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一定の距離を保ってついて来る従者のアデルと近衛騎士をチラリと確認して、アランが口を開いた。
「僕からも一つ訊いても?」
「何かしら?」
「さっきは僕が来たことにも気づかないくらい考えごとをしていたようだったけれど、一体何にそんなに悩んでるの?」
「え、と……それは……」
グレーの瞳に心配そうに覗き込まれて、ルイーズは言葉に詰まる。まさか「貴方がこれから死ぬ運命にあるから、それを阻止するにはどうしたらいいか悩んでいる」などと言えるわけもない。突然そんなことを言い出したら、気が触れたのかと思われるだけだ。
「もしかして、婚約者選びのことで何か悩んでる?」
「え…?」
「それとも、領地視察のことが気になっているのかい?」
ロッシュブール公爵領行きの条件として、国王である父に魔法攻撃を一撃でも入れること、というとんでもない条件を設定されてしまったことも悩みのひとつではある。しかし公爵領へアランと一緒に行くことは、そもそもゲームの設定通りに物事が進んだ場合に初めて意味を成す。
「……やっぱりそうか。国境付近の治安がもう少し改善されればいいんだけれどね…こればかりは僕達がどうすることもできないし…」
国王が治安の悪さを理由に公爵領行きを渋っていることがルイーズの悩みの種だと思っいているらしく、アランが整った眉を寄せた。ゲーム云々についてはともかく、国王から公爵領行きに条件を出されていることくらいは多分言っても大丈夫だろう。そう判断してルイーズは口を開いた。
「そのことについては、ある条件をクリアすればお父様は認めるとおっしゃっているわ」
「…ある条件?」
「えぇ。私がお父様に魔法攻撃を一度でも当てることが出来たら行っていいのですって」
「え…陛下相手に!?いくらなんでもそれは……」
ルイーズの言葉にアランは耳を疑った。王家の魔力が強いことはグランシェール国民なら子供でも知っている事実だ。しかも魔法のプロである魔導士ほどではないにしろ、王族が幼い頃から魔法の訓練を受けていることはアランも知っている。国のトップである国王に、同じ王族とはいえわずか10歳のルイーズが攻撃を当てるなんて、ほとんど不可能に近いのではないだろうか?
要するに、国王は実質的にはロッシュブール公爵領行きを認めていないのとほぼ同じことになる。その事実は、少なからずアランを落ち込ませた。にもかかわらず当のルイーズの方はそこまで絶望的というわけでもなく、ごく普通の様子に見える。
「つまりは私自身が少しでも自分の身を守ることができればいいみたい」
「それって───……いや、何事もやってみないと分からないか」
「そう思って魔導士団の方々に稽古をつけてもらっているのだけど、期限である春までに正直どこまでできるか分からなくて…」
「誰に稽古をつけてもらっているのか訊いても大丈夫かい?」
「えぇ、多分。…ガルニエ公爵とペルレ伯爵、それからギャレット辺境伯よ」
「……すごいな。魔導士団のトップ3じゃないか」
「そうなのよね。これでお父様相手に健闘出来なかったら、私のセンスがないってことになるわ…」
そう言って苦笑を漏らしたルイーズが一体どんな魔法訓練をしているのか、気にならないと言ったら嘘になる。本当はとても気になっているし、その手助けができればいいなと思っている。しかし、以前アランが魔力判定の話をした時に、ルイーズの魔力についてのジェラールの質問には答えられないと言っていた。だからきっと今ここで自分がそのことを訊いても、きっとルイーズを困らせてしまう。
だから、アランはそのことについてはルイーズ自身が話してくれるまで待つことにした。それに、自分と一緒に領地へ行くためにルイーズが頑張ってくれている。そのことだけで今は十分だ。
「僕が少しでも君の不安を取り除くことができたらいいのに……ちっとも役に立てないことが口惜しいよ」
悔しそうな表情のアラン。握られた手に僅かに力が入るのを感じながら、ルイーズは頭を振った。
「そんなこと…!こうやってアラン様に話を聞いてもらえるだけで、すごく嬉しいの。だから、そんなこと言わないで」
「……本当に?ただ僕が君に会いたいから来ているだけなのに?」
「本当よ。……だって、私もアラン様に会いたいもの…」
「ふふ…そう言ってもらえて嬉しいな」
ほんのり頬を染めて恥ずかしそうにしているルイーズが可愛くて仕方がない。思わず緩みそうになる口許を引き締めつつ、アランは手入れの行き届いた庭園をぐるりと見回した。
花壇では、今が盛りのパンジーやヴィオラなどの花が色とりどりに咲き誇っている。グランシェールの国花である薔薇や王家の紋章を模った花壇の小径を歩きながら、アランはルイーズと出会った時のことを思い出していた。あの時2人で歩いた薔薇園に足を踏み入れると、どちらともなく自然と足が止まった。
「もう3年近く経つんだね」
「…そうね」
「懐かしいような気もするけど、あっという間だったような気もするな」
グレーの瞳を細めて愛おしそうにルイーズを見つめるアラン。成長期である彼との身長差は会うたびに広がっているのではないかと思うくらいで、並んで立つとかなり頑張って見上げなくてはならない。
「これから3年後…いや、ずっとその先も、こうして君と一緒にいたい」
「アラン様…」
真っ直ぐに見つめられ、ルイーズの胸は切ないほどに締め付けられる。それと同時に、どこかでこんな台詞を聞いたことがあるような気がして妙な胸騒ぎを覚えた。
(よくアニメとかで「無事に帰ったら結婚しよう」とか言うと死んじゃう、いわゆる"死亡フラグ"っていうやつ!)
ネックレスを渡す時にも、アランは「ネックレスを見ていつも僕のことを思い出してほしい」と言っていたじゃないか。
不吉なフラグのようなセリフを再び耳にして、ルイーズは急に恐ろしくなってきた。心に芽生えた不安をどうにか打ち消したくて、ルイーズは縋るようにアランを見上げた。
「……アラン様。お願いがあるのだけど……」
「何だい?」
「あ、あの……少しでいいから、抱きしめて…欲しいの」
「えっ」
ルイーズが自分からこんなことを言い出すのは初めてだ。揺れるサファイア・ブルーの瞳に見上げられて、アランの心は不覚にもときめいた。
(……全くどうかしているな。彼女がこんなに不安そうな顔をしているというのに、嬉しいと思ってしまうなんて)
王族である彼女は、きっと自分には言えないことをいろいろ抱えているのだろう。まだ王族の一員となってから日が浅いために、戸惑うことも多いに違いない。でもきっと、こんな表情を見せてくれるのも自分だから。
彼女の不安を全て取り除くことはできなくても、少しでも軽くすることができるのなら。そのためなら、アランはどんなことだって厭わないだろう。
(……この"お願い"は僕にとっては得しかないけどね)
いつにない積極的なお願いに驚きつつも、こみ上げる嬉しさを隠しきれずアランは口元を緩めた。
「……仰せのままに、お姫様」
耳元で聞こえた囁きと共に、フワリと腕の中に閉じ込められる。
(……大丈夫、まだ時間はある。私が転生者の時点ですでに設定とは違うんだし、きっと何か方法があるはず)
全身を包み込む温もりを確かめるように自らも腕を回し、ルイーズはそっと目を閉じた。
◇◇◇◇◇
ルイーズは馬車の中にいた。舗装されていない山道を走る馬車の揺れは不安定で、取手をしっかりと握っていないと舌を噛んでしまいそうだ。
歯を食いしばり何とか揺れに耐えていると、小さな窓からも分かるほどに、空が一瞬だけ明るくなった。
(……雷?……いや、今日は雲ひとつない晴天だったはず。……じゃあ今のは……?)
何かがおかしいと思った刹那、馬車がガタンと一際大きく揺れて急に止まってしまった。何が起こったのか御者に聞くよりも早く、異変が起こった。
ヒュンヒュンと矢が飛んでくる音。騎士たちが駆けてくる足音。飛び交う怒号と剣戟の音。明らかな異常事態に、ルイーズの心臓は早鐘のように打ち始めた。
(どうする!?このまま中にいた方がいいか、それとも外に出て加勢する…?)
後ろに座っていたマルセラがいつのまにかすぐ側までやってきて、ルイーズを庇うようにドアの前でダガーを構えた。
「……殿下。このまま中でお待ちを───っ!?」
「マルセラ!?」
マルセラの言葉は非情にも最後まで紡がれることはなかった。急に糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた侍女兼護衛を呆然と見下ろしたルイーズの目の前で、馬車のドアが乱暴に開かれた。
「………お迎えにあがりましたよ、お姫様」
月明かりの中でもはっきりと分かるほどの燃えるような赤い髪と薄い琥珀色の瞳をした若い男が、不敵な笑みを浮かべてルイーズに手を差し伸べた。
「………貴方、誰?」
「私ですか?私は────」
男が自分の名前を名乗ったが、ルイーズの耳には聞こえない。代わりに、足元が崩れていくような感覚に咄嗟に目を閉じた。
ハッ、と目を開いて周りを見回すと、そこは見慣れた王宮の自分の部屋だった。
「………夢?」
全身にじっとりと汗をかいているのが分かる。あまりにリアルだったせいで、まだ鼓動が激しい。
(……さっきの人、見たことがない人だった。それに馬車に乗っていて誰かに襲われるなんて、まるで──)
──これから起こることを暗示しているようではないか。
そう考えて、ルイーズはブルリと身震いをした。いわゆる"予知夢"というやつだろうか?でも、魔力が強い家系に受け継がれる能力の中には、そういうものは無かった気がする。
ベッドの隣に置いてある水差しを取って口に含む。カラカラだった喉を潤してから再びベッドに入ったが、結局一睡もできないまま朝を迎えたのだった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
来週はお盆休みなので、もう少し更新できるといいな…。
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