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今回少し長めです。
「さっきはすまなかったね」
「…ローラン様のこと?」
「うん。この前のパーティーの後から君を紹介しろとうるさかったから、できればあまり会わせたくなかったんだけどね」
「いいえ、全く気にしてないから。明るくていい方だと思うわ」
「そう?ならいいんだけど」
ローランのことが気になるのか、まだ少し不満げなアランがテーブルの皿からサンドイッチを摘んで口に入れる。グランシェール王国ではお昼はあまりガッツリ食べずに軽く済ませることが多いため、今日のルイーズ達の昼食もサンドイッチ。とはいえ、内宮お抱えの料理番が作るものは、素材も味も最高級品だ。こんなものばかり食べているとすっかり舌が肥えてしまうなぁと思いつつも、食べる手は止まらない。
「私の方こそ突然押しかけてしまってごめんなさい。どうしても一度見てみたくて」
「剣の稽古を?見るのは初めてじゃないよね?」
「えぇ、初めてではないのだけれど…」
確かにレーヌ家にいた頃、ジャックの稽古を見たことはある。不思議そうな顔のアランに実はあなたが目当てなんですと言うのも恥ずかしくて思わず目を逸らすと、逃がさないとばかりに両手で顔を挟まれ正面を向かされた。
「…どうして目を逸らすかな?何を見てみたかったの?正直に言ってごらん」
「………」
にっこりと有無を言わせない笑顔のアラン。これは分かってやってる顔だ。こういう時のアランは本当に容赦がない。初めから勝ち目がないことは明らかなので、ルイーズは早々に観念して恥ずかしさを飲み込んだ。
「……アラン様が剣を振るうところを一度見てみたかったの」
「そうか…わざわざ僕を見に来てくれたんだね。嬉しいよ」
アランの笑みが一気に甘いものへと変わる。顔を固定されているせいで、視界全部をアランの美麗な顔が占めている。じわじわと顔に熱が集まっていくのを感じて、飲み込んだはずの恥ずかしさが振り返してきた。顔が赤くなる時って、自覚すると余計に赤くなるのってどうしてだろう?
「……あぁ、本当に可愛いなルイーズは。早く正式に婚約者になってルイーズとイチャイチャしたいのに」
「イ、イチャ……!?」
アランの口から似つかわしくない言葉が飛び出してきた。驚いて思わずアランをまじまじと見ると、反対にジッと見つめ返された。剣を振るっていた時の興奮がまだ残っているのか、それとも今の発言で何かのスイッチが入ってしまったのか、見つめる視線にはさっきまでとは違い明らかに熱が篭っている。
「君が12歳になるまでには婚約者を決定すると言われているけれど、それまでとても待てそうにないよ」
「アラン様……」
「ジェラールは本気だし、エミール殿だって……まだ幼いから自覚はなさそうだけど」
「…エミール様はあまり乗り気ではないと思うわ」
「どうしてそう思うの?」
「それは……」
さっきのキャシュフォール侯爵とのやり取りを話そうと思ったが、両頬はアランに挟まれたまま。さすがに話しにくいと思ったのか顔から手を離したアランだったが、代わりに両手をしっかりと握り込まれる。視線で促され、ルイーズは先程の出来事をかいつまんで話した。
ルイーズの話を聞いたアランは、少し考えこむような表情をした後にこう尋ねた。
「ルイーズはエミール殿と話をしたことはないの?」
「ジャックと一緒なら、何度か」
「ジャック殿と一緒?」
「えぇ。エミール様が2人きりだと緊張するとおっしゃって」
「うん、そうか。なるほどね」
キャシュフォール侯爵に答えた通りここ最近はまともに会っていないが、2〜3回ほどジャックも交えてお茶会をしたことがある。ところがエミールは恥ずかしがってほとんどルイーズの方を見ようとしないため、ジャックを挟んで会話をするという奇妙な状態になってしまうのだ。
しかも、ルイーズがレーヌ家を出てからというもの、どうもジャックの態度がおかしい。ルイーズ達は実際には従姉弟同士なのだが、ジャックは今まで通りルイーズのことを姉上と呼んでいる。さすがに公式の場では控えているようだけれど、ルイーズも急に殿下なんて呼ばれても戸惑うだけだから、それについては問題ない。
ただ、ルイーズが他の異性と話したりすると、ジャックの機嫌が悪くなるのだ。……まぁ要するに、シスコンを拗らせているというか、そんな感じだ。一緒に住んでいた時はそんなことはなかったのに、ルイーズが出て行って子供が自分だけになってしまったのが寂しいのだろう。
エミールとの会話にジャックを経由するとほとんど会話が成り立たなくなるので、できればジャック抜きで直接話をしたいと思っているのだけれど。
「そういえば、カミーユもそんなことを言っていたな。我が家にも一度エミール殿が来たことがあるんだけれど、最後まで一度も目が合わなかったらしい」
「そう…」
やっぱりカミーユでも同じなのね。極度にシャイというのも考えものだが、確か彼にはアランと同い年の姉がいたはず。
「……アラン様。エミール様のお姉様はローラン様の婚約者だったかしら?」
「うん、その通りだよ。ブリジット嬢だったかな?武家の令嬢なだけあってなかなか勇ましいらしくてね。ローランはすでに尻に敷かれているみたいだよ」
「まぁ、それはまた…。ローラン様ってブリジット様よりも年上よね?」
「そうだね。ブリジット嬢は僕と同い年、ローランは2つ年上だよ」
(ローラン様、早くも歳下の婚約者に尻に敷かれているってどんだけ…。ブリジット様ってそんなに強いの?……もしかしてエミールが女の子とうまく話せないのって、お姉様のせいじゃないわよね?)
思わずそんな疑念が湧いてくる。アランを見てみると、ローランのことを思い出したのか苦笑いを浮かべていた。
「そういえば、ジョアンとカミーユが君のお茶会に呼ばれていると話していたよ。ジャン殿下とシャルロット殿下も顔を出されると聞いたけれど本当?」
「えぇ。ジャンとシャルロットに関しては非公式だけれどね」
「非公式とはいえわざわざ顔を出すのには、何か理由が?」
「それについては、知らされていないから何とも…」
ジャンとヴィクトワールの顔合わせも兼ねているなんてさすがに言えない。ジャンはまだ6歳だし、同年代には三公爵家の一つであるフォンティーユ公爵家をはじめ、高位の貴族のご令嬢が他にもいる。今回のお茶会はあくまでジャンの個人的な希望を叶えるためのものであって、王家としての意向というわけではない。
「…そうか。じゃあ仕方ないね」
「ごめんなさい」
「僕も貴族の端くれだからルイーズの事情は分かるよ。気にしないで。───それより、例の領地視察の件だけど」
ありがたいことにアランがさらりと話題を変えてくれた。…そう、それがまた問題なのよね。
「…お父様が渋っていらっしゃるの。正式な婚約者というわけでもないし、治安に不安があるからって」
「国王陛下の懸念は尤もだと思うよ。可愛い娘を託すのだからね。それに、ここ最近ルーデック公国との国境付近の治安が悪化しているのは事実だ」
厳しい表情へと変わったアランへと尋ねてみる。
「治安が悪化というと、具体的には盗賊が出るとかそういうこと?」
「まぁ、それも含まれるかな。あとは、家畜が襲われたり、田畑が荒らされたりとかね。真偽のほどはわからないけど、一部には人攫いなんて話もあったりするし。まだ都市部までは被害が及んでいないけど、領民の不安は確実に高まっている。騎士による見廻りを強化しているんだけど、敵も巧妙でね。なかなか尻尾を出さないんだよ」
「そうなの…。でも、こんな話私にしてしまっていいの?本当は公爵家としては隠しておきたいでしょうに」
そう問いかけると、アランは苦々しい表情を浮かべた。
「どうせ陛下はご存知だから隠しても意味のないことだよ。他の人から聞くよりは僕の口から聞いた方がいいだろう?どちらにしろ、そこが解決もしくは多少なりとも改善しないことには、陛下の許可は出ないだろうしね」
「確かにそうね」
曲がりなりにも王女である自分を、情勢が不安定なところに行かせたくないのは当然だと思う。それにしても、その治安の悪さというのは一体何が原因なのだろうか?
「ルイーズ?」
アランに呼ばれて顔を上げる。ここは素直に疑問をぶつけてしまっても大丈夫だろうか?
「……アラン様、一つ伺いたいのだけど」
「うん、何かな?僕で答えられることなら何なりと」
「ありがとう。今回の国境付近での問題というのは、急に出てきたことなの?それとも前々からあったこと?」
「以前から全くなかったわけではないみたいだけれど、被害が増えてきたのはここ1年ほどらしいね」
「そう…何か原因があるのかしら?例えば、ルーデック公国で天候不良から食料不足が起きたとか、景気が悪くて失業率が上がったとか。…もしかして、また海賊の動きが活発になってきたり、とか?」
「……驚いたな」
「え?」
小さく呟かれた言葉に思わず問い返すと、アランが目を丸くしてルイーズの顔を見ていた。
「ルイーズが他の令嬢と違うということは分かっていたけれど、まさかこれほどとはね」
ルーデック公国との国境付近の治安が悪化しているというのは、実はネックレスに関するゲームのストーリーを思い出した時から知っていた。ただその原因についてはよく分からなかったので、地理的条件やこれまでの歴史的経緯から推測してみただけ。アランの発言から考えるに、どうやらビンゴだったらしい。
「……合っているの?」
「あの海戦でグランシェール王国とライン=アイグナー連合王国との連合軍に敗れたあと、海賊が弱体化したのは知っているよね?」
「えぇ」
ルイーズの答えにアランは満足げに頷いた。
「同時に頭領だったヤコブセンの力も弱まり、彼らはいくつかの小さな勢力に分かれた。それからしばらくその状態が続いていたけれど、1年くらい前にある男がそれをまとめ上げたんだ。ニールセンという名前らしいけど、まだ20代と若いながら指導力やカリスマ性も高く、そこから再び彼らは勢力を盛り返してきている。しかし同時にニールセンはかなり好戦的で、奴が頭領になってからきな臭い話がよく出るようになった」
「……それで、盗賊の話に繋がるというわけね」
「そういうこと。……普通のご令嬢はこんな話をしても退屈そうにするだけなんだろうね」
アランが愉快そうに目を細める。
「普通の令嬢らしくなくてごめんなさい」
「謝ることなんてないよ。むしろ僕はそんな君だからこそ惹かれたんだから」
「…本当に?気休めで言っているのではないわよね?」
「もしそうなら、自分から婚約を申し込んだりしないよ」
「ふふ…それもそうね」
握られた手に僅かに力が込められる。そこから伝わる温もりは今確かにここにあるのに、急に心許なく感じてくる。
「……ルイーズ?もしかしてまだ不安に思ってる?」
「いいえ。……公爵領に一緒に行けるといいわね」
「うん、そうだね」
柔らかい笑みを浮かべるアランに微笑み返すと、綺麗な顔が近づきそっと額に唇が落とされる。
(もし本当にこれがゲームの世界だったとしても、私はただ黙って見ていたくない)
脳裏に浮かぶ『プリロズ』の中の王女ルイーズの顔を振り払い、ルイーズは決意を新たにしたのだった。
誤字・脱字報告をしてくださった方、ありがとうございます!
また新たなキャラが出てきそうな予感…。
名前をつけるのもそろそろネタが尽きてきました。
ここまでお読み下さいまして、ありがとうございました。




