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「姉上、ちょっと待って…!」

「もう少しで終わりだから頑張って、ジャン」

「ちょっとだけ休ませてよ」

「そうね……」


今や日課となった朝食前の走り込みのため、ルイーズは今ジャンと内宮の庭にいる。今年になってからジャンも参加し始めたのだが、今のところまだルイーズの方が早い。この体はいろんなところがチート設定らしくて、前世と比べると格段に運動神経もいい。


アランからもらったネックレスをきっかけに思い出した『プリロズ』のストーリーは、ルイーズに大きな衝撃を与えた。もし本当にそれが現実のものとなってしまえば、ルイーズにはこの先ずっと絶望感に打ちひしがれながら過ごしていく人生しか見えない。


ゲームのストーリー的にはそこから主人公との出会いに繋がっていくのだろうけれど、ルイーズはそんな未来は嫌だ。そこでゲームの展開をなんとしてでも阻止すべく、ルイーズは密かに計画を立てることにした。今取り組んでいる体力づくりも、その「ゲーム展開阻止計画」の一つ。


庭の噴水の側で膝に手をつき荒い息をしているジャンを見遣り、あることを思いつく。


「ねぇ、ジャン。もう少し頑張れたら、今度私がお茶会をする時にジャンも参加できるようカトリーヌ様に頼んでみてもいいけど…どうかしら?」


ルイーズの言葉を聞いて動きを止めると、ジャンは顔を上げて疑わしげな視線を向けてきた。


「……それ、本当?」

「本当よ。お茶会に参加できるかどうかは、カトリーヌ様のお返事次第だけど」


ジャンはどうやらルイーズの生誕パーティーで見かけたヴィクトワールのことが気になっているらしく、パーティーが終わった後すぐに「姉上がさっき話していたご令嬢って誰?」と詰め寄ってきた。初めはどの令嬢のことか分からなかったけれど、話を聞いていくうちにヴィクトワールのことだと分かった。


ヴィクトワールは兄であるジェラールによく似ていて、お人形のような美少女だ。色白で頬はバラ色、小さなお口と長いまつ毛に縁取られた大きなヘイゼルの瞳、ハニーブラウンの巻き毛の、まさにフランス人形のような愛らしい姿をしている。中身は見た目に似合わず結構しっかりしていてたまに腹黒の片鱗が見えることがあるのだけれど、これはデュマ家の血筋なのかも。


ヴィクトワールはジャンより2つ歳上だけど、それくらいなら年齢的には問題ないと思うし、もしジャンのお妃候補なんてことになったら、デュマ夫人の張り切りようが今から目に見えるようだ。王妃ともなると腹芸も出来なくてはならないだろうから、結構向いているんじゃないかという気がする。


「……わかった。その代わり、ちゃんと約束守ってよね?」

「もちろん。…じゃあ、あと3本ね」

「えぇ〜!3本も!?」

「ほら、ごちゃごちゃ言わずに行くわよ!」

「うへぇ…」


付き合わせてしまってジャンには申し訳ないけど、今のルイーズにとって体力づくりは欠かせない。いざという時にすぐに動けるように、足手まといにならないように。ルイーズ1人で走り込んでいると目立つので、ジャンと一緒にやっている方がカモフラージュになるのだ。


「ジャン、大丈夫?」

「……大丈夫じゃない。速すぎるよ、姉上」


今日の分のノルマが終わって肩で息をしているジャンが、恨みがましい目を向けてくる。そんな顔しても可愛いだけなんだけどね。


「ジャンなら私なんてすぐに抜かすわよ。…さぁ、シャワー浴びに行きましょう」

「姉上を抜かすなんていつのことなのさ……」

「ふふ、また後でね」


ブツブツ言いながら侍女たちと部屋に戻っていくジャンを見送って、自分もマルセラを連れて自室へと向かう。シャワーで汗を流してから、この後皆で朝食を取ることになっている。


パーティーからしばらく経ち、すっかり秋めいてきた頃。王太子妃であるカトリーヌが男の子を出産した。第2王子となるその子はフレデリクと名付けられ、国王や王妃はもちろん、ジャンやシャルロットも生まれたばかりの弟にすっかりメロメロだ。


自分はというとあまり変わりばえのしない毎日を送っているけれど、今日は久々にいつもとは違う予定が入っている。魔力測定からしばらく保留となっていた魔法訓練について、今後の予定が決まったらしい。国王の執務室に呼ばれているのは、筆頭魔導士のガルニエ公爵、筆頭魔導士補佐である公爵実弟のイザーク、同じく補佐のギャレット辺境伯、そしてルイーズ。ちなみに、辺境伯と謁見以外でちゃんとお会いするのは今日が初めてだ。


朝食の後、来客用のドレスに着替えて外宮へと向かう。国王の執務室に入ると、ルイーズ以外の3人はもうすでに応接室で待っていた。


「皆さま本日はご足労いただきありがとうございます。お待たせして申し訳ありません」

「いえ、我々も今しがた参ったところです」


ニカッと笑顔を浮かべたガルニエ公爵がそう答えると、末席にいたガッシリした体格の男性がこちらへ寄ってきた。


「お初にお目にかかります、王女殿下。筆頭魔導士補佐を務めさせていただいております、ヴィクトル・ド・ギャレットと申します。以後お見知り置きを」

「ルイーズですわ。こちらこそよろしくお願いします、ギャレット辺境伯」


ドレスを軽くつまんで腰を落とすと、ギャレット伯の琥珀色の瞳が優しげに細められた。


「このように可愛らしい姫君を隠しておられたとは、陛下もお人が悪い。恐れながら私の愚息は殿下より一つ歳上でございますので、学園ではぜひこき使ってやってください」

「まぁ、こき使うだなんて…。先日のパーティーで御子息を拝見いたしました。こちらこそ仲良くさせていただけると嬉しいですわ」

「勿体ないお言葉です」


ギャレット辺境伯がそう言って頭を下げると、近侍が国王の入室を告げた。前列にルイーズが、そしてその後ろに魔導士団トップ3である3人が膝をついて頭を下げる。アレクサンドルが椅子に座った気配がして、すぐに「皆、頭を上げよ」と声が聞こえた。各自椅子を勧められて、テーブルにつく。


「この度は我が娘ルイーズのために時間を割いてもらい感謝する。経過は都度報告を受けていたが、今日は最終的な結論を聞かせてもらおう」

「はい、では僭越ながら私からご報告申し上げます」


ルイーズの実技担当でもあるイザークが立ち上がり、一度頭を下げてから話し始めた。


「王女殿下におかれましては、先だって行われた魔法実技訓練前の適性検査の結果、全属性の適性をお持ちであるという結果が出ました。こちらは簡略化された検査であるため、後日改めて殿下がお手に取られた魔石を分析しましたところ、やはり最初の検査と同じく全属性持ちという結果でした。これまでのグランシェール王国の歴史上これは極めて稀なことであり、建国の祖シャルル王を含め、記録に名が残っている限り全属性持ちの方はこれまでわずか3人のみです」


その残りの2人の名前は、アルベールから習ったことがある。1人は約300年ほど前に活躍した大魔道士、そして残りの1人は5〜6代くらい前の国王だったと思う。しかもこの王様の母親というのが、ルイーズがシェリーの意匠を選んだ時にチラッと出てきた例の東の国出身の王妃なのだ。


この王妃について調べてみたところ、インホア様という名前だということが分かった。"樱花(インホア)"というのは中国語で桜の花を指す。つまり、ご自分の名前の花を意匠に選ばれたというわけ。東の国の言葉が中国語に近いというのも驚きだったし、前世の“私"も中国に住んでいたことがあったから何だか縁を感じてしまう。


ルイーズがそんなことを考えている間にも、イザークの説明は続く。


「この事実を受け、我々魔導士団としましては、これから述べる2つの理由により、王女殿下への本格的な魔法訓練の実施をお願い致したく存じます」

「…申してみよ」

「はい。……まず1つ目の理由ですが、殿下の能力はいろいろな者にとって非常に魅力的であり、それ故に常に危険と隣り合わせであるという点です。魔石を使って魔力を吸い取れることは陛下もご存知だと思いますが、世の中には他人の身体を乗っ取って魔力を行使する邪法もあるとのこと。まだ殿下がご成人されないうちは魔力を隠しておくことも可能かもしれませんが、私でさえ殿下の膨大な魔力を感じることができるのですから、いつまでも隠しておくのは不可能だと思われます。そうなれば周辺の諸外国はもちろん、国内においてもよからぬことを企む者たちが殿下の魔力を利用しようと考えてもおかしくありません。その時に殿下がご自身を守る術をお持ちでないことは、非常に危険なことであると我々は考えます。次に2つ目として、純粋にこれほどの類稀なる才能を埋れさせておくのは惜しいという理由です。このことについては、また後ほどこれからの方針と共に詳しく述べさせていただきます」


イザークの説明を受けて、アレクサンドルは「うむ」と一言唸ったきり黙り込んでしまった。


中途半端ですが、長くなりそうなので一旦切りたいと思います。

ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。

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