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更新お待たせしました。

今回は第3者視点、ガルニエ公爵サイドのお話です。

ガルニエ公爵家は、グランシェール王国の東の大国ファールシュタッド皇国と国境を接する地域に領地を持つ。かの地が国防の要であるというだけでなく、魔法大国である皇国との交流が盛んなことも、その大きな理由の一つである。


王都にあるガルニエ邸の印象を一言で言うならば、荘厳な歴史的建造物といったところか。建物自体は機能的に造られているが、よく見ると柱や壁、屋根などに施された装飾は高度な技術が用いられており、その精巧さには目を見張るものがある。しかしそれは決して派手なものではなく、一見するとどちらかと言えば質素に映るようなもの。まさに見る人が見れば分かる代物なのである。


ガルニエ邸が最初に建てられたのは300年以上前。それから幾度もの改築、改修を繰り返すも、基本的な造りは初めの竣工の頃から変わっていない。同じ公爵邸と言っても、優雅な建築美が感じられるロッシュブール邸とは全く趣きが異なっている。


また、代々優秀な魔導士を輩出してきた一家ならではの特徴として、屋敷内には数多くの魔道具が置かれていることが挙げられる。中には国内では類を見ない珍しいものもあるらしい。一見ただの家具や装飾品にしか見えないものがそうである場合もあるようで、一説によると当主であるガルニエ公爵でさえその全てを把握しているわけではないのだとか。 


そして今日ガルニエ公爵邸では、その最たるものともいえる自慢の客間に、東の国からの商人達を迎えていた。


「……どうだ、イザーク。分かるか?」

「そうですね…ぱっと見は代表して話している一番年嵩の人物のように見えますが、よく観察していると後ろで商品を取り出している若者が指示を出しているのが分かります」

「やはりそうか。……ダルク、お前はどうだ?」


ガルニエ公爵が後ろに控える老年の男性を振り返る。ダルクと呼ばれた男性は、はい閣下、と頭を下げてから口を開いた。


「恐れながら、イザーク様の仰るとおり商品を出し入れしている者がこの場を取り仕切っていると思われます」


ダルクはガルニエ家の使用人で普段は屋敷の護衛をしているが、実は諜報活動が専門である。そのため、彼は多くの外国の言葉に長けており、さらに読唇術も得意としている。


「うむ、意見が一致したな。…で、問題は奴らの目的が何であるか、だ」

「そうですね。今のところまだ変わった動きは見せておりませんが…もう少し様子を見ますか?」

「あぁ、そうだな」


彼らがいるのは、客間の隣にある部屋。客間との間にある壁は、向こうから見れば普通の壁だが、こちらからはマジックミラーのように向こう側を見ることができる。壁に施されているのは王城にさえ存在しない魔法で、ガルニエ家の者のみに使える《空間魔法》を応用したものだ。


壁の向こうでは、彼らの姉である王妃ジャクリーヌと義理の娘、王女ルイーズが東の国の珍しい特産物に目を輝かせている。声までは聞こえないものの楽しんでいることが窺える様子を視界に入れつつ、ガルニエ公爵はここ数日間の出来事を思い起こしていた。


領地の国境警備隊から、東の国の商人達が入国の許可を求めていると連絡が入ったのが約2週間前。彼の国から商人が来ること自体は珍しくないものの、いつになく大きな商隊を組んでやって来た彼らに違和感を抱いたのには、特にこれといった理由があるわけではない。単なる勘だといえばそうなのかもしれないが、何かがあると感じた公爵は、部下に彼らを密かに見張らせることにした。


そしてつい3日前、探りを入れていた部下からの報告を受けたのだが、その中で気になる内容があった。それは、商人一行の中の数人が国中で強い魔力を持った少女について聞いて回っている、というものであった。それと同時に、外交相のデュマ侯爵に商人達から登城許可の申し入れがあった。


彼らの要望は「王族の女性の方々に、工芸品や装飾品をご覧になっていただきたい」というものであったが、さすがにここまで来れば公爵も警護すべき対象が誰なのか察しがついた。


ならば、いっそのことこちらからカマをかけてみてはどうか?───それが、公爵の打ち出した策であった。


どうせ迎え撃つならば、王城よりもいろいろと仕掛けがあるガルニエ邸の方が何かと都合が良いし、万一何かが起こった場合の対処もしやすい。そんなわけで今回この屋敷に商人達を招いたわけだが。


(そんなに簡単にはボロを出してはくれないか)


引き続き隣室の様子を視界に収めながら、公爵は1人苦笑いを漏らした。人目を引く派手な顔立ちや豪快な立ち居振る舞いから、ガルニエ公爵の人となりを上辺だけで判断している者は多い。しかしその本質は紛うことなき魔導士そのものであり、国王を支える国のトップとしてのものに他ならない。


そして、その兄を傍で支えるイザークもまた然り。ただ、どちらかというと参謀的な役割が強い彼の方は、王女と一番接する機会が多いことから、商人達とやり取りをするルイーズの僅かな表情の変化に気づいていた。


「王女殿下が顔の横に手をやって、何かおっしゃっていますね」

「うむ……商人の言葉に、首を振っておられるな。何かを断っているように見えるが……」

「……閣下」

「何だ?」


背後から投げかけられた言葉に、振り向かずに答える。遠慮せずに言ってみよ、と告げると、少し躊躇う気配ののちダルクが口を開いた。


「……商品を取り出している男が、王女殿下のピアスに珊瑚はどうかと勧めているようでございます」

「ピアス…?」


ルイーズの養父であるレーヌ伯爵に頼まれてイザークがピアスを作ったことは、もちろん公爵も知っている。ルイーズの兄であるフィリップやアルベールも気づいたことから、魔力の多い者であればその用途に気づいてもおかしくはない。が、初めて会った外国の商人がそれにわざわざ言及するとなると、話は違ってくる。


「…もしや、あのピアスを外させるのが目的なのでは?」

「お前もそう思うか?」


イザークの言葉に、公爵の表情が険しくなった。もしそれが本当なら、つい先日国王に奏上したばかりの懸念が早くも現実化してしまうことになる。


実技の訓練を始めたばかりではあるが、ルイーズの上達ぶりには目を見張るものがある。このままのペースでいけば、学園に入学する前に講師陣と変わらないか、それを凌ぐレベルになる可能性もある。とはいえ、それはまだ先の話だ。今彼女を奪われでもすれば、身の安全を保証することはできない。


「…どうする?商品を見せてもらうフリをして立ち入るか?」

「そうですね。何かあってからでは遅いですし」


隣の部屋へ行くためドアの方へ向かうガルニエ公爵兄弟を、ダルクが呼び止めた。


「閣下、お待ち下さい!王女殿下が席を立たれました」

「…何?」


再び壁を通して隣の客間を見た公爵とイザークの目には、侍女に伴われて部屋を出て行こうとするルイーズの姿が映っている。後を追おうとした兄を押しとどめて、イザークが珍しく声を荒げた。


「私が行きます!兄上はここで彼らの様子を」

「わかった」


足早に部屋を出て行ったイザークを見送り、もう一度公爵が壁の方へ目をやると、この場のリーダーと目される目つきの鋭い若い男が、自分の隣に立て掛けていた掌サイズのものを畳んで上着の内ポケットに入れるところだった。室内の照明を反射して二つ折りの物体の内側がキラリと光ったのが分かった。


(……鏡?)


前にいる2人に隠れていて、そんなものがあったことに気づかなかった。一般的には、女性が身だしなみを整えるために持ち歩くようなものだ。あたかも商品の一部のように並べられていたがために、隣にいる部屋の者たちも疑問に感じなかったのだろう。


鏡は古来より魂を取られるといって恐れられてきたものだ。世の中には魔力が込められた魔鏡などと呼ばれるものもあるという。


仮に鏡があの男の持ち物だとして、商品ではない鏡をわざわざ立て掛けていたのは、一体何のためなのだろうか?


(さっき殿下にピアスを勧めていたのもあの男だったし、何かが引っかかる。……いや、待てよ。まさか)


短い逡巡ののちある可能性に思い当たった公爵の背筋に、冷たいものが走る。そうしている間にも、件の男は既に商品を鞄にしまい始めていた。背後を振り返ると、仲間と言葉を交わす男の様子をダルクが食い入るように見つめていた。


「……分かるか、ダルク?」

「はい。……『目的のものを見つけた』」

「目的のもの…?」

「『陛下も満足なさるだろう』……そう言っているようです」


陛下、というのは東の国の皇帝のことだろう。数年前に先代皇帝が急逝した後即位した若き現皇帝は、かなりの切れ物だという噂だ。彼らは、その皇帝から何らかの命を受けてグランシェール王国にやって来たというのだろうか?


彼らがすでに必要な情報を手に入れているのだとしたら、こちらから仕掛けるつもりが、逆にまんまと向こうの思惑どおりに事が運んだということになる。


もしかすると、自分はとんでもない失態を犯したのではないか?


今やガルニエ公爵の手足は感覚がないほど冷たくなっていた。ここで彼らを拘束することは可能だろうか?……否、その理由がない。せめて、気づかれないように彼らの帰途に追跡することぐらいしか、今のところ出来ることはない。


(王女殿下の訓練の内容を見直すべきかもしれんな。……その前に、まずは国王陛下にどう報告するか)


隣の部屋では、姉である王妃が大粒の真珠や琥珀、珊瑚のアクセサリーなどを購入しようとしている。その姿を壁越しに眺めながら、公爵の頭の中にはすでにこれから取るべき行動が浮かんでいた。が、奇しくもそれがルイーズ自身の利害と一致することになるとは、さすがの公爵でさえ知る由もないことであった。


ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。


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