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「キャシュフォール侯爵家が婚約者候補から降りたって、一体どういうことなのお父様!?」
「どうもこうも…それが事実なんだから仕方ないだろう、マヌエラ」
「だって、エミール様本人はともかく父親の方はずいぶん乗り気だって話だったじゃない!」
「そのはずだったんだが、理由は分からんが急に辞退すると言い出してな…。まぁ、あの朴念仁の息子ではどちらにしろ王女の婚約者は務まらなかっただろうが」
怒りを露わに薄い水色の瞳を吊り上げて赤い髪を振り乱す娘を宥めるようにオルセー侯爵が言うものの、当のマヌエラの方はますますヒートアップしていく。
「…全く、どいつもこいつも役立たずばっかり!こうなったら後はデュマ家に頑張ってもらうしかないわ」
「それなんだがな。……マヌエラ、婚約者はジェラール殿では駄目なのか?侯爵家同士で家柄的にも釣り合うし、なんと言ってもあの見た目だ。従兄弟であるアラン殿に似て優秀だという噂でもあるし、優良物件だと思うんだが」
まるでこちらに選択権があるような物言いを他の者が聞いたら眉を顰めたに違いないが、ここは王都にあるオルセー侯爵の屋敷の中。父娘の身勝手な発言を咎める者など居ない。
「何を言ってるの、お父様!ジェラール様では全く比較にもならないわ。私はどうしてもアラン様じゃないと嫌なの。私の方がずっとアラン様に相応しいのに、どうして後から現れたあの似非王女にアラン様を奪われなきゃならないの!?」
「そうは言っても、相手は腐っても王女。王家の決める婚約に異論を唱えるのはなぁ…」
老獪で狡猾なやり口が持ち味のオルセー侯爵といえど可愛い娘にはめっぽう甘いようで、無理難題を叫び続けるマヌエラに弱りきった顔を向けるのみである。
「もういいわ!お父様なんて当てにしない。自分で何とかするから」
「自分で何とかすると言っても、お前にできることなど限りがあるだろう。…この前シャバーブ帝国から取り寄せた『惚れ薬』はどうした?」
「あれは最終手段よ。それよりも私にいい考えがあるの」
「……一体何をするつもりだ?」
怪訝な顔を向ける父親に、マヌエラは11歳とは思えないような底意地の悪い表情を見せた。
「お父様には迷惑をかけないから、私に任せてくれる?……ヴァンを少し貸して欲しいの」
「ヴァンを?それは構わないが…危険なことではないのだろうな?」
ヴァンというのはオルセー侯爵家に仕える使用人の1人で、侯爵が交易関係の仕事をする時に必ず補佐につけている人物である。母親が南の大陸出身のため、一見するとどこの出身なのか分からない見た目をしている。何カ国語も自由に操り、周辺国の商人への顔も広いらしい。……というのは、表向きの顔。実はこの男、表立って取引することができない品々の闇取引にも関わっていたりする。そのため、子飼いの手下を各地に何人も雇っている。
「まぁ、いいだろう。その代わり定期的にヴァンからの報告は受けるぞ?」
「えぇ、もちろんよ。ありがとう、お父様!」
「お前が幸せになるためなら多少のことには目を瞑ろうじゃないか。…なぁ、アルトゥール?」
それまでその場にいたものの会話に参加していなかった長男は、急に父親に話を振られて軽く眉を上げた。
「……私がこの家を継ぐのに不利にならないことであれば何でも構いませんよ、父上。それこそマヌエラの相手がアラン殿だろうがジェラール殿だろうが、ね。…ただ一言だけ言わせてもらうなら、相手にも選ぶ権利ぐらいはあると思いますがね」
「何よ、お兄様!それじゃまるで私の婚約者になるのを喜ばない人がいるみたいじゃない。失礼ね!」
「まさにそう言ってるんだが?」
「な、何ですってぇ!?」
「まぁまぁ、マヌエラ。…アルトゥール、お前のその毒舌は何とかならないものか」
「おや?私は本当のことを申し上げたまでですが」
「今まで意中のご令嬢の1人もいないお兄様なんかに、私の気持ちが分かるわけないわ。…行くわよ、ララ!」
「はい、お嬢様」
ララと呼ばれたメイドを連れて、令嬢らしからぬ足音を立ててマヌエラは居間から出て行ってしまった。後に残された父親の方は、疲れの滲む顔で眉間を指先で揉み解している。
「……父上。あまりマヌエラを甘やかさない方がよろしいかと。ヴァンを借りるなどと言っていましたが、どうせ禄でもないことを企んでいるに違いない」
「アルトゥールよ、そんなにあやつのことを責めてくれるな。マヌエラは母親に似て純粋なのだ。一途すぎて時々周りが見えなくなるところが玉に瑕だがな」
「はぁ…」
(あれのどこが純粋なのだ?…全くうちの両親のマヌエラへの甘やかしっぷりときたら、常軌を逸している)
マヌエラの言う通り、アルトゥールは今まで女性を好きになったことがない。婚約者はいるが、あくまでそれは家のための相手に過ぎない。それでも、どう見てもお似合いの王女と公爵令息の間に強引に割り込もうとしているのが自分の妹だということぐらいは、客観的に見ても分かる。
どこまでも自分の欲望に忠実な姿は、我が妹ながら嫌悪感を通り越して滑稽にさえ見えてくる。もしもこの先マヌエラがこの家に害を成す可能性が出てきたならば、最悪切り捨てるという選択肢も考えておかなくてはならないだろう。その場合おそらく両親には出来ないだろうから、自分が動くしかない。
(……母上には泣かれるかもしれないが、これもこの家のためだ)
学園では冷酷無比な男として知られていたアルトゥール・ド・オルセーは、もしかすると将来次期侯爵としての己の地位を脅かすことになるかもしれない妹を、彼女に甘い父親とは別に独自に見張ろうと密かに決めたのだった。
◇◇◇◇◇
その頃、王城では───
「うーん……とてもじゃないけど、1日では調べられないわね……」
図書館で魔法関係の本を片っ端から調べようと意気込んでいたルイーズが、書棚に並んだ大量の本を前に途方に暮れていた。
図書館の書棚は内容別、年代別、言語別に分けられているので、読みたい本の内容が分かっていれば探す場所は一ヶ所で済む。今回は魔法関係、それも予知夢あるいは未来予知のような能力についてなので、内容としてはかなり絞られてくる。
そのためルイーズはこの調べ物に関してかなり楽観的に考えていたのだが、いざ本を探そうとすると思ったよりも簡単にはいかないことがわかった。
グランシェール王国ではある特定の一族にのみ継承される魔力の一種だと考えられているものが、国や時代によって呼び方や捉え方が違うため、どの項目を見れば良いのか一目では分からないのだ。しかも全ての本に目次がついているとは限らないので、結局は一冊丸々目を通さなければならない場合もある。
(これは先の長い作業になりそう。ただでさえ魔法の訓練をするのに時間が足りないというのに、本当にこんなことをやってていいのかな……)
今日のところは時間の許す限り調べてみて、その結果を踏まえて今後どうするか考えよう。とりあえず目についた本を何冊か取り出して、イレーヌと自分とで手に持てるだけ持って個室に移動することにした。
長くなりそうだったので、とりあえず一旦切りました。中途半端なところで終わってしまったので、間を空けずに続きを投稿したいと思います。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
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