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すっかり焦燥した様子のドミニクに、アルベールが声をかける。
「…ドミニク殿、少しよろしいでしょうか?」
「うん、何だ?」
「ドミニク殿は、ルイーズ殿下の夢に出てきた男性がミシェル殿の可能性があると考えておられるのですか?」
「……そうだな。可能性はあると考えている」
「理由をお聞きしても?確かに髪と瞳の色はミシェル殿と同じかもしれませんが、赤毛に茶色の瞳は特に珍しい色でもありませんし、第一彼の頬には傷痕なんて無いですよね?年齢も少し合わない気がしますし」
アルベールからの質問に、ドミニクはちらりと公爵の方を見てから大きく溜息を吐いた。
「それが…実は、ミシェルの頬には傷跡があるのだ」
「そうなのですか?」
「あぁ。私がつけたものだから間違いない」
「…ドミニク殿が?」
驚くアルベールにドミニクが苦い表情で頷く。一体どのような事情で弟の頬に傷をつけることになったのだろう。アルベールが説明を求めるようにじっと榛色の瞳を見つめるが、ドミニクの口は重い。他の3人は何かを知っているらしく、互いに顔を見合わせている。固く口を閉ざしたままのドミニクを見やり、ガルニエ公爵が仕方なくといった様子で口を開いた。
「先代のファーブル子爵はミシェルが海賊側に付いている可能性を頑なに否定していたが、魔導士団の中ではその考えには懐疑的な者が多かった。若いとはいえレオンも実力は十分にあり、そうやすやすと敵の手に落ちるとはとても考えられなかった。ましてやあのレーヌ前伯までもとなれば、向こう側にもかなりの魔法の使い手が付いていると考えるのが妥当だった。…はじめは、ファールシュタッドから流れてきた魔術師くずれかとも考えたが、海賊どもに略奪された村の生き残りの者たちから、奴らの仲間に赤毛に琥珀色の瞳の少年がいるという情報が入ってきてな。しかもその少年が奴らの中でもかなり高い地位にあるらしいことがわかり、ミシェルの名前が浮上したのだ」
「それで…魔導士団はどうしたのですか?」
アルベールにとっては初めて聞く話ばかりだ。彼の従兄弟であり親友のフィリップ王子も知らないだろう。ごくりと唾を飲み込み、アルベールは父親に続きを促した。
「ここにいる4人で海賊のアジトへ向かった」
「このメンバーで、ですか?」
「そうだ。ドミニクは当時まだ王立学園の学生だったが魔法科目では首席を修めていたし、何よりもし仮にレオンとレーヌ前伯が捕らわれていることにミシェルが絡んでいたとしたら、《幻覚魔法》の使い手、もしくは圧倒的な魔力量を持った者でなければ幻覚を見破ることができない。ファーブル前子爵の協力が得られない以上、ドミニクを連れていく以外我々に選択肢はなかったのだ」
ずっと瞳を伏せていたドミニクが、ここへきてようやく顔を上げて公爵の方を見た。
「閣下…続きは私からお話しても?」
「あぁ。かいつまんだ内容で構わんから、息子に話してやってくれるか」
「はい。…我々の懸念通り、ミシェルは海賊側についていた。奴らのアジトで何があったのか詳しく言うことは勘弁してもらいたいが……。簡単に言うと、当初俺がミシェルを足止めしている間に外の3人がレオンとレーヌ前伯爵を助けに行くという計画だった。ところが実際に行ってみると、2人の命はもうすでになかった。アジトに着いた時2人が生きているように見えたのは、ミシェルが作り出した幻覚だった」
「そうだったのですか……」
「俺はミシェルに尋ねた。なぜこんなことをするのかと。すると奴はこう言ったんだ。ソフィー嬢を独り占めしているレオンのことがずっと気に入らなかったと。レオンをソフィー嬢の婚約者に決めたレーヌ伯爵も気に入らないから、始末してやろうと考えた、と」
「ソフィー嬢というと、ルイーズ殿下の…」
「──そうだ。殿下の母君だ」
「……ミシェル殿は、ソフィー嬢に懸想していたのですか?」
「どうやらそのようだな。俺は彼女の兄のピエールと同級生だったこともあり、彼女とは話す機会が多かった。我が家にも兄妹で遊びに来たことがあり、それでミシェルとは面識があったのだが……まさか彼女に対してそんな感情を持っていたとは夢にも思っていなかったから正直驚いた。実際に2人を手にかけたのは自分ではないと言っていたが、そんな理由で敵に寝返り、人を殺す手引きをするなど……わが弟ながら、本当に度し難いことだ」
何かに耐えるように固く目を閉じ、ドミニクは大きく息を吐きだした。
「頬の傷は、その時に俺が付けたものだ。剣の腕は俺の方が上だったから、避けきれなかったようだ」
「…見た目に関してはいかがですか?…ルイーズ殿下は、正確には“王太子殿下とフィリップ殿下の間ぐらいの年齢”とおっしゃっていました。尤も、ご自分の判断にはあまり自信がないようでしたが」
「それなら誤差の範囲だろう。あいつは童顔だから、実年齢より若く見えてもおかしくない」
「なるほど。それなら合点がいきます」
「…殿下の夢に出てきた男がミシェルかどうかという判断は、いまここですべきではないと考える。とりあえずその可能性も残しつつ、まずはその夢が本当に将来起こりうる未来を暗示しているのか否か。是であるならばその意味するところは何であるのか、ということを第一に考えたいと思う。…いかがかな?」
ドミニクの答えに納得した様子の息子を一瞥したガルニエ公爵が、その場にいるメンバーを見回した。他の3人が頷く中、アルベールが「父上、一つだけよろしいですか」と声をかけた。
「何だ、アルベール?」
「先程の巫女姫について、ルイーズ殿下ご本人には話してもよろしいのでしょうか?」
「うむ…それなのだがだな。まずは陛下にご報告してからの方が良いと思う」
「…確かにそうですね」
「インホア様について陛下も何かご存じかもしれんし、遺品も王家で保管されているだろうしな」
「わかりました。…では、ルイーズ殿下にはまだ調査中とお伝えしておきます」
「そうしてくれ。もし話せるときが来れば、陛下から殿下に何らかの話があるだろう」
「はい」
解散となった会議室から最後に出たアルベールの脳裏には、さっきのミシェルの話が残っていた。当時風の噂で、ミシェルは流行り病で亡くなったと聞いていた。海賊との戦いで疲弊していたグランシェール王国を襲った流行り病は、多くの人々の命を奪った。その犠牲になったと思っていた変わり者の天才魔法少年が、実はあの戦いで人知れず暗躍していたなんて。しかも敵に寝返った理由が、懸想していた年上の令嬢の婚約者と父親が気に入らなかったから、だって?
(…全く、自分勝手にも程がある。そのせいでどれだけソフィー嬢が苦しんだと思っているのか)
ソフィー・ド・レーヌ伯爵令嬢の話は、何度かフィリップから聞いたことがある。父親と婚約者を同時に亡くし、心を閉ざしてしまったご令嬢。伯母であるジャクリーヌの働きかけで侍女として王城へ上がった彼女が、年若い王子たちとの交流の中で少しずつ明るさを取り戻していったこと。それから国王の子を宿した彼女は、その身を隠すように城仕えを辞して密かに女の子を産んだ。──それが、ルイーズである。
アンリやフィリップと仲が良かった彼女がどういういきさつで国王の子を身ごもることになったのか、フィリップも詳しいことはよく知らないようだ。自分の想い人がすでに亡く、その娘がこの国の王女として生きていることを知ったら、ミシェルはどう感じるのだろうか?他の男との間に生まれたルイーズを憎むだろうか?…それとも、ソフィーに顔立ちが似ていると言われるルイーズを欲するのだろうか?
ここまで考えたところで、アルベールの頭の中にふとある仮説が浮かんだ。
自分がかつて懸想していた女性に娘がいることを知った男が、強い魔力を持つ彼女の夢に現れて自分の姿を見せる。……並外れた《幻覚魔法》の使い手なら、そんなことが可能なのだろうか?
(……まさか、な)
あり得ないと思いつつも、自分の思い付きに寒気を覚えブルリと身震いする。まるで冷たい氷の塊を飲み込んだような、身体の中から冷え込んでいくような感覚を誤魔化すように軽く頭を振り、アルベールは魔導士団に与えられている執務室へ向かうために歩調を早めたのだった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
シリアスが続きましたが、次回は少し軽い感じに戻る予定です。…多分。
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