侯爵令息の参戦
今回は番外編になります。
2019年8月6日、サブタイトルを変更しました。
秋の訪れを朝夕に感じるようになってきた頃、ロッシュブール公爵家の双子、ジョアンとカミーユが7歳の誕生日を迎えた。
双子の誕生日を祝う会と称して王都の中心にある公爵家本邸に呼ばれたのは、彼らの母方の従兄妹であるデュマ侯爵家のジェラールとヴィクトワールの兄妹、それから最近懇意にしているレーヌ伯爵家の姉弟ルイーズとジャック。子供達の付き添いとして、双子の祖母でもあるデュマ前侯爵夫人とレーヌ伯爵夫人も共に祝いの席についている。
途中までは主役である双子を中心に誕生会がつつがなく進められていたものの、食後にケーキを食べ終わる頃になると、公爵家のサロンはだんだん本来の会の目的とは逸れた様相を呈してきた。
そのサロンの中心には、いずれも負けず劣らず可憐なご令嬢3人──レーヌ伯爵家ルイーズの右側にロッシュブール公爵家のカミーユ、そして左側には従妹のデュマ侯爵家のヴィクトワール──が、楽しげに談笑していた。尤も、真ん中のルイーズ嬢は両側のご令嬢達の勢いに少々押され気味ではあったが。
サロンの端では、ボードゲームに興じている2人の少年のうちの1人が、令嬢達をチラリと見遣りつつ自分のコマを進めた。
「……あれ、放っておいていいの?」
問われた少年は、片方よりやや年長に見える。髪の色や顔立ちはよく似ているものの、2人は異なる瞳の色をしていた。グレーの瞳の少年、ロッシュブール公爵家のアランは、令嬢達のいる方向を視界に入れながら年の割に整った顔に苦笑を浮かべた。
「いいも悪いも…ああなってしまったら僕に出る幕はないよ。まぁ、ルイーズも嫌がってはいないようだし、カミーユやヴィクトワールと仲良くするのは彼女にとっても悪くないことだしね」
「ふぅん…」
「……何か言いたそうだね、ジェラール」
「いや、別に。ただ──」
ジェラール、と呼ばれた少年は、榛色の瞳を細めてフフッと笑った。その様子を見たアランは、僅かに眉を上げる。
「ただ…何だい?」
「君がそんなに誰かを気にかけるのを初めて見たから、ちょっと驚いてる」
「………」
ジェラールの指摘に、アランは苦虫を噛み潰したような顔をした。この従弟は見ていないようで本当によく見ている…。
「心外だな。それじゃまるで僕が冷血漢みたいじゃないか」
「…あれ、そうじゃないの?」
「本当に君は失礼な奴だな」
「僕は自分に正直なだけだよ」
「ジェラール……それは貴族の子息としてはどうかと思うよ」
「大丈夫。君以外にこんなことを言う人はいないから」
罪のない笑顔でニコリと笑う従弟に、ゲッソリしてしまう。これが世間では『癒し系』などと呼ばれているのだからやっていられない。
「──そういえば、ルイーズ嬢が王女様になったら婚約者選びは白紙に戻ると聞いたけど、本当?」
「……誰がそんなことを?」
「お祖母様が言ってたよ」
「………」
「お祖母様はどうやら僕をルイーズ嬢の婚約者にしたいみたいだね。一度は公爵に先を越されてしまったけれど、また同じスタートラインに立てるって喜んでたよ」
……敵は身内にあり、か。もし婚約者選定でライバルになるとすれば、この従弟が一番手強いだろうとアランは予想していた。
「……君自身はどうなんだい、ジェラール?それはあくまでお祖母様の考えだろう。君がお祖母様の意見にそのまま従うとは思えないけれど」
「うーん、そうだねぇ……」
顎の下に手を添えたジェラールが、再びサロンの中心に視線を投げた。
ジェラールとの会話の間もボードゲームを進める手は止めず、さらにアランの視界の端にはルイーズの姿も入っている。相変わらずクルクルとよく動く表情は、ずっと見ていても飽きることがない。ふと目が合い甘い笑みを浮かべたアランを見て、ルイーズが恥ずかしそうに頬を染めた。
「……僕もあんな顔をされてみたいなぁ」
「ジェラール、お前…」
「ねぇ、僕にもまだチャンスはあるよね?」
「………」
「───チェックメイト」
しまった、と盤上の駒を見たときには退路を断たれていた。自分としたことが、ジェラールとの会話の方にすっかり気を取られて、ナイトの動きを見落としていた。
「アランでも油断することがあるんだね」
「……僕はまだまだ未熟者だよ。学ぶべきことだらけさ」
「珍しく弱気じゃない?"完璧アラン様"の弱点はルイーズ嬢か…。いいことを知ったよ」
「何だいそれは?」
「知らないの?貴族の子供達の間ではそう呼ばれてるらしいよ。血筋も容姿も何をやらせても非の打ち所がない公爵家令息、ってね」
正直なところ、勝手に言ってればいい、と思う。完璧な人間なんているはずがない。ましてや自分はまだわずか10歳。まだまだ伸び代がたくさんある…そう思いたい。…いや、そうでなくては困る。ルイーズを正々堂々と手に入れるために、これから自分は目の前の従弟にも勝たなくてはならないのだから。
「……そうなれるように、せいぜい精進するよ」
「うわぁ……謙虚な秀才とか本当にタチが悪い」
「それは君だろう、ジェラール。能ある鷹は何とやら、だ。……どちらにしろ、僕はルイーズを他の誰にも渡すつもりはない。たとえ相手が君だろうとね」
「うん、そうこなくちゃ。僕も同級生のアドバンテージを最大限に利用するつもりだから、よろしくね」
ルイーズが王城に入るまで、あと1ヶ月。傍目にはただボードゲームをしながら会話しているだけにしか見えない2人の間で、静かに戦いの火蓋が切って落とされたのであった。
ジェラールはこれまで名前だけでしたが、ようやくご本人の登場です。
ここから幕間として番外編を挟んでから、第2章王女編の開始となる予定です。もう1話番外編続きますので、お付き合いいただければ幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




