6
更新お待たせいたしました。
「……予知夢、ですか?」
「はい、そうです」
「………」
「…やはり、そのようなものは無いですよね……?」
ただの夢というにはあまりにリアルすぎる夢のせいで明け方まで一睡も出来なかったその日の午前中、ルイーズは魔法の講義の最後にいつも設けられている質問タイムを利用してガルニエ公爵家嫡男のアルベールに尋ねてみることにした。
特定の家系にのみ使える能力の中で、予知夢のようなものについて聞いたことがあるか、と。
ルイーズの問いに、アルベールは顎に手を当て整った眉を寄せて考え込んでいる。実際そもそもグランシェール王国で確認されている特殊能力自体、片手で足りるほどしかない。
一番有名なガルニエ家の《空間魔法》をはじめ、レーヌ家の《過去視》、ギャレット家の《怪力》、ファーブル家の《幻覚魔法》…主なものとしては、大体こんなところである。
難しい顔で考え込んでいたアルベールは、視線を上げるとルイーズの方を見て申し訳なさそうに眉を下げた。
「……少なくとも国内では聞いたことがありませんが、もしかすると他の国では存在するかもしれません」
「本当ですか…?」
「えぇ、あくまで可能性の話ですが。私より父の方が詳しいと思いますし、ガルニエ家の蔵書も調べてみたいので、一度持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです!すみません、お忙しいのにお時間を取らせてしまって…」
「とんでもございません。他ならぬ王女殿下の頼みとあらば、何よりも優先するのは当然です」
「ありがとうございます」
……微笑みながらパチリとウィンクするアルベールがイケメンすぎる。
たかが子供の質問だといい加減に流さず真摯に対応してくれるアルベールは、本当に素敵な人だと思う。もちろんルイーズが王女だから無碍にできないという理由はあると思うけれど、この調べ物をしたところでおそらく彼が得することは無いだろうから。
「……あの…わたくし自分でも調べてみたいのですが、王城内の図書館でも大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。国内で一番の蔵書を誇るのが王城図書館ですから。魔法関係に限って言えば、もしかするとガルニエ家の方が多いかもしれませんが」
「そうなのですね…」
「えぇ。…とはいえ、重複していない本もあると思いますので、ぜひ殿下の方でも調べてみてください。……ただ魔法に関してはファールシュタッドの方が研究が盛んなのですが、ファールシュタッド語で書かれた専門書は少し難しいかもしれません」
少し心配そうな表情のアルベールに、ルイーズはにっこりした。
「ファールシュタッド語は得意な方なのですが、分からない単語があったらお聞きしてもいいですか?」
「えぇ、もちろん。殿下のお役に立てるならいくらでも」
またもやイケメン発言でにっこり笑顔を返したアルベールが、少しトーンを落として窺うように問いかけた。
「……もし差し支えなければ、何故予知夢について興味を持たれたのかお聞かせ願えますでしょうか?」
(……まぁ、当然そう来るよね。何の脈絡もなく出てくれば不審に思うのも当然だわ)
この質問は初めから想定内だったので、ルイーズはアルベールに小さく頷いた。ゲームの内容云々についてはさすがに正気を疑われるので言えないが、夢の内容なら話しても構わないだろう。
「実は、昨晩奇妙な夢を見たのです」
「奇妙な夢…」
「はい」
「具体的にはどのようなものかお伺いしても?」
はい、ともう一度頷いて、ルイーズはアルベールに夢の内容を説明した。メモをとりながらルイーズの話を聞いていたアルベールは、予知夢について質問した時よりも難しい顔をして黙り込んでしまった。
(……もしかして、思ってたよりも深刻な内容だった……?)
だとしたら、やはり相談してみて正解だったのだろう。実は、初めルイーズは自分だけで調べてみるつもりだった。ゲームのこともあるし、夢の中での出来事なんて真面目に取り合ってもらえないのが関の山だと思ったからだ。
しかしよく考えてみると、知らない人物が夢の中に出てきて、しかもその人相まではっきりと覚えていることなんてあり得るだろうか?少なくとも、前世からの人生を通してもそんな夢を見たことはない。
そのことに思い当たり、さすがにこの夢は普通ではないのではないか、と思い始めた。折しも今日がアルベールの講義の日だったということもあり、まずは彼に尋ねてみることにしたのだった。
しばらく無言で考え込んでいたアルベールは、ふと顔を上げてルイーズに尋ねた。
「…ちなみに、その男について何か覚えていらっしゃることはありますか?髪や瞳の色など、特徴のようなものがあれば教えて頂きたいのですが」
「髪は赤毛で、瞳は多分薄い茶色…琥珀色というのでしょうか?そんな感じだったと思います」
「なるほど。…他には何かありますか?例えば服装とか」
「服装……」
アルベールに問われて記憶にある情景を思い浮かべてみる。馬車の中にある魔光ランプに照らされた男の服装は、これといって特徴のないごく一般的なものだった。街中で見かける商人が着ているような白い開襟シャツに黒っぽい色のベスト、ズボンまではよく覚えていないが多分暗い色だったと思う。
ルイーズは夢の中でその男を見た時、何故か前世の有名な海賊映画の主人公みたいだなと感じたのだった。髪の色や長さ、人相も違うのだが、何というか醸し出す雰囲気が似ている気がした。夢の中の男はあんなに目がギョロギョロしていなかったし口髭も生やしてはいなかったけれど、頬に大きな傷跡があってそれが何ともワイルドな印象で───。
(……ん?頬に傷跡?……これって、かなり具体的な特徴だよね?)
「……何か思い出されましたか?」
ルイーズの様子を注意深く見ていたアルベールが、彼女の表情が変わったことに気づいて声をかけた。
「はい。…服装は多分白いシャツに黒っぽい色のベスト、ズボンもベストと似たような色だったと思いますが、頬に大きな傷跡がありました」
「頬に大きな傷……具体的にはどのような?」
「多分…剣かナイフのようなものでついた傷だと思うのですが……」
「切られた跡、ということでしょうか?」
「はい、おそらく」
「なるほど。右と左どちらの頬だったか覚えていらっしゃいますか?」
「えーと……私から見て右側……」
「つまり、左側の頬ということですね?」
「はい…多分、ですけれど」
ルイーズが頷くと、手元の紙にサラサラと書き加えたアルベールがいつも持ち歩いている鞄に紙とペンをしまいながら微笑んだ。
「これだけ分かれば十分です。……しかし、見たこともない男であるにもかかわらずこれだけ具体的に容貌を覚えているというのは、やはり普通の夢というにはいささか語弊があるように思います。そのような容貌の男は私の知る限りは見たことがありませんが、もしかすると父や叔父なら知っているかもしれません」
「そうですね。お2人は顔も広そうですし」
「えぇ。……ちなみに、殿下からご覧になってその男はどれくらいの年齢に見えましたか?」
アルベールからの質問に再度夢のシーンを頭の中で再現してみる。正直言って男の人の年齢なんてよくわからないが(特にこの世界の人は前世で言う西洋人顏なので)、パッと見は20代ぐらいに見えた。
「あまり自信はないのですが……」
「えぇ、構いませんよ。殿下の印象で結構ですので教えてください」
「どちらかというと若かったと思います。アンリお兄様とフィリップお兄様の間ぐらい…でしょうか?」
「20代前半、ということですね?」
「多分それくらいかと」
「どうもありがとうございます。かなり具体的なお話が聞けましたので、調べやすくなりました」
「お役に立てたなら良かったですが、そもそもわたくしが言い出したことなのに──」
「いえいえ、殿下がお気に病まれるようなことは何もありませんよ。これも我々の仕事のうちですから。…こう申し上げれば、心置きなく頼み事ができるのではないですか?」
「アルベール様…」
悪戯っぽく微笑むアルベールは、ルイーズのことをよく分かっていると思う。王女として命令してしまえば余程の理不尽な命令でない限り断ることなど出来ないのだが、生まれながらにして王族として育っていないルイーズにはなかなかハードルが高いのだ。
「初めにお会いした頃と比べるとすっかり王族らしくなられましたが、遠慮深いところは変わっていませんね。そこが殿下の魅力でもあると思いますが、やはり人の上に立つ者として人を上手く使うということも覚えていかなくてはいけませんからね。……我々臣下の者はこの国と王族の方々を支えるために存在しているのですから、どうぞ心置きなく使ってください」
「……分かりました。では……調べ物、よろしくお願いします」
「仰せのままに」
立ち上がり胸に手を当てて腰を落としたアルベールは、いつものように魔導士のマントを翻し颯爽と去って行った。
(……さて。それじゃあ私も、図書館に行ってみるとしますか)
昼食後は時間があるので、外宮にある王城内の図書館に行くことにした。ここはアルベールが言っていたように、王国内で一番の蔵書数を誇る歴史ある図書館である。基本的には王城に勤務している者が利用するための施設なので、一般利用の場合は事前申請が必要となる。ルイーズは王女なのでいつでも好きな時に利用できる。
ジャンとシャルロットと共に内宮内の食堂で昼食をとったルイーズは、部屋に戻り隅に控えているイレーヌに声をかけた。
「イレーヌ、これからすぐにやらなければならない仕事はある?」
「いいえ、ございませんが…」
「じゃあ、図書館に行くから付いてきてくれる?」
「え…わたくしで良いのですか?」
護衛のマルセラでなく自分が指名されたことに驚いているイレーヌに、ルイーズはにっこりした。
「えぇ、大丈夫よ。騎士も付いてくるし、何より王城内だもの」
「はい。…かしこまりました」
「よろしくね」
少し魔力をコントロールできるようになってきたので、魔力を抑えるピアスを以前よりも弱い物に変えたのだ。そのため、護身のためのちょっとした魔法なら使える状態になっている。よもや王城内で命を狙われるようなことはないと思いたいが、護衛の騎士もいるし最悪自分の身ぐらいは守れると判断して、最近はマルセラ以外の侍女を連れて歩くことも増えてきた。
(それに、彼女には個人的に聞きたいこともあるしね)
ポケットに入った帳面の重みを感じつつ、初めて単独でお付きの指名を受けて緊張気味のイレーヌを従えてルイーズは図書館へと向かったのだった。
ここまでお読み下さいましてありがとうございました。
更新お待たせしており申し訳ございません。
ステイホーム中に予想外にハマってしまった島の開拓(すみません…御察しの通りゲームです)の方もひと段落したので、もう少し更新頻度を上げていけたらいいなと思っております。
評価・ブクマいただけるとやる気が俄然アップします!
よろしくお願いします!!




