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手を引かれてやって来たのは、木目調の家具と見るからに上品な誂えの茶色やベージュのファブリックで纏められた、とても落ち着いた雰囲気の部屋だった。


(……ここがアラン様のお部屋……)


前世でも兄弟以外の男の子の部屋に入った記憶なんてない。こういう時にはどんな風に振るまったらいいのか分からず視線を彷徨わせてしまう。


「女の子の部屋と比べたらやっぱり殺風景かな?」

「い、いいえ!…その…すごく素敵なお部屋だと思います」

「そう?ならよかった。…座ろうか」

「はい」


勧められた2人用のソファに座ると、当然のようにアランが隣に腰を下ろした。ルイーズ達が座ると、すぐに従者であるアデルがお茶をテーブルに載せてくれる。


(向かいじゃなくて隣なのね……)


「……この前のドレスも良かったけど、今日みたいな色も似合うね」

「ありがとうございます…」


今日選んだのは、ルイーズのお気に入りのラベンダー色のドレス。夏らしく半袖のパフスリーブの部分とスカートのひだ部分にジョーゼット生地が重ねてあり、動くたびにふんわりと揺れるようになっている。


柔らかな笑みを浮かべるアランとの距離の近さに、緊張のあまり考えてきたことが頭から飛びそうになってしまう。


(せっかくここまできたんだから、頑張れ自分!!)


大きく息を吸って何とか心を落ち着かせながら、ルイーズはアランの方へ体を向けた。


「……今日は、お時間を取って下さってありがとうございます。ジョアン様とカミーユ様はお留守ですか?」

「いや、あの2人は家庭教師の先生と勉強中だよ。君が来ると知ったらカミーユが黙っていないだろうからね。僕だけがちょうど予定が空いていたんだ」

「そうだったんですね。……あの、アラン様」

「うん、何だい?」


(小首を傾げるだけでも様になるなんて……ホントにずるいよ……)


自分の気持ちを自覚してしまったからか、アランのちょっとした仕草にさえドキドキしてしまう。


「……私に関することで、何か公爵様から聞いていらっしゃいますか?」


ルイーズの問いに、アランは視線を落としてほんの一瞬だけ眉を寄せてから、ゆっくりと顔を上げた。


「………うん、今朝聞いたよ。ルイーズ嬢……いや、王女殿下、とお呼びした方が?」

「…っ、そ、その呼び方は……」


急に畏まった話し方をされて困ってしまう。ルイーズ自身昨日聞いたばかりで何の心構えもできていないし、第一まだ王城に行ってすらいない。


「……ごめん、ちょっと意地悪だったかな。僕以上に君自身が戸惑っているだろうことも分かっているんだけどね。───今日はその話をするために来てくれたの?」


いつものように穏やかな笑顔だけれど、出会った頃に戻ったかのような、よそ行きの仮面を一枚被ったような…そんな、距離を感じさせる表情を向けられて胸がざわつく。


そこでルイーズはふとある可能性に思いあたった。そもそもアランがルイーズと婚約したいと思ってくれている前提で自分がどうしたいか考えていたけれど、ルイーズが王女だと分かってからも同じように思ってくれるとは限らないのだ。


伯爵令嬢なら考えなくて済むような煩わしいことが、王女相手ならばいろいろとあるに違いない。それでもなお自分との婚約を望んでくれるかどうか、まず確かめた方がいいのではないだろうか?


───いや、違う。そうじゃない。


まずは自分の気持ちをちゃんと話してからだ。自分の気持ちを伝えないまま、王女でも婚約したいかと尋ねるなんて、そんなアランの気持ちを試すような真似はしたくない。


「……ルイーズ嬢?」


黙り込んでしまったルイーズの顔を心配そうに覗き込むグレーの瞳と目が合い、小さく鼓動が跳ねた。


「……もちろんそのこともあります。でも、今日私がここへ来たのは、この前のお返事をしようと思ったからです」

「………うん。聞かせて」


こちらを向いて座り直し、姿勢を正したアランに頷いた。


「はい。……昨日の夜、父から私がこの国の王女なのだと聞きました。今でもまだ信じられなくて……でも、王女になったらって考えた時に、一番最初に頭に浮かんだのはアラン様のことでした」


微かに眉を動かしたものの、そのまま口を挟まずに聞いているアラン。ルイーズはできるだけ子供らしい言葉で、でもちゃんと自分の気持ちが伝わるように気をつけながら続きを口にした。


「王女の婚約者は国王陛下が決めると聞きました。なので、私の希望がどれくらい聞いてもらえるか分かりません。王女になる私をアラン様がまだ婚約者に望んで下さるのかも分からないですけど……もし望んで下さるのなら、私は───」


じっと見つめる切れ長のグレーの瞳をまっすぐに見返しながら、一息に言い切る。


「───アラン様と婚約したい、です」

「………っ」


目を瞠ったアランが何かを言おうとして口を開きかけたけれど、またすぐに閉じてしまう。ほんの僅か躊躇うような様子を見せた後、アランは意を決したようにルイーズをしっかりと見据えた。


「……ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。僕が欲しいのは、レーヌ伯爵家の令嬢でもなく、ましてや王女殿下でもない。今僕の目の前にいるルイーズという1人の少女だ。だから例え君が王女になったとしても、僕の気持ちは変わらない。……その上で、もう一度改めてここで君に婚約を申し込ませて欲しい」


言うが早いか、アランはソファから立ち上がりルイーズの前に跪いた。そして流れるような動きでルイーズの右手を取った。


「え?え?……ア、アラン様!?」


まるで壊れ物を扱うようにルイーズの手をそっと持ち上げると、アランは指先にキスを落とした。


(……うわぁ……これはマジでヤバイ………!!)


(しかもこの人さっきの発言の中で、サラっと私のことを"欲しい"なんて口にしていた。"欲しい"って表現…なんだかすごくエロいんだけど。……くそぅ、このマセガキめ!!)


いつもは涼しげな双眸が、今はすっかり熱を帯びている。綺麗なグレーの瞳に上目遣いに見つめられて、ルイーズは一気に顔に熱が集まるのを感じた。


「ルイーズ嬢。僕達はまだ幼いし、王女の婚約者ともなれば、僕がいくら公爵家の嫡男だといっても簡単には決まらないだろう。でもたとえどんな障害があろうと、僕は必ず君の婚約者になってみせる。だから、どうかそれまで僕を信じて待っていて」


きっと自分はこれ以上ないほどに真っ赤な顔をしているに違いない。物語の世界でしか見たことがない場面が目の前で繰り広げられていることに、もはや脳内は大パニック状態だ。でもそれ以上に、アランが変わらず自分と婚約したいと思ってくれていることが、ルイーズは心から嬉しかった。


「……はい。お待ちしています」


アランのあまりのイケメンぶりにノックアウト寸前のルイーズが何とか返事をすると、満面の笑みを浮かべたアランがルイーズの手を取ったまま立ち上がった。自然とルイーズもつられて立ち上がる。


「ところでルイーズ嬢……君にお願いがあるんだけど」

「はい。何でしょう?」

「この先君が城へ行ってしまったら、あまり気軽には会えなくなるだろう?」

「えぇ、多分」

「だから、それまでの間にできるだけ多く君に会いたいんだ。いいかな?」

「はい、もちろん!私も、その……アラン様に会いたいですから……」

「本当?」

「本当です」


ルイーズの答えを聞いて破顔するアラン。


(……さっきからアラン様の手が私の手の甲を撫でているような気がするんだけど、気のせいじゃないよね?そういえばアラン様ってすぐに手を握りたがるけど、もしかして手フェチなのかな?)


「あと、2人きりの時は名前だけで呼んでもいい?」

「…はい」

「うん、ありがとう。僕のことも同じように名前で」

「いいえ、それはダメです!」

「どうして?」

「だって、アラン様は私よりも歳上ですし、失礼ですから」

「本人が呼んでほしいと言ってるのに?」

「…そ、それは……」

「いつまでも様付けなんて、他人行儀で寂しいなぁ」

「…………」


ちょっと悲しそうな顔も、実にあざとい。こういう腹黒なところも好きだ。大好きだけれども!!


「………では、少しずつ、ということで」

「うん、楽しみにしてるよ。……これからよろしくね、ルイーズ」


握られた手を軽く引かれ、もう片方の手が肩に乗せられたと思ったら、頬にフワリと柔らかいものが触れた。それがアランの唇だと気づくのに、数秒もかからなかった。


「………っ!?」


キスされたところを手で押さえてアランの方に顔を向けて、見たことをすぐに後悔した。至近距離での流し目は破壊力満点で、とてもじゃないけどまともに見ていられない。


後悔したルイーズが目を逸らそうとすると、俄かにドアの外側が騒がしくなり、いくつかの足音と人の声が聞こえた。強めにノックされる音が聞こえたのとほぼ同時に勢いよくドアが開けられた。


「お兄様!ルイーズ様がいらっしゃってるって本当ですの!?いつもお兄様ばかりが───」


開かれたドアの方に目をやると、ドアノブを握ったまま立ち尽くしているカミーユと目が合った。カミーユは、こちらを見て大きな緑色の瞳をこれ以上ないほどに見開いたまま固まっている。


「……カミーユ。いくら兄妹といっても、返事も聞かずにドアを開けるなんて失礼だろう」


アランに窘められたカミーユは、みるみるうちに顔を真っ赤にして「しっ、失礼しましたわ!!」とドアを閉めて出て行ってしまった。


カミーユの不自然な態度を疑問に思っていると、ドアの近くに立っているアデルの微笑ましいものを見るような視線にぶつかり、はたと今の自分の状態に気づいた。


アランの片手はルイーズの手をしっかり握り、もう片方の手は肩の上に乗っている。さっき頬にキスされたばかりだから、当然ルイーズ達の距離は限りなくゼロに近い。それに加えて、兄からの「邪魔だから出て行け(意訳)」発言。


(……そりゃ、逃げたくもなるわ………)


「……全く。騒がしい妹ですまない」

「いいえ、私はカミーユ様のこと大好きですよ」

「ありがとう、ルイーズは優しいね。………ねぇ、僕には同じこと言ってくれないの?」

「え……」


(そんなこと、言えるわけないでしょーー!!)


今度こそ完全に戦闘不能に陥ってしまったルイーズを見て、アランは「まだちょっとハードルが高いかなぁ」と愉しそうに笑い声をあげたのだった。



第1章のハイライト、になるのでしょうか。

アラン様が暴走し始めたため、強制終了です(笑)

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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