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広い執務室に、沈黙が下りる。ややあって、眉間に皺を寄せたアレクサンドルが口を開いた。
「……そなたらの言い分はわかった。2つ目の理由の続きとやらを述べてみよ」
「では、ここからは私が」
イザークに代わって、今度はガルニエ公爵が立ち上がった。
「ご存知のとおり、現在我が国にほとんど女性の魔導士はおりません。私の秘書である娘のロザリンヌと事務方窓口のヴァリエ子爵令嬢の2名のみですが、彼女達もすでに結婚が決まっており間もなく退職するでしょう。魔法の才能があり男性魔導士同様、もしくはそれ以上に使えるにも拘らず、女性は学園卒業後は魔法とは関係ない仕事しかせず一年以内に退職。これが我が国の現状です」
「そうであろうな。長らくそうであった。……それを変えたい、と?」
軽く眉を上げたアレクサンドルに、ガルニエ公爵が頷いた。
「左様でございます。魔導士になれるほどの魔力を保有する者の数自体が限られている上、前の戦いで魔導士団はかつてない人材不足に陥っていることは陛下もご承知であられるかと。とはいえ、肝心の高位貴族ほど保守的な考え方の者が多いこともまた事実。女性の積極的な登用を促すにあたり、王族である王女殿下の存在はこれ以上ないほどの影響力があると考えられます」
ガルニエ公爵の意見は大体アルベールが前に言っていたことと同じだが、王女であるルイーズを政治的に利用しようというところは、さすがに伊達に魔導士団のトップにいるわけじゃないな、と妙なところで感心してしまった。
ガルニエ公爵の意見を聞いたアレクサンドルは、相変わらず険しい表情を崩さない。
「魔導士団の窮状は、私とて憂慮するところだ。女性の登用についても、周辺諸国と比べて我が国が遅れていることはかねてより指摘されていたことでもあり、基本的には賛成している。ただ、それとこれとは話が別だ。そなたらは魔導士団の人寄せのためにルイーズを利用し、場合によっては前線に立たせることも厭わない……そのように申すか?」
地を這うような声で公爵を睨みつけるアレクサンドル。国王からの威圧感のある視線にも全く怯むことなく、落ち着き払った声で公爵が答えた。
「王女殿下を利用するということについては、否定いたしません。陛下の姉君はデルアーレ王国に嫁いでおられますが、それは外交上の目的のため…すなわち国益にかなうと判断されたからに他なりません。稀有な能力をお持ちの王女殿下を他国に嫁がせようなどとはよもやお考えではないでしょうが、そうでないならば国内において王族として殿下が国益にかなった働きをされるのは当然のことかと。……そのことを踏まえた上で、我々は殿下に前線に立っていただくのではなく、優れた魔導士として後進の指導のためにお力を貸していただきたいと考えております」
「……後進の指導とは具体的にはどのようなものだ?学園の講師ということか?」
公爵の言い分に理があると認めたのか、アレクサンドルの表情が苦々しいものへと変わる。公爵もそれを見て少しホッとしたように小さく息を吐いた。
「そこまではまだ詰められておりません。殿下もまだ10歳になられたばかりですし、これから環境を整えていこうというところですので」
「うむ、そうか。───ルイーズ、そなたはどう思う?今の話を聞いてもなお本格的に魔法を学びたいか?」
急に父に話を振られて、戸惑ってしまう。お偉いさん達が丁々発止のやりとりをした後で、10歳の小娘が意見を言うの?ちょっとハードル高過ぎやしません??
おじさま達の視線が集まっているのを感じて緊張しながらルイーズが立ち上がろうとすると、アレクサンドルが「座ったままで良い。お前の素直な意見を聞かせておくれ」と優しく微笑んだ。父に小さく頷いてから、ルイーズは口を開いた。
「わたくしは自分に魔力があると分かった時から、魔法を学びたいと思ってきました。それは今でも変わりません。わたくしの持つ能力がこの国のためになるのならば、再びお祖父様達のような犠牲を出さないために役に立つのであれば……ぜひお役に立たせていただきたいと思います」
自分のチート級の魔力が何の役に立つのか、正直まだよくわからない。もしかしたらゲーム的には主人公である皇国の皇子のために使うものなのかもしれない。でも、魔導士としてこの国を守るために命を落とした祖父やガルニエ公爵の弟レオン、ルイーズを身篭ったために早逝したソフィー、レーヌ家を継ぐために魔導士になる道を諦めた伯父ピエール……いろんな人達の犠牲の上に今の自分は生かされている。そう考えると、国のためにこの能力を使うことが、1番正しい気がするのだ。個人的には前線に立ちたいという気持ちもあるけれど、それは王女である限り難しいのも分かっている。そういう意味で、公爵の示してくれた道はベストなのではないかと思えた。
「…………そうか」
少しの沈黙のあと、アレクサンドルが短くそう言った。
「お前がそう答えるだろうとわかっていた。8年間王女だと公表できなかった上に、さらに重荷を背負わせることは避けたかったのだが…」
「いいえ、お父様。わたくしは今こうやってここにいられるだけで十分過ぎるほどですわ」
「…… お前がもっと愚かで我儘であれば楽であったのにな」
苦さを含んだ声でそう呟くと、アレクサンドルはガルニエ公爵達の方へと顔を向けた。
「そなたらの意見は了承した。本人も希望しておるゆえ、ルイーズへの本格的な魔法の訓練を認める。……ただし、危険を伴うことだけはどんな事情があろうと許さぬ。それだけは忘れるな」
「はっ。かしこまりました。しかと肝に銘じておきます」
最後に全員で立ち上がり、頭を下げたまま国王が退出するまで待つ。奥のドアが閉じられると、ガルニエ公爵がルイーズに向かって満面の笑みを浮かべた。
「……いやそれにしても、王女殿下は誠にご聡明でいらっしゃる。陛下に物怖じせずはっきりとご意見を述べられたところなど、惚れ惚れしてしまいました」
「いえ、そんな…たいそうなことでは…」
「いやいや、そのご年齢で実に大したものです。我が家の次男などは先日のパーティーですっかり殿下のファンになってしまいましてな。魔導士になれば殿下にお会いできると今から騒いでおりますよ。私もあと20歳若ければ、すぐにでも求婚しているところですぞ」
「……そ、それは光栄ですわ」
ワッハッハと豪快な笑い声を上げる公爵に、乾いた笑いしか出てこない。ファンて一体…。イザークが「兄上はまたそんなことを」と窘めている隣で、ギャレット辺境伯はウンウンと大きく頷いている。…なんかイヤな予感。
「殿下の魔力を考えると厚かましいお申し出かと存じますが、それでも1人でも御身を守る者がいる方が心強いというもの。1日も早く殿下のお側に仕えることができるように、愚息をこれまで以上に鍛え直したいと思います」
「い、いえ!わたくしには護衛はすでにおりますから…」
(私なんかのためにしごかれる息子さんが気の毒だわ。しかも、勝手に護衛決定してるし)
「どうかそう仰らずに。愚息も殿下のファンの1人ですから、お側に置いていただけるなら光栄でございます」
(ここにもファンがいたーー!!
なにこれ?ゲームの攻略対象特典なの!?)
恭しく頭を下げる辺境伯を慌てて押しとどめる。
「あ、あの、頭を上げてください!護衛のことは、また考えますから」
「ありがたき幸せにございます。愚息にも伝えておきます」
「いえ、まだそうと決まったわけでは…」
困って視線を彷徨わせると、やれやれといったように首を振るイザークに同情的な視線を向けられた。相変わらずニコニコしている公爵から、今後はこのお三方からそれぞれ得意な属性ごとに特訓を受けることになると聞かされ、何だか賑やかになりそうだなと感じたのであった。
◇◇◇◇◇
時を同じくして、大陸のはるか東の国では───。
「石英、巫女姫の生まれ変わりが見つかったというのはまことか?」
「はい、左様にございます。2年前に一度霊力を感知したのですが、その後は一切感知できず存在が危ぶまれておりました。それがつい先日、また水晶に反応が出たのです。しかも以前よりも強い反応でございました」
「そうか。…して、その者は何処に?」
「かの者は、大陸の西にある大高国にいるようでございます」
「大高国というと、巫女姫が嫁いだ先ではないか。もしや、子孫ということか?」
「そうやもしれませぬ。いずれにせよ、ただ今隠密を向かわせております故、今しばらくお待ち下さいますよう」
「承知した。何か分かったらすぐに知らせろ」
「仰せのままに」
白髪の占術師が退出したあと、玉座の上でしばし考えに耽るのは、怜悧な顔つきの年若い男。漆黒の艶やかな髪を結い上げ、刺繍が一面に施された豪奢な着物を纏う線の細い彼の黒い瞳に映るのは、一枚の姿絵。その存在は、100年の間国に繁栄をもたらすと言い伝えられている。
「巫女姫……たとえ姿形が違っていようと、必ずそなたを見つけ出す」
小さな独白は、誰に聞かれることもなく宮殿の広い玉座の間に消えていった。
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