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更新お待たせいたしました。
自室の前で所有者不明の帳面を拾ってから、ルイーズは目当ての人物と2人きりになる機会を伺っていたが、話しかけるタイミングが掴めないまま何日も過ぎていった。
この季節にしては珍しく暖かなある日の午後、ルイーズは王城の庭園内にある四阿で物思いに耽っていた。この後部屋にアランが来る予定になっているが、それまでにはまだしばらく時間がある。側には護衛でもある侍女のマルセラが目立たないように控えている。遠くに視線を移すと、花を付けていない薔薇のトンネルが目に入った。
(マルセラと違って、彼女はずっと私に付いているわけでもないし…困ったわね…)
あれから自室で何度も読み返した『君バラ』登場人物についてのメモから、分かったことがいくつかある。
まず主人公であるマリベルだが、ロゼッタ男爵領内で母と共に暮らしていたが、人攫いに誘拐されそうになったところ抵抗しようとして魔法の暴発事故を起こしたらしい。その後、母娘はメイドとして男爵家でお世話になることになり、子供がいない男爵夫妻がマリベルの魔力の多さを見込んで彼女を養女にした。魔力が多いことは、グランシェールの貴族界では有力な家と婚姻を結べる等、何かと有利に働くことが多いからである。
マリベルが王立学園に入ってから出会う攻略対象は全部で5人。ロッシュブール公爵家ジョアン、デュマ侯爵家ジェラール、キャシュフォール侯爵家エミール、レーヌ伯爵家ジャック、そしてファーブル子爵家リュック。
(見事に私が関わっている人ばかりだわ…)
リュックは今のところ面識はないが、ルイーズとは同い年なので学園で顔を合わせる可能性大だ。
ジョアンとジェラールのルートでは、ライバル令嬢役としてルイーズが婚約者になっているらしい。エミールとジャックルートではカミーユ、リュックのルートではなんとレイラが婚約者なんだそうだ。
ちなみに、アランは攻略対象ではないらしい。その点は安心したが、それなら何故ジョアンやジェラールルートでルイーズが婚約者になっているのだろう?
(やっぱり『君バラ』の方でも同じ設定なのかな……)
『プリロズ』でルイーズ王女の婚約者となっているのは、ジョアン・ド・ロッシュブール。ゲーム開始時点でアランはすでにこの世にいない。事故で数年前に亡くなっており、次男であるジョアンが次期公爵という設定である。
拾ったメモには、その部分については特に書かれていなかった。ルイーズがハートのネックレスを見て思い出したストーリーは、『プリロズ』オリジナル設定ではなく『君バラ』の設定を踏襲しているのだろうか?
(もしそうだとしたら、どっちのゲームの開始時点でもデフォルトとなっている設定を覆すなんて、とんでもなく難しいんじゃ……?)
そう考えて、ルイーズは胃の辺りがズシリと重くなるのを感じた。仮に元々起こるはずの事故を回避できたとしても、今度は何かしら違う理由で命を落としてしまうというのは、転生もののラノベなんかではよくある話なわけで。途中経過はどうであろうと、行き着く先は結局同じ──いわゆる"ゲームの強制力"というやつだ。
もちろん、その可能性には当初から気づいていた。でもどうしても認めたくなくて、わざと気づかないふりをしていたのだ。
ゲームのストーリーを変えるために自分がやろうとしていることが、実は全部無駄なんだとしたら?どんなに頑張って事故を防いだとしても、結局アランは亡くなってしまう運命なのだとしたら…?
「一体どうしたらいいの……?」
「悩み事があるみたいだね」
「えぇ」
「何に悩んでいるんだい?話してごらん」
「……実は───……え?」
知らず口に出していた独り言に返事があることに気づいて声のする方を顔を向けると、にこやかに微笑む整った顔がすぐ隣にあった。
「……ア、アラン様!?」
「やぁ、ルイーズ」
「どうして……い、いつから……っ!」
問いかけながら無意識に熱いものが溢れ出てきて、自分でも驚いてしまう。どうしても失いたくないと思っている人の笑顔を目の前にしたせいか、涙腺が緩くなってしまったみたいだ。突然泣き出したルイーズを見て、アランが目を見開く。
「……ルイーズ!?ごめんね、そんなにびっくりさせてしまった?」
「違うの……アラン様の顔を見たら、なんだかホッとしてしまって…」
「本当にそれだけかい?」
「えぇ」
「それならいいんだけど」
「突然ごめんなさい…」
心配そうなアランに微笑み返す。ルイーズがハンカチを取り出そうとドレスのポケットに手を伸ばしかけると、サッと目の前に水色の布が差し出された。
「これを使って」
「え…でも、私も持ってるし…」
「いいんだ。ルイーズに使って欲しいんだよ」
キラキラと眩しい笑顔でそう言われてしまうと、無碍に断ることもできない。
「……じゃあお言葉に甘えて」
「うん、どうぞ……いや、待って。……失礼するよ、ルイーズ」
「え……アラン様……!」
綺麗に折り畳まれたハンカチを受け取ろうとすると、急にアランが身体を寄せてきた。驚くルイーズの頬に左手を添えてから、右手に持ったハンカチでそっと目尻に溜まった涙を拭いてくれる。
「……これでよし、と」
「ありがとう、ございます……」
「いいえ、どういたしまして」
(美少年にガン見されながら涙を拭われるって、どんな羞恥プレイ……!!)
何故かとても嬉しそうなアランの前にして、ルイーズの恥ずかしさはMAXだ。そのままアランがハンカチを上着のポケットに仕舞おうとするのを、ルイーズが慌てて止めた。
「ハンカチが汚れてしまったわ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよ。洗って返すから」
「いや、むしろこのままがいいんだ」
「え…と、それはつまり……」
……何やら聞き捨てならない発言を耳にした気がするが、空耳だろうか?
「まぁ、細かいことは気にしないで。……そんなことより、今日は暖かいことだしせっかくだからここでお茶でもどうかな?」
(……言った本人に華麗にスルーされたよ!)
どのみちハンカチはそのまま持ち帰られる運命らしい。こういう時のアランに逆らっても無駄なことは学習済みなので、ルイーズは気持ちを切り替えることにした。
「……そうね。花が少なくて少し寂しいけど、たまにはいいかも」
「花ならここにあるじゃないか」
「え…どこに?」
「ここだよ、ほら。…僕にとっては、君がどんな花よりも綺麗に見える」
そっと頬を撫でられて、ルイーズはボッと頭から湯気が出るのではないかというほど顔を赤くした。
「ア、ア、アランさま……」
「ふふ…照れているの?…本当に可愛いな、ルイーズは」
嬉しそうに微笑む綺麗な顔が近づいてきたかと思うと、チュ、という音とともに頬に唇が落とされる。
(恥ずかしい……けど、嬉しい……)
「あの…アラン様」
「うん?」
おずおずと問いかけると、頬にある手はそのままにアランが首を傾げた。じっと見つめるグレーの瞳は限りなく甘い。ドキドキと高鳴る鼓動を感じながらルイーズは口を開いた。
「お茶の準備を頼んだ方がいいのではないかと…」
「そうだね。…マルセラ、お願いできるかい?」
「かしこまりました」
深々と頭を下げたマルセラが、近くにいた近衛兵に何やら告げてから内宮の方へ歩いていく。その姿を見送りつつ、ルイーズはアランに尋ねた。
「そういえば、アラン様は何故こちらに?稽古が終わるには少し早いのでは…?」
「あぁ、それなんだけどね…今日の稽古をつけてくれた第五師団の団長の都合で早めに終わったんだ。それで君の部屋に行ってみたら君は不在で、ここにいると聞いたから探しに来たというわけさ」
「そうだったのね…」
アランはルイーズの頬から手を離すと、今度はその手を彼女の手の上に置いて微笑みかけた。
「マルセラが戻ってくるまで、少し歩こうか」
「…えぇ」
アランと王城の庭園を歩くのは久しぶりだ。立ち上がるのと同時に、ごく自然に手の指がするりと絡められる。いわゆる恋人つなぎというやつだ。拒否する間もなく驚いてアランを見上げると、ギュッと手に力が入りとびきり甘い笑みを向けられた。
予想されていた方もいらっしゃると思いますが、少しだけネタばらし。
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