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更新お待たせいたしました。

ガルニエ家へ異国の商人達が訪れた時刻から数刻前。東の国の都安寧(アンニン)にある宮殿では、この国の行政官僚ナンバー2ともいえる内務府副長官の周建心(ジョウジエンシン)が、執務室の文机に置かれた古ぼけた鏡を覗き込んでいた。指定されたのはちょうど日没にあたる時刻。窓の外に見える橙色の夕日を視界の端に入れつつ、今はまだ己の冴えない顔しか見えない鏡が他の像を結ぶのを今か今かと待ち構えていた。


そうして待つこと四半刻ほど、鏡の表面が鈍く光ったかと思うと、先程まで自分の顔が見えていた鏡面に目つきの鋭い若い男の顔が映し出された。


「……遅いぞ、康英(カンイン)


鏡に映った男は、慇懃に頭を下げた。


「お待たせして申し訳ありません、周副長官。本日急に面会が許可されたせいで、準備に追われておりまして」

「面会が許可されただと?王城へ入るのは難しいのではなかったのか?」

「入城の許可は出ませんでしたが、代わりに王妃の実家である公爵家への出入りを許可されたのです。そこで例の王女とも会えることになりました」

「そうか!でかしたぞ」

「恐れ入ります」


このまま大した成果もなく皇帝へ報告することは気が重かっただけに、康英の言葉はかなりの朗報といえた。


「…して、その面会とやらはあとどれくらい後なのだ?」

「あと一刻半ほど後になります」

「鏡を置くことは出来そうか?」

「特産品の中に紛れ込ませれば、恐らく可能かと」

「相分かった。陛下にご覧いただけるよう急いで奏上しよう。抜かりなくやるのだぞ」

「心得ましてございます」


商人を装って現地に向かわせた諜報員である李康英(リカンイン)の顔が消えて普通の鏡に戻ったのを確認すると、周は皇帝への取り次ぎをお願いするべく執務室を後にした。


すぐに周は謁見室への入室を許可された。皇帝への謁見自体は珍しいことではないものの、普段は頭を下げたままのため、その尊顔を拝することなどまず有り得ない。まだ即位して数年にもかかわらず既に賢帝との呼び声も高い若き皇帝がどのような姿形をされているのか、周は好奇心を抑えることが出来ずにいた。


謁見室で平伏した姿勢で待っていると、程無く皇帝の入室が告げられた。衣擦れの音と共に皇帝が玉座へ着く気配を感じ、周は息を殺して頭を床にこすりつけた。


「……面を上げよ」

「はっ」


恐る恐る頭を上げた周は、己を睥睨する黒い瞳に捉えられ動きを止めた。


(……なんと、神々しい)


細面のかんばせに切れ長の黒曜石のような瞳、すらりとした鼻梁と薄く形のいい唇を持つ若き皇帝は、男の自分から見ても鳥肌が立つほどの美しさであった。


「それが、界を繋ぐという鏡か」

「…左様にございます」

「鏡を此れへ」

「かしこまりました」


側仕えの小姓が跪く周のところまでやって来る。周が絹に包まれた鏡を両手で恭しく掲げると、音もなく近づいた小姓が鏡を持って玉座の方へ戻って行った。もう1人の小姓が据えた台座に、絹の袋から取り出された鏡が立てかけられる。


この鏡と繋がった片割れの方は、折り畳む形になっており、大きさも懐に入るくらいの小さいものだ。予告された時刻が正確であることを祈りながら固唾を飲んで見守っていた周の耳に、ややあって聞き慣れない言葉が飛び込んできた。


「……大高(ダーガオ)国の言葉だな」


皇帝が小さく呟き、鏡に視線を移したのが見えた。大高(ダーガオ)国というのは、グラン(=大きい)シェール(=高い)をそのまま訳した呼び名である。ちなみに、ファールシュタッド皇国は、ファーレン(=運転する、乗る)シュタッド(=都市)から开都(カイドゥ)国と呼ばれている。


康英によると、今日公爵邸を訪れているのは、彼の他に商人が2人。大高国へ何度も訪れている彼らは現地の言葉も流暢に話すことができ、国内の事情にも明るい。彼らの供をしている康英は1番年若く言葉も話せない。後方に控えて言われた商品を取り出すだけの様子は、一見すると商人達の下働きのように見えるだろう。


しかしその実、この一行を取り仕切っているのは彼なのだということを、もちろんこの場にいる者は全員が承知している。


(筆頭魔導士でもある公爵が、よもや無為無策で他国の商人を自邸に招き入れるとは思い難いが…)


鏡を見ていない周には、時折漏れ聞こえて来る音声から想像するしかないのだが、皇帝の表情からするとお目当の人物は、まだ今のところ鏡には映っていないようだった。


それからしばらく大した動きもないまま鏡を見守ること数十分、それまで顔色ひとつ変えなかった皇帝がほんの僅か目を瞠った。


鏡の向こうから聞こえるのは、可愛らしい少女の声。話している内容は分からないものの、鈴を転がすようなその声は、謁見室にいる全ての者の注意を引くのに十分すぎるほどであった。


「───これが、巫女姫………」


取り憑かれたように呟いた皇帝の瞳は、まるで宝物を見つけた子供のように輝いている。彼の国の王女は僅か10歳ほどだと聞いている。彼女が本当に伝説の巫女姫だったとするならば、皇帝は自分の妃に迎えるつもりなのだろうか?


(皇帝陛下は今年18歳……年齢から言えば何ら不自然ではないが、自分の娘を後宮に入れたがっている貴族が黙ってはいないだろうな)


そんなことを周が考えている間に、鏡を食い入るように見つめていた皇帝は、王女から思ったよりも霊力が感じられないことを不審に感じていた。そして、金糸のような美しい髪の隙間に見える耳飾りから、微かに霊力のようなものを感じ、ある可能性に思い当たった。


「……王女の耳飾りを外させろ」


抑えた声音で短く指示を出した皇帝だったが、御意、という返答の後に、驚くべきことが起こった。


なんと、王女が真っ直ぐにこちらに目線を合わせてきたのだ。


「………っ!?」


深い海のように濃く青い瞳と鏡越しに目が合った皇帝は、頭の天辺から稲妻に打たれたような衝撃を受けていた。


(まさか、私の声が聞こえたというのか…?)


鏡が置かれた所から王女が座る場所まではかなりの距離があるはずだ。その証拠に、こちらの鏡に映っている王女の姿は、ほんの親指の先ほどの大きさしかない。それでも彼女がしっかりとこちらを見たのが皇帝には分かった。


全身を貫く痺れるような甘美な感覚に酔いしれながら、皇帝は王女が耳飾りを外すところを見逃すまいと鏡に目を凝らした。しかしそんな彼の期待も虚しく、王女は何事かを告げると、お付きの侍女を伴って部屋から出て行ってしまった。


(…こちらの意図を読まれたか)


しばらく経っても王女は戻って来ることは無く、さすがにこれ以上粘ることも難しいと判断したのか「陛下、失礼いたします」という康英の声と共に鏡がパタリと閉じられた。


後に残されたのは、目を閉じて物思いに耽るような様子の皇帝と何だか訳が分からない家臣たち。鏡を覗いていたのは皇帝だけなので、周りの者たちは王女が鏡越しにこちらを見たことを知らない。一体何が起こったのかと主君の様子を見守っていた周は、再び目を開けた皇帝の瞳に宿る強い光に気圧されて、思わず息を呑んだ。


「朕は何としてもあの姫を手に入れる。場合によっては実力行使も辞さぬ。今はまだ幼いが、あと5年もすればいい女になるであろうな」

「……はっ、仰せのままに」


謁見室の床に頭をこすりつけながら、内務府副長官である周建心は、どうすればなるべく穏便に彼の国の王女を皇帝の妃として迎え入れることが出来るのか、早くも頭を悩ませていた。



◇◇◇◇◇



応接間を出たルイーズは、ガルニエ家の侍女に先導してもらいながら広い廊下を進んでいた。後ろにぴったりと付いて来るマルセラからは、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。


グランシェールの言葉を話す少し年配の2人は、商人らしく人当たりの良い笑顔を浮かべながら品物を紹介してくれた。前世で見慣れた東洋人に近い見た目のおじさん達に個人的にはとても親しみを感じた。ただ、後ろで商品を取り出していた若い男だけは、そうはいかなかった。


(怖かった……!!)


この世界で物心ついてから初めて、ルイーズは誰かのことを怖いと感じた。グランシェールでは珍しい一重の黒い瞳でねっとりと纏わり付くような視線を向けられ、全てを見透かされたような錯覚に陥ってしまった。


後ろの男が寄越す異質な視線に、恐らく義母である王妃やマルセラも気付いていただろう。彼らの交わす言葉は思ったとおり中国語に近く、所々聞き覚えのある単語が耳に入ってきた。断片的に聞こえた会話から、見た目に反してどうやら後ろにいる若い男が指示を出しているらしいことが窺えた。


さらにそれだけでなく、ルイーズはその男の近くから異様な力を感じた。それは言ってみれば魔力の歪みのようなもの。無理やり空間を捻じ曲げて繋いだかのような不自然さに、それがどこから来ているものなのか視線を巡らせてみると、数ある商品の中に紛れて立てかけてある小さな鏡を見つけた。


(……ん?この部屋が映ってない……?)


角度からすると、壁紙が映っているはずの鏡面は何故か暗くぼやけていた。不思議に思って目を凝らしたルイーズは、一瞬だけ黒曜石のような瞳と鏡越しに目が合ったような気がした。


(え、なに………?)


鏡の向こうから「耳飾り」という言葉が聞こえたような気がして、ハッと我に返る。若い男が勧めてきた珊瑚のピアスをつけるためには、今つけているラピスラズリのピアスを外さなくてはならない。


これを事情を知らない他人の前で外してはいけないことは、王家の中では暗黙の了解事項だ。困惑して義母の顔を見ると、ジャクリーヌは分かったと言わんばかりに頷いた。


「そろそろ髪を直したい頃かしら、ルイーズ?」

「はい、お母様」


髪を直す、というのはこの国でトイレに行くことの間接的表現である。前世でいうところの化粧直しと同じ意味だ。


失礼いたします、と軽く腰を落として、ルイーズはマルセラと共に応接間を出た。滞在中に控えの間としてあてがわれた部屋の前まで来た辺りで、ドタドタと大きな足音が近づくのが聞こえて、ルイーズはサッと身構えた。


明けましておめでとうございます。

12月は毎日残業、休みに入ってからも家のことで追われていて、すっかり更新が遅くなってしまいました。

更新まで時間が空いてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m

これから春頃まで繁忙期が続き、さらに子供の卒業式なども重なり、なかなか執筆の時間が取れそうにありません。

なるべく時間を見つけて少しずつでも書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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