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※2020年4月22日
後半部分少しだけ加筆・修正いたしました。
※2020年8月16日
公爵領サン=セクーレまでの道のり
王都から5日→3日へ修正いたしました
ルイーズの方に向き直ったアランが口にしたのは、少し意外な内容だった。
「来年の夏に領地に視察に行く予定なんだ」
「公爵領、といいますと…確か北東の方でしたよね」
「うん。北のルーデック公国と国境を接している土地で、今は先代の弟である大叔父が治めている」
「そうなんですね。…でも、なぜこの時期に視察に?」
「それはね…大叔父のところは男子が生まれなくて婿養子を取るかずっと悩んでいたんだよ。でもうちに男の子が2人生まれたから、婿養子は取らずどちらかに領地を任せるということになったんだ。僕は来年13歳になるし、とりあえず先に一度領地を見に行こうかという話になってね。冬は寒さが厳しい土地だけれど、夏はむしろ王都に比べて涼しいから、避暑も兼ねてその時期に行くことに決まったというわけさ」
貴族にとっては何ということはない、よくあるただの単語なのだが───領地視察、という言葉に何故か妙な引っ掛かりを覚えた。
「王都からはどれくらいかかるんですか?」
「領都のサン=セクーレまで、だいたい馬車で3日くらいかな」
「馬車で3日…」
サン=セクーレは、確か公爵領の南の方にあったはず。ということは、そこから領地を回るとなると、さらにかなりの距離を移動することになる。雪のない時期だから移動は大変ではないだろうけど、しばらく会えなくなるのは寂しいなぁ……。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、アランの瞳が嬉しそうに細められた。
「……しばらく僕に会えないと寂しい?」
「はい、寂しいです」
「ルイーズは素直で可愛いなぁ。……なら一緒に来る?」
「……へ?あ…え、と…今なんて……」
何を言われたのか分からず、意味不明の音を連発するルイーズが面白かったのか、アランが吹き出した。
「ぷっ、くく………」
「……アラン様、そんなに笑わなくても」
「うん、ごめん。慌てるルイーズも可愛いくて。…もし陛下のお許しが出たら、ルイーズも一緒に公爵領に行ってみないかい?……未来の公爵夫人として」
「未来の、公爵夫人……」
なんて素敵な響きなんだろう……!!
うっとりとその言葉を噛みしめていると、少し意地悪な笑みを浮かべたアランが、ルイーズの顔をずいっと覗き込んできた。
「……ねぇ、ルイーズ。今日はどうしてジェラールとあんなに接近していたの」
「え……そ、それは」
(……その質問がここで来るか!!)
最初に訊かれなかったから、完全に油断してた。…この人やっぱり抜け目ないわ。絶対敵に回したくないタイプだよ!!
「……それは?」
「それはですね…ジェラール様にどうやったら打ち解けられるかと尋ねられたので、敬語を使わないようにしましょうと提案をしたんです。それで、よろしくと手を出されたので握手しようと私も出したら、手を引かれてあの体勢になってしまったというわけで……」
無表情のアランが怖い。別に悪いことをしているわけじゃないのに、なんだか言い訳がましくなってしまう。
「……ふぅーん。僕がずっとお願いしているのに却下しておいて、ジェラールには自分から敬語をやめるって提案するんだ。どおりでジェラールが僕に勝ち誇ったような顔をしていたわけだ」
「……………」
(え、そこ!?そこなの?)
ジェラールに接近していたことが問題なのかと思っていたけれど、どうやらアランにはタメ口を使うことの方が重要だったらしい。
「ルイーズは僕のことが好きなんだよね?」
「はい」
「僕は敬語を使われると、君との距離を感じてしまって寂しいんだ。……どうしたらいいと思う?」
すごーく悲しそうな顔のアラン。…ええ、貴方の術中にはまっていることくらい、重々承知です!乗って差し上げますとも!!
「……わかりました…じゃなくて、わかったわ。これから敬語はやめるから。……それでいい?」
「うん、大丈夫だよ。ついでに"様"付けもやめてほしいところだけど」
「そ、それはちょっと……"アラン様"は私の中でデフォ……いえ、もう定着しているというか」
……危ない。ついデフォルトと言いそうになってしまった。
「まあ、それは追い追いってことでいいよ。これからもっとルイーズとの距離が縮まる予定だし。……ね?」
幸いアランはルイーズの言い間違いはスルーしてくれたようだが、代わりに(?)にっこりと有無を言わせない笑顔で念を押された。
「…え、えぇ。……素敵なネックレスどうもありがとう。大切にするわ」
「うん。…できるならいつも身に付けていて欲しいな。そうすれば、君はいつも僕のことを思い出してくれるだろう?」
そう言いながら、アランはルイーズの首にかかっているネックレスをそっと持ち上げ、鎖に沿ってつつ、と指を滑らせていく。くすぐったい感触にぞわりと鳥肌が立ち、ペンダントヘッドを指で弄ぶアランの顔が近づいたと思ったら、おでこにふわりと柔らかい感触がしてすぐに離れた。
(デ、デコチューされた……!!)
おでこにキスなんて、前世を通しても生まれて初めてされた気がする。その前の妖しい指の動きといい、12歳とは思えないあまりの破壊力に力が抜けてソファーに手をついてしまったルイーズを、アランが慌てて支えた。
「おっと……そんなに刺激が強かった?」
「……………」
「申し訳ございません、アラン様。殿下はお疲れですので、今日のところはどうかこの辺で」
ぐったりしているルイーズを反対側から支えたマルセラが頭を下げると、残念そうにしながらもアランが立ち上がった。
「そうだね、気疲れもあるだろうしね。……また来るよ、ルイーズ。今日はゆっくり休んで。疲れているのに、会ってくれてありがとう」
「……私の方こそ、どうもありがとう。視察のこと、お父様に聞いてみるわ」
「うん。僕も父上から陛下に話をしてもらうよ」
マルセラに支えてもらいながら返事をすれば、アランは来た時とは正反対の晴れやかな笑顔で帰って行った。
「ありがとう、マルセラ。もう大丈夫よ」
「……はい」
何か言いたげにしながらも短く返事をして下がったマルセラが、アランについて出て行くアデルをずっと睨んでいたのは、見なかったことにしようと思った。
……それにしても。さっきの領地視察の話を聞いた時から、何かがずっと引っかかっているのだ。この違和感の正体は、一体何なのだろう……?
ゲームで何かイベントでもあるのだろうか?ゲーム開始までにはまだ時間があるはずなんだけれど……。
『君バラ』のことはよく分からないが、『プリロズ』なら弟がプレイしているところを何度も見ているのだから、もう少し思い出してもいいはずなのに。
ちっとも役に立たない前世の記憶を心の中で呪いつつ、もう一度テーブルの上の手鏡を手に取る。鏡の中には、もうすっかり見慣れた金髪碧眼の少女。部屋の明かりを反射してキラキラと輝く薄桜色のネックレスを見て、ふとある映像が頭をよぎった。
───それは、ゲームの中の王女ルイーズが胸元にあるネックレスを手に取って、主人公である皇国の皇子に語る場面。煌めくハート形のペンダントヘッドを愛おしそうに見つめる彼女の口から出たセリフは───
(…え、ウソでしょ………)
断片でしかない記憶の中の映像に、ルイーズはすうっと血の気が引いていくのを感じた。思い出したゲームの内容は俄かには信じ難いものだし、そもそもここがゲームの世界なのかどうか、まだ100%の確信は持てていない。
何歩か譲って仮にゲームの世界だったとしても、『君バラ』の世界なのか『プリロズ』の世界なのか、もしくは両方がミックスしているのか。ゲームとは似て非なる世界である可能性もあるし、自分が転生者である時点でゲームと全く同じになるはずがないとも思う。
とはいえ、現に今そのネックレスはルイーズの首にかかっている。その事実が、ゲームの設定をまるきり無視するわけにはいかないと告げている。
(それに、さっきアラン様が言ってた「いつもネックレスを身につけて僕のことを思い出して欲しい」ってやつ……思いっきりフラグ立ってない!?)
じゃあ、もし仮にここがゲームの世界だったとして、ストーリー通りに物事が進んだのなら、一体どうする……?
考えなくても、すでに自分の中で答えは出ている。
(私は私の大切なものを守るために、できることをやるだけ)
───たとえそれが、ゲームのストーリーに逆らうものだったとしても。
(……よし、そうと決まればまずは現状把握からね)
「……殿下?」
「部屋へ戻るわ。日記をつけたいの」
「かしこまりました」
おもむろに立ち上がったルイーズに、マルセラが声をかける。心配してくれているであろう彼女に笑みを返して、奥の私室へと向かう。……久しぶりに、あの日本語のノートに書き込むために。
突然思い出したようにゲームの話が出て来ましたが、別に忘れていたわけではありません(笑)
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
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