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言葉もなく涙を流すルイーズに、隣に寄り添うイレーヌが心配そうにハンカチを差し出した。
「王女殿下にお使いいただくようなものではありませんが……」
「…ありがとう、イレーヌ」
綺麗に畳まれたクリーム色のハンカチを有り難く使わせてもらうことにする。そっと背中に小さな手か添えられるのを感じて、ルイーズは知らず肩に入っていた力を抜いた。ルイーズが少し落ち着いたのを確認してから、席に戻ったイレーヌが遠慮がちに尋ねた。
「『プリロズ』でもアラン様は亡くなられているという設定なのですか?」
「えぇ。『プリロズ』ではルイーズの婚約者はジョアン様なの。公爵家の跡取りでもない次男に王女が降嫁するなんて、普通に考えて違和感があるわよね」
「確かにそうですね。…あの、念のために確認なんですが…『プリロズ』ではアラン様が初めからいらっしゃらないという可能性はありませんか?亡くなったという直接的な表現がないのであればもしかしたら、と思ったのですが…」
イレーヌが指摘したとおり、『プリロズ』でルイーズ王女の婚約者がジョアンだからといって、それが即ちアランが亡くなっているという事実に繋がるわけではない。その代わり、もし『プリロズ』でアランが初めから存在しないのであれば、ここが『君バラ』の世界である可能性が限りなく高くなるわけだが。
「…残念ながら、それはないわ。『プリロズ』の中で、ルイーズがこのネックレスをアラン様との思い出の品だと言うシーンがあるの。去年の誕生日にこれをアラン様から頂いてそのことを思い出したのよ」
「そうですか…」
胸元から取り出したハート型のネックレスを持ち上げて見せると、イレーヌが神妙な面持ちで頷いた。…が、ふと何かを思い出したように顔をパッと明るくした。
「あ、でも殿下!アラン様は本当には亡くなっていないかもしれないです」
「…………どういうこと?」
怪訝そうに眉を寄せるルイーズに、イレーヌは慎重に切り出した。
「……実は、『君バラ』の全ルート攻略後にダウンロードできる追加コンテンツというものがありまして」
「追加コンテンツ?」
「はい。私の記憶ではまだ発売前でしたが、制作会社のサイトでいくつか発表されていた情報があるんです。その一つが新たな攻略キャラの作画でした」
「攻略キャラが追加されているのね。……それって、クラウド皇子以外にってこと?」
「そうです。クラウド皇子は本編である一定の条件をクリアした場合に攻略できるようになる隠しキャラです。追加コンテンツの新攻略キャラは、クラウド皇子とは別に3人います」
「3人って、具体的には分かっているの?」
「作画が公開された段階で、ファンの間では色々と憶測が飛び交い始めました。恐らく一番確実なのは、ジャン殿下です」
「えっ…ジャンも攻略キャラなの!?ヒロインよりだいぶ年下よね?」
「そうですね。3つ下ですから、いわゆるショタ枠だと思います。キャラ作画も少し幼い感じですし、何よりプラチナブロンドに青い瞳、服装も王子様っぽいので、まず間違いないかと」
「そうなのね。うーん……でも、そもそもジャンとヒロインの接点なんてあるのかしら……?」
学園では通う時期が重ならないのに、どうやって出会いイベントが起こるのだろうか?いろいろと気になる点は多いが、今はとりあえず置いておこう。
「……話が逸れてしまったわね。続きをお願いできる?」
「はい。2人目なのですが……20歳くらいの貴族っぽい服装の青年で、濃い茶色の髪とグレーの瞳なんです」
「………!!それって……」
この話をイレーヌが始めた時からなんとなく内容は想像できていたが、いよいよ話の核心に触れるところまで来たのを感じて、ルイーズの鼓動が速くなる。
「……はい、この青年がアラン様なのではないかとファンの間でもっぱらの噂でした。事故で亡くなったと思われていたけれど実は生きていた、という設定なのではないかと」
「なるほど…あり得るわね」
漫画やラノベではよくある設定だ。もし本当にそうなら、これまで自分がやろうとしてきたことに少しは希望が持てる。事故を未然に防ぐか、それが無理ならせめてもっと軽症で済ませることができるのではないか。
イレーヌからもたらされた新たな情報に希望の光を見出したルイーズに、今度はイレーヌが問いかけた。
「……あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、何かしら?」
「アラン様が事故に遭われる時期は分かっているのですか?」
「……多分、今年だと思うわ」
「今年なんですか!?」
驚きのあまり素っ頓狂な声をあげたイレーヌに、ルイーズは頷いた。
「さっきネックレスの話をしたでしょう?」
「はい」
「このネックレスが出てくるのはクラウド皇子がルイーズにプロポーズするシーンなのだけれど、そこでルイーズがアラン様は6年前に事故で亡くなったと言っているのよ」
「6年前…」
「そう。クラウド皇子がグランシェールに留学するのが16歳だから、一つ年上のルイーズは17歳。そこから6年前といえば11歳……つまり今年なのよ」
ルイーズの答えを聞いて何か思うところがあったらしく、イレーヌは少し考え込むような仕草をした。それから少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「……間違っていたら申し訳ございません。もしかして、殿下が体力づくりや体術の訓練をなさっているのは、アラン様を助けるためなのですか?」
(……バレちゃったか……まぁ、ここまで話してるんだから、仕方ないかな)
イレーヌにはいろいろと教えてもらったし、これからも協力してもらえる方が助かる。それにしても、ルイーズの普段の行動からすぐにその結論を導き出したことから考えても、やはりイレーヌは頭の回転が早いと思う。『君バラ』の知識は相当あるようだし、それ以外でも何かと頼りにできそうだ。……かなりのオタクであるという点を除けば。
あっさりと正解にたどり着いたイレーヌに、ルイーズはニッコリした。
「……ご明察のとおりよ。私は去年アラン様の事故のことを思い出してから、何とかその未来を変えるために自分に出来ることをやろうと決心したの。とりあえずの目標は、夏のロッシュブール領への視察に同行すること。…まぁ、実はそれが一番の難関だったりするんだけどね…」
父親であるアレクサンドル国王から出されている条件を思い出して苦笑を浮かべたルイーズの手を、テーブル越しにイレーヌがガシッと握った。
「大丈夫です、殿下!私に出来ることは何でもいたしますから、頑張りましょう!!」
「え、えぇ…ありがとう」
「はい、お任せください!」
鼻息も荒く、やや食い気味に返事が来た。自分のことでもないのにやけに張り切っているイレーヌを見て、ルイーズは首を傾げた。
「協力してくれるのはありがたいけど、イレーヌの方にはそこまでする理由がないわよね?」
「あんなに辛そうな殿下をこれ以上見たくないんです。もし本当にアラン様が亡くなられてしまったらどんなに落ち込まれるか……考えただけでもゾッとします。…それに、この世界に生まれて初めてアラン様を見たのですが、殿下と並んでいるところなんて本当に眼福すぎて…。私、もっとお二人がイチャイチャしてるところを見ていたいんです!!」
「そ、そう……」
「はい!」
前のめりに力説されて、ルイーズは顔が引き攣りそうになるのを何とかこらえた。…やはり、オタク気質はどうしても治らないらしい。
「…そろそろ戻らないとまずいですよね?私もお夕食の支度に行かないといけませんし」
「そうだったわね。引き留めてしまってごめんなさいね」
「いいえ、とんでもございません。殿下も転生者だと分かって嬉しかったです」
「私もよ。今まで誰にも言えなかったから、話ができる人がこんな身近にいると分かって心強いわ」
「そう言っていただけて光栄です」
「…あと、よかったら今度から名前で呼んでくれないかしら?」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。マルセラとモニークにもそうしてもらおうと思っているの。いつまでも殿下呼びだとなんだか打ち解けなくて。…今ここで許可するわ」
「はい。ありがとうございます…ルイーズ様」
お互いに微笑み合ったルイーズとイレーヌは、今度こそ個室から出るために席を立った。そこでふとルイーズは最後にもう一つだけ聞いておきたいことを思い出した。
「…ねぇ、イレーヌ。追加コンテンツのもう1人の攻略キャラって、誰なのか分かってるの?」
「…それなんですが、これまで本編で出てきたキャラではなさそうなんですよね」
「そうなの?」
「はい。20代後半くらいのワイルドな感じで、赤毛に薄い茶色の瞳の男性です。頬に傷がありますし服装からして貴族っぽくはないんですが、どなたか心当たりありますか?」
「え……」
(赤毛に薄い茶色の瞳、頬に傷……まさか……)
「ルイーズ様?」
不思議そうに呼びかけるイレーヌの声が耳に入ってきたものの、ルイーズは返事もできずに呆然とその場に立ち尽くしていた。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
更新お待たせしており、申し訳ありません。
ようやく自分専用のPCを手に入れたのですが、作業する時間と場所がなくて…。
書くことが楽しくなくなったらダメだと思っているので、何とか工夫していきたいです。
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