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公爵令息とお買い物

今回も第3者視点になります。

ジョアンとカミーユの誕生日から1週間ほど経った日、アランはロッシュブール公爵家の馬車に揺られていた。王城へ行く日も迫ってきて何かと忙しい婚約者ルイーズの予定の合間を縫って、何とかデートの約束を取り付けたのだ。今日は朝から1日ずっと彼女を独占できる。そう考えるだけで、アランは心が浮き立つのを感じた。


公爵邸を出てからほどなくして、馬車はレーヌ伯爵邸に到着した。ルイーズを迎えに行くために、従者のアデルと共に一旦馬車から降りる。執事に案内されて屋敷内へ入ると、アランの到着の報せを受けたルイーズがちょうど階段から降りて来たところだった。


「アラン様、おはようございます」

「おはよう、ルイーズ。準備は出来てる?」

「はい。いつでも出られます」


今日は街歩きということもあり、目立たないよう2人とも平民スタイルである。白い開衿シャツに黒いズボンだけというシンプルさがかえって整った顔立ちを際立たせていて、ルイーズはアランの格好良さを再認識してしまった。


対するルイーズの方は、最低限の装飾に抑えたスモーキーピンクのワンピースに焦げ茶の編み上げブーツという出で立ち。見慣れない新鮮な服に身を包む婚約者を見て、アランは目を細めた。


「ルイーズは本当に何を着ても似合うね。とても可愛いよ」

「あ、ありがとうございます…。アラン様も…いつも素敵なんですけど…その、そういう服装もすごく素敵です」


頬を染めはにかみながらルイーズがそんなことを言うものだから、ここがレーヌ家の玄関だということをつい忘れてしまいそうになる。抱きしめたい衝動を抑えながら、アランは奥から現れたレーヌ伯爵夫人に紳士の礼をとった。


「ご機嫌麗しゅう、伯爵夫人。本日は私の我儘を聞いて下さいまして、心より感謝申し上げます」

「まぁ、アラン様。堅苦しいご挨拶はなしでお願いしますわ。こちらこそどうぞルイーズをよろしくお願いしますね」

「お任せください。……行こうか、ルイーズ」

「はい」


レーヌ伯爵家の家人に見送られながら、アランはルイーズの手を取って馬車へと誘導する。護衛も兼ねて連れてきたアデルと、新たに王家から遣わされたルイーズ付きの侍女マルセラと共に馬車に乗り込んだ。


「城下町まではすぐだから、楽にしてて」

「はい、ありがとうございます」


馬車の中でも繋いだままの手をチラリとマルセラが見たことに気づいたが、アランはあえて気づかないふりをすることにした。それよりも別に彼女には少し訊いておきたいことがある。


「ねぇ、マルセラ。アデルとは顔見知りだと聞いたけれど、ひょっとして君も同じ一族の出身なの?」


マルセラはアランの言葉に眉ひとつ動かさずに「いいえ、違います」と答えた。


「じゃあもう一つの方?」

「はい」

「そうか。なるほどね」


頷くアランに、ルイーズがおずおずと尋ねた。


「……あの…アラン様がお話しされている"一族"というのは、一体何のことなのでしょうか?」

「あぁ、ルイーズは知らないよね。…2人とも話しても構わない?」

「はい」

「構いません」


アデルとマルセラがほぼ同時に答えたのを確認してから、アランはルイーズへと説明を始めた。


「グランシェールでは、王家や公爵家をはじめとする高位の貴族は、護衛と身の回りの世話を兼ねた従者を少なくとも1人は必ずつけるという習わしがあるんだ。昔からその従者を数多く輩出している名門の一族が2つあってね。1つはモロー子爵家、もう1つがミレージュ男爵家だ。アデルはモロー子爵家の分家の出身だと聞いた気がするけど、合ってる?」

「えぇ、合っています」


アデルがアランの問いに頷くと、ルイーズがマルセラの方を見た。


「マルセラはミレージュ家の出身なの?」

「はい、左様でございます。私の父は現当主の弟にあたります」

「そうなのね。男爵家の出身とは聞いていたけれど、そんなに名門の一族だったなんて初耳だわ」

「恐れ入ります」


自分への無表情さとは打って変わって主人に対して穏やかな笑顔を向ける侍女を見て、アランの胸の中にじわりと苦いものが広がる。彼女にとって自分はあくまで王女殿下の婚約者候補の1人に過ぎず、決して気を許していい相手ではないのだろう。


そうしている間にも馬車は城下町へと入り、少しずつ周りの様子も賑やかになってきた。


「ルイーズは髪飾りやリボンが好きだとカミーユから聞いたから、今からお店に行ってみようと思うんだけど…どうかな?」

「本当ですか!?嬉しいです…!!」


アランの提案にルイーズがパアッと顔を輝かせる。破顔したルイーズを見て、アランもまた嬉しそうに顔を綻ばせた。


「…喜んでもらえてよかった。あの角を入ったところに、ロッシュブール家御用達のお店があるんだ」

「公爵家の御用達……」


なんだか格式高そうな響きに、自然と背筋が伸びてしまう。途端に緊張した面持ちに変わったルイーズの手をそっと包み込むようにアランが握り直した。


「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。カミーユもよく来ているから、店主は貴族の子供の相手には慣れているしね」

「はい、ありがとうございます」


それから間もなく馬車は小さな店の前で止まった。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


中に入ると、年配の店主が一行をにこやかに出迎えた。今日店へ来ることは事前に告げてある。店には装飾品の他にも布地やレースなどの素材も売られていて、いろいろと組み合わせてオーダーもできるようになっているらしい。


「わぁ…どれも素敵…!!」


目を輝かせながら忙しく店内のあちこちに視線を動かしているルイーズに、周りは小動物でも見るような微笑ましい視線を注いでいる。側に寄り添いながらしばらく好きなように店内を見るのに任せていたアランだったが、ルイーズが目移りしている様子を見て声をかけた。


「気に入ったものはある?一つに絞れないようなら、好きなパーツを組み合わせてオーダーしてみるのもいいと思うよ。……これなんかどうかな?」


そう言ってアランが手に取ったのは、親指の先ほどの青いガラス玉。ルイーズの瞳の色と同じくらい深い青色のそれは、金属が混ぜてあるのか光を反射してキラキラと光っている。


「すごく綺麗ですね!色も素敵ですし」

「このガラスを作れる工房は国内で一つしかございません」

「そうなんですか…」


店主の言葉に驚きつつも、ルイーズは前世のことを思い出していた。大学の卒業旅行でお土産に買ったヴェネツィアングラスのブレスレットが、ちょうどこんな色をしていたような気がする。あのブレスレットは結構気に入っていたのだが、その後どうなったのだったっけ…?


「……ルイーズ?どうかした?」


ガラス玉を見つめ動きを止めていたルイーズだったが、アランの声で我に返り笑顔を向けた。


「…いえ、なんでもありません。このガラス玉が気に入ったので髪飾りに使いたいのですが、どう思われますか?」

「うん、いいんじゃないかな。…これを使ってオーダーできるかな?」

「はい、もちろんでございます。このガラス玉に合わせるのでしたら、こちらの淡水パールなどはいかがでしょうか?他にも同系色で大きさの違うガラス玉をあしらってみても良いかと存じます」


アランから尋ねられた店主が、大きさの違うパール、青色系のガラス玉が入ったトレイを持ってくる。


「なるほど、良さそうだね。……どうだろう、ルイーズ?髪飾りを君にプレゼントしたいんだけど、ここの店はセンスがいいと評判だから、きっと君に似合うように作ってくれると思うんだ」

「え、そんな…特に誕生日とかでもないのに……申し訳ないです」


彼女なら、きっとこう言うだろうと思っていた。たいていのご令嬢だったら嬉々として受け取るだろうに…。


予想通りの反応に、アランの口許は自然と緩んできてしまう。眩しそうに眼を細めて、アランはとびきり甘い笑顔をルイーズに向けた。


「僕が君にどうしても贈りたいんだ。誕生日の時は準備する期間が短くて花束になってしまったけれど、本当は形のあるものを贈りたかったんだ。君の身近に置けるものならば、それを見ていつでも僕のことを思い出してくれるだろう?……それとも、僕からのプレゼントなんて迷惑かい?」

「そんな、迷惑だなんて…!!むしろ嬉しすぎてどうしたらいいか……」

「じゃあ、決まりだ。……店主、さっきのパーツで適当に見繕ってくれ」

「はい、かしこまりました」

「え…アラン様……」

「出来上がったら届けに行くよ。君の髪に飾っているところを早く見たいな」


まだ戸惑い顔の耳元でアランがそう囁くと、頬を赤らめてルイーズがコクコクと頷いた。


我ながら狡いやり方だなと思う。でも、これくらい強引に進めないと遠慮深い彼女はなかなか受け取ってくれないだろう。店主が奥に引っ込んだ隙に、強引ついでにアランはさらに畳みかけることにした。


「……あと、もう一つお願いがあるんだけど…いい?」

「はい。なんでしょう?」

「そろそろ、その”アラン様”っていうのを卒業したいなぁ」

「あ……」


口に手を当てて、今思い出したといわんばかりの表情のルイーズ。期待をこめてじっと見つめると、顔を赤くしながら恥ずかしそうにルイーズが口を開いた。


「……わかりました……ア、アラン……」


口に出してさらに恥ずかしさが増したのか、真っ赤な顔で目を逸らしたルイーズが可愛すぎる。とうとう我慢の限界を迎えたアランは、婚約者を力いっぱい抱きしめた。


「……アラン様!?ここお店の中です……!!」

「ルイーズが可愛すぎるのがいけない。……それにまた呼び方戻ってるよ」

「……うぅ……」

「ほら、呼んでみて」

「……アラン」

「うん、よくできました」

「もう…意地悪しないでください……」


腕の中でルイーズの体から力が抜けるのを感じて、アランは目を閉じる。できればずっとこうしていたいけれど、それはかなわないことだ。あの厳しそうな侍女から声がかかるまであと数秒、せめてその間だけでも自分の腕の中に彼女を閉じ込めておきたい────。


もうすぐ簡単には手がとどかなくなってしまう婚約者の柔らかな温もりを感じながら、アランはこの温もりを必ず再び取り戻してみせると固く心に誓ったのだった。


というわけで、アランとのデートでした。

なるべく甘い雰囲気にしたかったのですが、なにせ子供なのでこれが限界でした…。

もう少し大きくなってくれれば動かしやすくなるのですが。


次回からは、第2章王女編に入る予定です。

王女編は年齢で章を分けようと思っているのですが、どう分けるかはまだ考え中です。

まだまだ続きますが、どうかこれからもよろしくお願いいたします。

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