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ルイーズとイレーヌが互いの秘密を明かし合ってから2日後。王城内にある魔導士団本部の一室では、5人の男達が大きな一枚板のテーブルを挟んで顔を突き合わせていた。
この場にいるのは、ジェローム・ド・ガルニエ公爵、イザーク・ド・ペルレ伯爵、ヴィクトル・ド・ギャレット辺境伯の魔導士団トップ3に加えて、いずれも魔導士団所属のドミニク・ファーブル子爵とガルニエ公爵の長男アルベール。
ガルニエ公爵によって召集された面々は、揃って緊張した面持ちで部屋に入った。が、そこで明かされたのは幼い王女殿下が見たという夢の話。真剣な顔のアルベールに向かって、ギャレット辺境伯が精悍な顔立ちに笑みを浮かべて肩を竦めた。
「それにしても…予知夢とは。王女殿下の魔力が人並みでないことは承知していたが、よもや未知の能力に目覚められたなどと言い出すのではあるまいな?」
周りの男達も辺境伯に同意するように顔を緩めかけた。だが、その緩い雰囲気を壊すようにガルニエ公爵が低く唸り声を上げた。
「どうしたのです、兄上?」
一人難しい顔をしている兄に、イザークが怪訝な顔を向ける。そこには、アルベールからもたらされた話をただの取り越し苦労で済ませるわけにはいかない雰囲気があった。
「……皆、今から数代前に東の国から王家に嫁いで来られた王妃のことを知っているか?」
「えぇ。かの賢王ベネディクト王の母君であらせられる…確か、インホア様と仰いましたか」
「その通りだ」
淀みなく答えるイザークに、公爵が頷く。
「では、インホア様が東の国で"巫女姫"と呼ばれていたことについては?」
続いて公爵が発した問いに、残りの4人は互いに顔を見合わせた。
東の国については、正直なところ分からないことが多い。大陸の西にあるグランシェール王国周辺の国々とは、全く異なる文明の発祥の地であること。これまでの長い歴史の中で、幾つもの国が栄えては滅び、その度に民族が入れ替わってきたこと。一般的に知られているのは、せいぜいこんなざっくりとした認識だ。
西側の国々にはない独特な文化を持ち、それ自体に意味がある難解な文字を使う彼らには、伝統的に巫女という存在が信じられてきた。その中でも特に能力が強い女性は"巫女姫"と呼ばれ、国に繁栄をもたらす存在とされている。
「昨日アルベールから話を聞いて思い当たる節があり、今一度巫女姫について詳しく調べてみた。東の国の商人達が来る前にに集めた資料の中に気になる記述があったのでな」
「…気になる記述?」
「何なんです、それは?」
イザークとヴィクトルに問われたガルニエ公爵が、パチンと指を鳴らして部屋にかけていた防音魔法を強化した。
「これから話すことは他言無用だ」
無言で頷く面々を見回し、ガルニエ公爵は巫女姫についての説明を始めた。
東の国と呼ばれている江蘇国が建国されたのは約500年前。少しずつ領土を広げて現在の形になるまでには、周辺諸国との争いや内乱、自然災害など様々な問題が起こっていた。それでもこれほど長い間一つの王朝が存続することができた理由は、皇帝を頂点とする国のトップの手腕もさることながら、国のあちこちにいる巫女たちの存在なしに語ることはできない。
この世の生きとし生けるもの全てを統べると信じられている、"天帝"と呼ばれる神の存在。その神の言葉である預言を聞くことができるのが、巫女と呼ばれる者たちである。巫女というくらいなのでもちろん女性に限られる。実際には天候の予測などがその預言のほとんどを占めるのだが、その中で稀により正確に神の言葉を聞く能力を持つ者がを生まれることがある。それが"巫女姫"である。
初代巫女姫の夢枕に立った天帝は、こう告げたとされている。
『愛し子であるそなたに、私の言葉を正確に聞く力を授けよう。その力を使い世を導くのだ』
当時の皇帝の妃となった彼女の存命中は、大きな災害や戦が起こることはなかった。その後も巫女姫が生まれるたびに皇家へ取り込んできたためなのか、4代目の巫女姫は皇帝の娘として生まれた。それが、のちにグランシェール王国の王妃となる櫻花である。
「これまでの記録から、巫女姫が生まれるのは約100年に一度であることがわかっている。インホア様の血をひくルイーズ殿下がお生まれになった年は、彼女の崩御後99年。類稀なる全属性の魔力持ちと今回の夢の話。…これが、ただの偶然であるといえるだろうか?」
ガルニエ公爵の話を聞いて、部屋いる男たちの顔に困惑の色が浮かぶ。にわかには信じられないという表情が多い中、何かに気づいたようにイザークが口を開いた。
「…兄上。もしや東の国の商人たちはそのことを探るためにこの国へ来ていたのでしょうか?」
「実は私もそう考えていたところだ。以前彼らが我らの屋敷に来た時、帰り際にダルクが読唇術で読み取った言葉を覚えているか?」
「『目的のものは見つけた。皇帝も満足なさるだろう』……でしたか?」
「そうだ。その"目的のもの"というのが巫女姫だったと考えると、何もかも辻褄が合う」
今や、会議室には完全に当初とは異なる空気が流れていた。背中をイヤな汗が伝うのを感じつつ、アルベールは遠慮がちに切り出した。
「……実は、王女殿下の夢の話には続きがありまして」
「あぁ、そうであったな。話してやれ、アルベール。皆心して聞くように。…特にドミニク」
「はい?」
「この先の話はお前にとって辛い話になるかもしれん。覚悟しておけ」
「…わかりました」
急に公爵に話を振られて困惑気味に返したのは、赤毛に榛色の瞳を持つ男──ドミニク・ファーブル子爵。それまでほとんど声を発していなかったドミニクは、アルベールがルイーズの夢に出てきた男の特徴について語り合えると、すっかり青褪めた顔で呟いた。
「まさか……いや、そんなはずは……」
まだまだ寒い日が多いものの日照時間が長くなり始め、春の訪れを少しずつ感じるようになってきた今日この頃。しかし、部屋の中はそんな温かさとは無縁なほど緊張した空気が漂っている。さっきまでとは打って変わってピリピリとした雰囲気を醸し出しているドミニクが、向かいに座る若い魔導士を険しい表情で見据える。
「……本当に、王女殿下がそう仰ったのか?」
「ええ、そうです。間違いなく"赤い髪に琥珀色の瞳、左頬に傷跡がある20代前半くらいの男"と」
アルベールの答えに、ドミニクは世の女性達に甘いマスクと評される端正な顔立ちを苦しげに歪ませた。
「まぁ、そうイライラするな、ドミニク。何も殿下の夢に出てきた男の特徴が奴に似ているからといって、奴が生きていると決まったわけではないだろう?」
「ヴィクトル、お前は楽観的過ぎるんだ。俺たちがどれだけあいつに苦しめられたと思ってるんだ?しばらく消息を聞かなかったから死んだものと思っていたが、まさか今になってこんな話を聞くことになるとは…!」
宥めるヴィクトルに噛み付くように返すドミニクは、完全にいつもの冷静さを欠いていた。名門ファーブル家当主ドミニクが、優れた魔導士であると同時に《幻覚魔法》の使い手であるにもかかわらず、魔導士団において何の役職にも就いていない理由──それは、実の弟であるミシェルが14年前に関わったとされる事件に起因する。
14年前といえば、グランシェール王国を揺るがした海賊との戦いが終息を迎えた年である。それを実際に知る者たちは、当時のことを積極的に語ろうとはしない。だからアルベールが知っているのは、あくまで噂のレベルに過ぎない。
結果だけを見てみれば、海賊軍は頭であるヤコブセンを失いグランシェール王国周辺の海域から撤退。グランシェール王国では、海に面した領地の騎士団、王国騎士団、魔導士団の戦死者が数十名。その中でも当時筆頭魔導士だったレーヌ前伯爵と筆頭魔導士補佐ガルニエ公爵の三男レオンの犠牲は誰もが知っている有名な話だが、その陰に埋もれて当時14歳だったファーブル子爵家ミシェルの失踪についてはほとんど知られていない。
当時7歳だったアルベールのミシェルに対する印象は、一言でいえば"変な人"。3人いるファーブル家の子供達の中でも魔力がずば抜けて高く、将来を嘱望されていたにもかかわらず、本人には全くやる気が感じられない。顔は悪い方ではなかったがいつもヘラヘラして何を考えているのかよく分からないくせに、何故か叔父であるレオンのことを目の敵にしていて顔を見るたびに難癖をつけて絡んでいた。
学園入学を翌年に控えていたミシェルが何の前触れもなく忽然と姿を消したのは、海賊との戦いが終わる2ヶ月前のことだった。初めは魔力の高いミシェルが海賊に拐われたのではないかと、ちょっとした騒ぎになったことをアルベールは覚えている。ところがその後、すでに魔導士として活躍していたレオンが人質として捕らえられ、さらにその救助のために彼らのアジトへ向かったレーヌ伯爵までもが帰ってこないという事態に、さすがに何か尋常でない事態が起こっていると皆気づき始めた。
《幻覚魔法》が継承される家として知られるファーブル家の中でも突出した才能を持つミシェルは、誰に習うでもなく独学で《幻覚魔法》を習得していた。そのことを当時の子爵であったミシェルの父親は知らなかったが、兄であるドミニクは知っていた。幼いころに兄弟で一緒にかくれんぼをしていた時、ミシェルがかけた幻覚にすっかり騙されたことがあったのだ。
ドミニクはレオンとレーヌ伯爵が捕らえられた事件にミシェルが関わっているかもしれないと父に訴えたが、まさか年端もいかない子供にそんなことができるはずもないと一蹴されてしまった。結局2人は帰らぬ人となり、ミシェルも行方知らずのまま海賊との戦いは終息を迎えたのである。
長くなりそうなので、いったん切ります。
説明が多く読みにくくてすみません。
この内容は今後重要になってくるところなので、とばすわけにもいかず…。
もう少々お付き合いいただけると幸いです。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
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