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「───アラン様」
マルセラに手を合わせて頼み込んでいるところに、ちょうどタイミング悪くアランがやってきた。……汗で湿った髪をタオルで拭う仕草が色気ダダ漏れで、たまらなく格好いいんですけど!!
「稽古を見に来ると言ってくれれば、もう少しいいところを見せられたんだけどな」
「急に押しかけてしまってごめんなさい。…でも、アラン様本当に強くて素敵でした」
「惚れ直してくれた?」
「えぇ、それはもう……!!」
ウットリと見上げるルイーズにグレーの瞳を細め、笑みを浮かべるアラン。騎士の皆さんは見てみないふりをしてくれているようで、汗臭い訓練場の廊下に似つかわしくない甘ったるい空気を醸し出しているであろうルイーズ達をスルーして歩いていく。…と思っていたら、動きを止めたアランが、振り返ることなく背後に向かって声をかけた。
「……ローラン。僕は今王女殿下と話しているところなんだ。邪魔をしないでくれ」
「いやぁ、悪い悪い。けどせっかくお会いできたんだから、俺にも紹介してくれよ」
「断る」
「えぇ!?即答かよ!」
後ろから来た人物に顔を顰めながらも、アランは口で言うほど嫌そうでもない。一体誰だろうと見てみると、体格や服の色からどうやらさっきアランと手合わせしていた少年らしいことが分かった。
(あれ?この人もしかして……)
鳶色の髪に緑色の瞳の少年は、顔立ちにどことなく見覚えがある。アランは気が向かないようだけれど、彼がルイーズの考えているとおりの人物ならば、紹介しないわけにはいかないはず。思ったとおり、アランは隣に並んだ少年を横目で見ながら短く溜息をついた。
「……仕方ない。こんなやつでも一応公爵家令息だしな」
「おい!一応ってなんだよ」
「本当に騒がしいな、君は。ほら殿下にご挨拶するんだろう?さっさとやったらいい」
「あぁ、言われなくてもやるさ!」
同年代の友人と話しているアランを見るのは初めてなので、なんだか新鮮だ。自分に向ける甘ーい雰囲気とは全然違う、ちょっと無愛想な感じもいいなんて思ってしまう自分は、ひょっとして重症なのだろうか?
ローランと呼ばれた少年は居住まいを正すと、ルイーズに向かって紳士の礼を取った。
「ご挨拶が遅れまして失礼いたしました。お初にお目にかかります、ガルニエ公爵が次男ローランと申します。以後お見知り置きを」
やはり思ったとおり、彼はガルニエ家の次男だったようだ。犬のようにギャンギャン吠えていたかと思いきや、公爵家の令息なだけあってさすがに礼は完璧だ。
「ルイーズですわ。公爵家の方々にはいつもお世話になっております。こちらこそよろしくお願いしますわ、ローラン様」
ドレスを摘み腰を落として挨拶すると、ローランは緑色の瞳をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべた。……なんかこの視線デジャヴだな。
「パーティーで拝見してからずっとお目にかかりたいと思っておりました。近くで見ると一段と麗しい…ようやく願いが叶って感無量です…!!」
「…そ、それは光栄ですわ。わたくしもお会いできて嬉しいです」
「本当ですか!?…あぁ、王女殿下が俺に会って嬉しいとおっしゃっている……」
(そういえばこの人私のファン?だったっけ?)
ガッツポーズのように拳を握りしめているローランを見て、兄であるアルベールよりガルニエ公爵の血をより濃く受け継いでいると感じる。今ならブンブンと勢いよく振られる尻尾も見えそうだ。この人とアランが友達ってちょっと意外な気もするけど、正反対のタイプで案外うまくいくのかも。
「ほら、もう気は済んだだろうから行くよ。いつまでも汗臭い格好で殿下の前にいるのは失礼だからね」
「え…俺まだ全然殿下と話してないんだけど」
「もう十分だよ。……では殿下、またあとで」
「えぇ、お待ちしてますわ。ごきげんよう、ローラン様」
「あ、はい。ごきげんよう……って、ちょっ…引っ張るなよ!」
(やっぱりワンコ決定ね)
噛み付くように悪態をつきながらアランに引きずられていくローランを見て思わず苦笑が漏れる。
「なかなか賑やかな方だったわね」
「はい。…我々も早くここを去った方が良さそうですね」
「あ……」
ルイーズ達の身分からしてあからさまに見てくる者はいないようだけれど、それでも注目を集めていたらしいことは想像に難くない。もうすぐお昼とはいえ、騎士の皆さんのお邪魔をしてしまって申し訳ない。
「……皆さま、お騒がせして申し訳ありません。訓練の邪魔をしてしまい失礼いたしました」
「殿下のせいではございませんよ。どうかお気になさらず」
お詫びの言葉とともに立ち去ろうとしたところで、騎士団長であるキャシュフォール侯爵が執務棟側の廊下から歩いてきた。今の発言からして、どうやらルイーズ達のやり取りを見ていたらしい。
「侯爵殿…そのように言っていただけて有り難いのですが、そもそもわたくしが事前の連絡もなしに見学に来たのがいけなかったのですわ」
「とんでもありません!こんなむさ苦しいところに来ていただけて光栄です。先程は主にガルニエ家の坊やが騒いでいただけですから、あとで公爵にきちんと抗議しておきますよ」
「そんな、抗議だなんて…どうかわたくしに免じて見逃してはいただけませんか?」
「いやいや、話のついでに小耳に挟んでいただく程度ですよ。ご心配には及びません」
「それならいいのですが…」
ちょっと場所が良くはなかったけれど、公式の場というわけでもないのにルイーズに会って喜んでくれただけで父親であるガルニエ公爵にお説教されたら可哀想な気がする。まぁ、キャシュフォール侯爵の顔を見ても怒ってはいないようだし、大丈夫かな…?
どうやらローランが公爵から大目玉を食らうわけではなさそうだとホッとしていると、キャシュフォール侯爵が周りを素早く見回して急に声を潜めた。
「……ところで、ここ最近息子のエミールは殿下のところに伺っておりますでしょうか?」
「いいえ、いらしていませんが」
「やはりそうですか……ちゃんと顔を出すよう言っておいたのに、全く困ったやつだ」
うーむ、と唸りながら額に手をやる侯爵。どうやらエミールは父親にルイーズのところに行くよう言われているが、その通りにしていないらしい。別に自分の方で断ったりはしていないのだけれど、何か理由があるのだろうか?
エミールはジャックやジョアンと同い年で仲がいいらしく、先日の誕生パーティーでもずっと3人でつるんでいた。まだ9歳だし、王女である自分と話すよりも友達と遊んでいる方が楽しいのは当たり前だと思う。ルイーズとの婚約についても、どちらかというと侯爵が乗り気で是非候補に入れて欲しいとゴリ押ししたらしいという噂を聞いたことがある。
「……あの、侯爵殿。わたくし一度エミール様ときちんとお話ししてみたいのですが、差し支えなければそのようにお伝え願えませんか?」
ルイーズの言葉を聞いて、侯爵は眉間に寄せていた皺を消し去り顔を綻ばせた。
「もちろんでございます!女性の前に出るとまともに話もできない朴念仁ですが、必ずや殿下のお心を射止められるよう言い聞かせておきますので」
「あ、いえ…わたくしはエミール様と少しお話ししたいだけですので、どうか誤解をなさらないでください」
「えぇ、わかっておりますとも!先ずはお友達からというわけですな。……あぁ、ようやく我が家にもチャンスが巡ってきた!!」
「ですから、そういうことではなくてですね…」
「そうと決まればすぐにでも日程を調整しなければ。…王女殿下、追ってご連絡差し上げますので、これにて失礼いたします」
「あ、侯爵殿……!!」
(……ダメだ。全然聞いてないや)
侯爵は一方的に挨拶をして足早に立ち去ってしまった。エミール本人があまり乗り気でないなら婚約者候補から外してもらってもいいかなと思っているのだけれど、どうやら勘違いされているようだ。面倒なことにならなければいいんだけど。
「……行きましょうか、マルセラ」
「はい」
あまり長居すると、シャワーを浴びに行ったアラン様の方が先に着いてしまう。ここでキャシュフォール侯爵に会ったのは予想外だったけれど、エミールと話す機会を設けられたのは良かった。ルイーズの婚約者候補になっているばかりにエミールの出会いのチャンスを減らしているのだとしたら、申し訳ないと思うし。
さっきのキャシュフォール侯爵の反応に一抹の不安を覚えつつ、ルイーズは内宮の方へと向かったのだった。
また新しいキャラが出てきました。
前回出てきた侍女見習いのイレーヌと一緒に、登場人物紹介に加えておきます。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。




