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翌朝、朝食を終えたルイーズは父の書斎でこれからの予定を聞いていた。


「10日後に王城で王家の方々との顔合わせがあり、私も一緒に行くことになっている。その次の週に新しい衣装、宝飾品などの選定のため再び登城する予定だ。これには王妃殿下と王太子妃殿下が同席されるそうだ。今ちょうど王女専任の侍女と護衛、教師の選定が行われているところだそうだ。ちなみにデュマ夫人はそのままマナーの講師を続けていただく予定だよ」

「そうですか……」


やはりというか、デュマ夫人は王女教育のために呼ばれた講師だった。伯爵令嬢には過ぎた人材だと思っていたんだよね。デュマ夫人のことを告げられたのはお茶会のすぐ後だったから、あの時からもう王城へ行くことが決まっていたのか…。


ちょっと心の中で遠い目になってしまったルイーズに、突然ピエールが爆弾を落とした。


「ところでルイーズ…アラン殿のことはどうするつもりなんだい?」

「ど、どうって………」


ここでアランのことが出てくるとは思わず、全くの不意打ちに思いっきり動揺してしまう。


「宰相閣下から聞いたよ。アラン殿から婚約を申し込まれているんだろう?」

「いえ、あの……」

「うちのルイーズに目をつけるなんて、アラン殿はなかなか見る目があるなぁ」

「お、お父様……っ!」


焦りまくるルイーズを見て、どこか楽しそうな笑顔のピエール。


……何これ、めちゃめちゃ恥ずかしいんだけど!!


幼い娘の初恋を微笑ましく思っていることが伝わってきて、なんだか居た堪れない気分になってしまう。


(実際の中身はそんな可愛らしいものじゃないんだけどね…)


昨日ベッドに入ってから、いろんなことを考えた。これまでのこと、これからのこと、ゲームのこと、前世のこと。


子供の体ではどうしても睡魔に勝てなくてそんなに考えている時間は長くはなかったけれど、何よりもまず最初に考えたのはアランのことだった。


婚約話を進める場合、伯爵家の令嬢なら公爵家の方に主導権があるから、アランがルイーズとの婚約を希望してくれる限り、こちら側としてはそこまで返事を急ぐ必要はない。でもルイーズが王女になってしまったら、婚約者を選ぶのは王家の方だ。国内の高位貴族との婚姻はもちろん、王女ならば国外へ嫁ぐこともあり得る。外交上の理由から結ばれる王家同士の婚姻に、当然ルイーズの意思など入る余地もない。


もし、外国にお嫁に行くことになったら?

国のために、アラン以外の人と結婚しろと言われたら?


ルイーズは今だに同年代の子に対してはどうしても同じ目線で見ることはできないし、多分あと何年かはそんな状態が続くんだろうと思う。前世の記憶がある以上それは仕方のないことだし、無理に同じ目線に立とうとしなくてもいいと思っている。


ただそういうことを抜きにしても、アランとは一緒にいて楽しいし、自分なんかにはもったいないほど素敵な人だと思う。


同年代の男子を恋愛対象として見ることができないなんて言い訳したり、中身が成人超えしているくせにいい歳こいて10歳の少年にときめくってどうよ?と自虐的な思考に陥ったり。すぐにいろいろと理由をつけてちゃんと向き合うことを避けようとする自分。


そんな自分を脇へと押しやり、先入観や思い込みを捨てて、素直に自分の気持ちにその問いを投げかけてみたら、あっけないほど簡単に答えは出た。


「……お父様。出来るなら、私もアラン様と婚約したいです」


ピエールははっきりと言い切ったルイーズを見て一瞬面食らったような顔をしたけれど、すぐに普段の柔らかい表情に戻った。


「…そうか。それが、ルイーズの答えなんだね?」

「はい」


相手が子供でも、こうやってちゃんと本人の意思を確認してくれる父を嬉しく思いながら、ルイーズはしっかり頷いた。


「では、そのように閣下に伝えよう。ルイーズも同意していることを含めて王家へ婚約を打診してくれるだろう」

「はい、ありがとうございます。……あの、お父様」

「何だい?」

「私からもアラン様に直接お返事をしたいのですが……いいでしょうか?」

「…そうだね、その方がいいだろう。私はこれからジャックに話をしてから城に行くから、ジョルジュに公爵家へ使いをやってもらうことにしよう」

「ありがとうございます!……あ、あと私が王家へ行くことはアラン様にはお話ししてもいいのでしょうか?」

「うーん、そうだね……」


ピエールは顎に手を当てて少しだけ考えてから「まぁ、大丈夫か」と頷いた。


「有力貴族には今日の閣議で通達がある予定だから、言っても構わないよ。もしかすると、すでに今朝にでも宰相閣下が話しているかもしれない。…まぁ、初めに話を聞いているかどうか確認した方がいいとは思うけれどね」

「はい、分かりました」


自分の気持ちを口に出すのは、まだ少し…いやだいぶ恥ずかしいけれど。アランも伝えてくれたのだから、ちゃんと自分の口から伝えなければ。


幸いなことに、国内の貴族の中ではアランは最高位にあたる。そのことは王家との婚姻において少なからず有利になるだろう。伯爵令嬢としては身分差が気になっていたけれど、こうなってみるとアランが公爵家の嫡男であることに感謝したいくらいの気分だ。


これからどうなるかは分からないけど、とにかく今自分にできることをやるしかない。


そう思いながら、ルイーズは父の書斎を後にした。



◇◇◇◇◇



その日の午後、ルイーズはロッシュブール公爵家本邸に向かう馬車に揺られていた。隣にはマリーが付き添っている。


父と話した後すぐにジョルジュが公爵家へ使いを出してくれたのだが、今日の午後はちょうどアランの予定が空いていたらしく、二つ返事で了承を得られたのだそうだ。


それからは慌ただしかった。マリーも一緒に行くことになったため、急いで2人分の訪問用のドレスを選んでいる最中に、話を聞いたジャックが乱入してきてそこからひと騒動あった。


ルイーズと離れたくないと泣くジャックをマリーが懸命に宥め、定期的にピエールの登城に合わせて王城へ訪問することができるように頼んでみるということで、とりあえずは納得してもらった。今までどこか他人事のように感じていたルイーズも、ジャックに泣かれてようやくこの家から出なければならないことを実感してしてしまい一緒に泣き始めたため、マリーはすっかり困りきっていた。


「ルイーズ、あまり泣くと目が腫れてしまうわよ。この後アラン様に会いに行くのでしょう?」

「……うっ……はい、そうなんですけど……」

「困ったわねぇ……」

「……お嬢様、ちょっと失礼いたしますね」


どうにも涙が止まらないルイーズを見かねたアンヌが、冷えたタオルを持ってきてルイーズの目にそっと当てた。


「……っひゃ……冷たい…!」

「これでしばらく冷やしておけば腫れが引きますよ」

「ありがとう、アンヌ。助かるわ」

「いえ、奥様」

「しばらくそうしてなさい、ルイーズ。少し落ち着いたらネックレスを選びましょう」

「…はい、お母様」

「ジャックはそろそろ剣術の稽古の時間でしょう?先生が来られる前に着替えを済ませてしまいなさい」

「……はい」


目にタオルを当てていたので見えなかったが、母に諭されジャックが居間を出て行く気配がした。それからネックレスなどの宝飾品を選び、軽く昼食を取った後準備をして今に至るというわけだ。


レーヌ伯爵家からロッシュブール公爵邸までは案外近いらしく、馬車に乗っていた時間は15分くらいだった。優美な細工が施してある大きな門をくぐると、目の前に花壇に囲まれた噴水が現れた。その奥に左右に広がるお屋敷が見える。


(いやいや、ちょっと待って。これ…ちょっとしたお城じゃないの…!?)


ふと前世で訪れたウィーンのシェーンブルン宮殿を思い出した。確かあれは大学の卒業旅行だった。……てことは、前世ではどうやら大学を卒業しているらしい。何だってこんなタイミングで思い出すんだろう?


どうも前世の記憶を思い出すには、何かきっかけが必要らしい。一体自分は何を思い出していないのか、いつどんなことを思い出すのか、さっぱり分からず不安が残るけれど。そもそも前世の記憶なんてあることの方が珍しいのだから、思い出したら何かの役にでも立つかもしれない、ぐらいに考えておくのがいいのだろう。


門からの長いアプローチを抜けて馬車寄せで止まった我が家の馬車のドアを、公爵家の使用人が開けてくれた。


「マリー様、ルイーズ嬢、ようこそ。本日はわざわざお越しいただき痛み入りますわ」

「ジュリア様、私どもの都合にもかかわらず急な訪問にお応えくださいまして、まことにありがとうございます」

「いいえ、そもそもアランが申し出たことですもの。足を運んでいただくだけでも有難いことですのに」

「いえ、そんな……畏れ多いことですわ」


マリーとジュリアの社交辞令が止まらない。このままいつまで続くのだろう?とルイーズが思っていると、同じことを思ったらしいアランが口を挟んだ。


「母上、このようなところで話していてもなんですし、とりあえず入っていただきませんか?」

「…あら、失礼しましたわ。どうぞお入りくださいな」

「「ありがとうございます」」


玄関だけでもやたらと立派な公爵家本邸に足を踏み入れたルイーズは、宮殿並みの豪華さに驚いてしまった。本邸はもっと大きいというカミーユの発言に納得しながら周りを見回していると、そっとアランが隣に立ったことに気づいた。


「ルイーズ嬢、お誕生日おめでとう。…君の方から会いに来てくれるなんて嬉しいな」

「昨日は素敵な薔薇をありがとうございました。あの…カードもすごく、嬉しかったです」

「うん。喜んでくれて何よりだよ」


蕩けるような甘い笑みを向けられて、顔に熱が集まってくる。破壊力満点の笑顔を前に真っ赤な顔で固まっているルイーズを見て、公爵夫人が楽しそうに目を細めた。


「あらあら、この子は誰に似たのかしら?まさかそんな調子でいろんなお嬢さんを誑しこんでいないでしょうね?」

「母上、人聞きの悪いことを仰らないでください。僕がこんなことを言うのはルイーズ嬢だけですよ」

「ふふ、それならいいのだけれど。……ルイーズ嬢、可愛げのない息子だけれどどうかよろしくね。私達はサロンでお茶を飲んでいるから、2人でゆっくりお話ししてきてちょうだい」

「は、はい……」


ルイーズが公爵夫人と共にサロンへと向かった母を見ていると、いつものごとくアランに手を繋がれていた。


「じゃあ、行こうか」

「え、と…どこへ行くのですか?」

「僕の部屋だよ」

「ア、アラン様のお部屋…!?」

「どうしたの、急に慌てて?アデルもいるから大丈夫だよ。……それとも、2人きりが良かった?」

「……いえ、そんなこと…っ」


(いやー、もうその流し目やめてーー!!)


「フフッ、冗談だよ。本当に可愛いなぁ」

「……からかわないでください」

「からかってなんかいないよ。ルイーズ嬢が可愛いのは本当のことだから」


すでにアランのペースにどっぷりとハマっているのを感じる。こんな調子で、ちゃんと自分の気持ちを伝えられるんだろうか?


一抹の不安を覚えつつ、アランに手を引かれてルイーズは彼の部屋へと向かったのだった。



なかなか毎回同じくらいの文字数でまとめられず、己の力不足を感じています…。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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