人としての本音を言うとこの城の中で大人しくしていてほしいところなのだが……いつまでもそうばかりも言ってはおれぬからな。お前は見かけによらず好奇心旺盛な方のようだし、行くとなったからにはフランソワに全面的に責任を取ってもらおうではないか。…のう、ジャクリーヌ?」
「ええ、そうね。ロッシュブール公爵の腕の見せ所ですわね」
二人の会話を聞いて、ルイーズは自分が公爵領に同行することによって決して少なくはないお金と人を動かすことになるのだということを唐突に理解した。今までも頭では分かっていたつもりだったが、実際に魔導士団と騎士団の両方から自分の警備に人員を割くと言われて、ようやく現実のものとして感じられたのだ。
「何という顔をしておる」
「え…?」
ルイーズを見て苦笑を漏らしたアレクサンドルが、安心させるように微笑んだ。
「次期公爵夫人として領地に行くつもりなのであろう?…それならば警備の費用をロッシュブール公爵家に負担させるのは当然のことであるし、それをお前が気に病む必要はない。フランソワはともかく、息子は喜んで負担すると言うだろう」
「は、はい……」
遠回しにアランとの婚姻を認めるような父親の口ぶりに、ルイーズは嬉しさと共に急に気恥ずかしさを覚えて頬を染めた。
「あらあら…嬉しいのは分かるけれど、そんな顔をアンリの前で見せてはダメよ。あの子ったら、貴女とアラン殿の話を聞くと決まって不機嫌になるの。そういうところはしっかり父親なのよねぇ」
楽しそうにそんなことを言うジャクリーヌに「私も諸手を挙げて嫁にやるわけではないぞ」と口を挟んでいるアレクサンドルを見て、ルイーズはくすぐったいような気持ちになる。
「さあ、いってらっしゃいな。きっとアンリが待ち侘びているわ」
「……はい。行ってまいります」
両親ににこやかに見送られて国王の執務室を出たルイーズは、外で待っていたデュカスとマルセラに王太子の執務室へ向かうと告げた。2人を連れて1つ下の階へとやってきたところで、魔道師団の制服を着たフィリップと鉢合わせた。
「フィリップお兄様!」
「ルイーズ……これから兄上のところに行くのか?」
「はい。……フィリップお兄様もアンリお兄様にご用事があったのですか?」
ルイーズの問いにフィリップは一度開きかけた口を閉じて、なんともいえない複雑そうな顔をした。
「……?」
いつもの軽口どころかなかなか口を開かないフィリップに首を傾げたルイーズは、ある可能性に思いあたった。
(もしかして、私の出生についてアンリお兄様から聞かされたんじゃ……)
ここが廊下で互いに護衛を引き連れた状態であることから、おいそれと口にできる内容ではない事情を察してルイーズはフィリップに笑顔を向けた。
「フィリップお兄様は、私の大切なお兄様です。今までもそうですし……これからもずっと」
「………っ、ルイーズ……!!」
「お、お兄様!?」
ひょっとしたら、自分とアルベールの手合わせが真実へのヒントになったことも聞かされたのかもしれない。ほんの一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたフィリップが、ルイーズをガバッと抱きしめた。
「うん…そうだよな。お前も俺にとってずっと可愛い妹だ」
「……はい」
ポンポンとあやすように背中を優しく叩きながら、フィリップがルイーズだけに聞こえるくらいの声で囁く。しばらくルイーズを抱きしめた後そっと腕を解いたフィリップが、ニッといつものように不敵な笑みを浮かべた。
「兄上が珍しくソワソワしてると思ったら、そういうことだったのか。引き止めて悪かったな。早く行ってやれよ」
「はい!……あ、お兄様」
「うん、なんだ?」
「近いうちにチェイエ離宮に行ってもいいですか?クリスティーヌの顔を見たくて…。グゥィネスお義姉様にもお会いしたいですし」
「そうだな。グゥィネスもお前に会いたがっていたから、日程を確認してから遣いを出そう」
「ありがとうございます!」
クリスティーヌというのは、年明けに生まれたフィリップの長女の名前だ。生まれたばかりの時に見たきり、それから一度も会っていない。赤ん坊の成長は早いから、もうだいぶ大きくなっていることだろう。今から会うのが楽しみだ。
ああ、と軽く頷いて口の端を上げる姿は相変わらず格好良く、妻子がいる今でもなお年齢を問わず女性に絶大な人気を誇る理由が分かる気がした。
(フィリップお兄様、20歳を過ぎてさらにワイルドさと色気が増している気がするのよね…)
ひらりと手を振って颯爽と去っていくフィリップの後ろ姿を視界に収めつつ、ルイーズはもう1人のハイスペックな兄を訪れるべく足を進めたのだった。
プロローグを加筆修正いたしました。
それに伴い、以前のプロローグ後半部分を次話の第1話へと移動しております。
詳しいことは活動報告に書いていますので、そちらにも目を通していただければ幸いです。
ここまでお読み下さいまして、どうもありがとうございました。




