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3

王城の自室へと戻って来たルイーズは、軽く湯浴みを済ませてから王族専用の食堂でジャンとシャルロットと共に昼食を取っていた。今日の午後は、アルベールによる魔法の講義が入っている。


「姉上、魔法の訓練は順調?」

「えぇ。今日は泥人形を出してみたわ」

「泥人形!?…すごいや、姉上!王家では他に土属性の人はいないって聞いたよ」

「そうらしいわね。多分レーヌ家の方の遺伝なんだと思うわ」


ルイーズも初めて知ったのだが、イザークによるとピエールが風魔法と土魔法を使えるらしい。


「良いなぁ…僕も泥人形を出してみたいよ。そうすれば、いろんなことを命令してやらせることができるのになぁ」

「いろんなことって、例えばどんな?」


心から羨ましそうに言うジャンに尋ねてみると、「うーん」としばらく首を捻ってからジャンがパッと明るい表情になった。


「パレの相手をさせるなんてどうかな?」


いいことを思いついたとばかりにそう答えたジャンに、ルイーズが頷いた。


「……そうね、それくらいなら出来るかしら」

「えっ、本当?」

「多分。でも今の私じゃまだ無理ね。今日出せたのはこれくらいの小さな泥人形だったし、ベチャベチャ音を出して走ってたもの」

「そっか…」


ルイーズが両手で泥人形の大きさを示してみせると、ジャンが残念そうな顔をした。すると今度は、シャルロットがルイーズの方に顔を向けた。


「おねえさま、どろにんぎょうとおままごとできる?」

「おままごとねぇ……もっと私の腕が上がれば出来るかも……」

「わーい!どろにんぎょうさんとおままごとやりたーい!」

「頑張ってもっと魔法上手くなるから、それまで待っててね、シャルロット」

「うん!まってる!!」


子供心に泥人形というのは心惹かれるものがあるらしい。そういえば、前世でもよく庭で祐貴と泥まんじゅうを作ってたっけ。


昔のことを思い出して懐かしさを感じていたルイーズだったが、ふと見ると部屋の隅に待機しているジャンの侍従が物言いたげにしている。


「ジャン、もうすぐ午後の講義の時間なんじゃない?」

「そうかな?」

「…はい。そろそろ移動された方がよろしいかと」

「わかった、行くよ」


心なしかホッとした表情に変わった侍従に促されてジャンが立ち上がると、シャルロットの侍女も動き始めた。それを見て、ルイーズもマルセラに声をかけた。


「私達も行きましょうか」

「はい」


部屋に戻る途中で、ルイーズは入口近くの廊下に何かが落ちていることに気づいた。すぐに拾おうと屈みかけて、ギリギリのところで思い止まった。


(……っと、危ない。つい伯爵令嬢時代のクセで拾いそうになっちゃった)


こういう時に、高貴な者というのは自分で拾ってはいけないのだ。動きを止めて下を見ているルイーズに気がついたマルセラが、その視線の先にあるものを無駄のない動きで拾い上げた。


「……何かしら?」

「帳面ですね…何か書いてあります。……ここで見るのも憚られるので、とりあえずお部屋へ参りましょう」

「そうね」


部屋に戻ると、モニークが既にアルベールの講義の準備を済ませていた。アルベールが来るまでにはまだ少し時間がある。ソファーに腰を下ろしたルイーズの隣で、マルセラがさっき拾った帳面を手に取った。


小さな紙に2ヶ所穴を開けて麻紐で束ねたノートのようなものを、パラパラとマルセラがめくっていく。


「……見たところ、侍女の仕事の手順かと思われます。侍女のうちでも経験が浅い者の持ち物ではないかと」

「そう。じゃあこれを落としてしまって、きっと困ってるわね。もしかしたら探してるかも………マルセラ?」

「…………」

「…………どうかしたの?」


あるページを開いたままじっと凝視しているマルセラに、ルイーズが首を傾げた。彼女がルイーズの呼びかけに応えないことなど無いに等しい。それだけに、ルイーズは強い違和感を感じた。


スッと立ち上がってマルセラの手元を覗き込むと、マルセラが手に持っていた帳面をパタリと閉じた。ほんの一瞬だけ視界に入った文字に、ルイーズは大きく目を瞠った。


「……なんでもありません。失礼いたしました。……これはわたくしがお預かりして、落とし主を探しておきますので」


そう言って帳面をお仕着せのポケットに仕舞おうとしたマルセラを、ルイーズが押し留めた。


「ちょっと待って」

「はい、何でございましょう」

「今の…私にも見せてもらえる?」

「いえ、殿下の目にお入れするほどのものでは…」

「私が見たいのよ」

「ですが……」


躊躇いながらも、なおも渋るマルセラ。些末事で主人の手を煩わせたくないという心掛け自体は良いことだと思う。主人の采配を仰ぐかどうかを的確に判断出来ることも、優秀な家来の条件なのだろう。ましてやルイーズはまだ子供なのだから、耳にさえ入らないことや知らないうちに遠ざけられていることが山ほどあるに違いない。


しかし、本人がその存在を知っている上で見たいと言っているものを拒否する権限は、侍女である彼女にはないはずだ。いくらそれが主人のためを思って取った行動だとしても、だ。


(前から思ってたけど、マルセラってちょっと過保護気味なんじゃないかな…)


いつもスキンシップが多めのアランやジェラールを諫めようとしない従者にキツイ視線を送っているのも、きっとそのせいなのだろう。自分のことを守ってくれようとしていることはとても嬉しいが、ルイーズも自分自身でいろいろと考えて行動できるようになっていかなくては、ただのお飾り王女になってしまう。そうなることはルイーズの本意ではない。


それに、ルイーズの見間違いでなければ、一瞬だけ見えた文字は漢字だった気がする。マルセラには異国の文字としか映らないだろうが、自分なら多分意味がわかる。


(見るからに怪しげなものを渡したくないマルセラの気持ちも分かるんだけど、何とかしてあのノートを見せてもらわなくちゃ)


王族たる堂々とした態度というものはまだ身についているとは言い難いのだが、それでも少しでも威厳を保てるように、デュマ夫人の教えに従ってルイーズは顎を引いてお腹に力を入れ、しっかりとマルセラを見据えた。


「───マルセラ。貴女の主人は誰?」

「………ルイーズ・ド・ラ・グランシェール王女殿下です」

「そうね。その主人の意向に貴女の一存で背くということは、それなりの考えがあってのことなのよね?それは何なのか教えてくれる?」


ハッとしたように息を飲んだあと、マルセラが深く腰を折り帳面を差し出してきた。


「………申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしました」

「いいえ…私のことを思ってのことでしょう?……ありがとう」


マルセラから帳面を受け取りながら、ルイーズは微笑んだ。思いもかけず主人から礼を言われたマルセラは、驚いて下げていた頭を上げた。


「いつも私を守ってくれて助かってるわ、マルセラ。でも、私も今年は11歳になるのだし、いつまでも何も知りませんてわけにもいかないと思うの。それにこれ自体は私に害を為すものではないし、どういうものであるかは私自身の目で確かめて判断したいと思ったのよ。せっかく気を遣ってくれたのに、ごめんなさいね」

「いいえ、とんでもございません!殿下がしっかりなさっていることはよく存じ上げているのにもかかわらず、私の独断で差し出がましいことを申し上げてしまいました。誠に申し訳ございません…」


そう言ってまた頭を下げようとするマルセラに、ルイーズは苦笑をこぼした。


「謝るようなことではないから、もうやめてちょうだい。……それよりも、これをアルベール様が来られる前に見たいわ」

「はい」


もう一度ソファーに座ったルイーズが、一枚ずつ帳面をめくりながら目を通していく。確かにマルセラが言うように、侍女の仕事の手順やルーティーンについて書かれているようだ。


そこから何枚かは同じような内容が続いていたが、10枚ほど進んだところで何も書いていない白紙のページが出てきた。さらに何枚かめくっていくと、突然それまでとは雰囲気の異なるページが出てきた。そこに書いてある見覚えのある文字に、ルイーズの目は釘付けになる。


(ちょっと待って……これって……)


『君バラ登場人物について』という表題のついた一番最初のページには、ルイーズの名前が書いてある。誕生日から瞳や髪の色、それから生い立ちについて、本来ならごく一部の人間しか知らないようなことまで事細かに。速まる鼓動を感じながら、次のページをめくっていく。アラン、ジェラール、ジョアン、ジャック…と続く人物紹介は、「マリベル・ロゼッタ 」のページで終わっていた。


「……あの、殿下」

「……なにかしら?」

「お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ」


マルセラが気遣わしげに尋ねてきたが、出来るだけ動揺していることを悟られないように答える。


「そちらの文字なのですが…一見したところ東の国で使われているものに似ているような気がいたしました。それで、わたくしの方で調べてみた方が良いと判断したのですが…いかがでしょうか?」

「そうね……どうしようかしら」


口ではそう答えながらも、ルイーズの心は決まっていた。チラリと見た時にはマルセラと同じく東の国の言葉だと思っていたが、実際はそうではなかった。これは前世のルイーズが使っていた言葉───日本語だ。


この帳面を落とした人物なら、なんとなくだが目星はついている。マルセラは東の国関連でスパイを疑っているようだが、確かにこれが東の国の言葉で書かれていたならその線は十分に考えられると思う。しかし日本語で書かれたその内容は、どう見てもゲームの人物設定だ。


(……これは、またとないチャンスかもしれない)


『君バラ』の設定やストーリーについては、前から知りたいと思っていたのだ。


誰に拾われるか分からない場所に落ちていたということは、彼の人物がわざとルイーズに見せるために帳面を落としたとは信じがたい。思わずうっかりといったところだろうが、きっと今頃焦って探しているに違いない。初めにルイーズが言った理由とは少々異なるだろうけれど。


「とりあえず、これは私が預かるわね。必要ならお母様やガルニエ公爵に相談してみるわ」

「かしこまりました」


マルセラが頭を下げたのとほぼ同時に、ドアの外にいる近衛騎士がアルベールの来訪を告げる。急いで私室の机の引き出しに帳面を入れると、ルイーズはアルベールを出迎えるためにドアの方へと向かったのだった。


ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。

少しでも「面白い」「続きを読みたい」と感じてもらえましたら、評価・ブクマいただけると嬉しいです!

作者のモチベーションがぐーんと上がります!!

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